第7話 綺麗なものが生きる世界
俺は怒っていた。
なぜ怒っているかというと、秘密を暴露されたからだ。
まず、あの「100年後のビル」は、展示用に書いた訳では無い。
俺の作品は、勝手に建築科の展示会に出されていた。
まるで背景と化した建築科のピロティなんて、気にもかけてなかった。しかし、学食で他学科の中で噂を聞いて駆けつけた。
『作者名のない設計と完成図があったぞ。』
『俺も見た。あれ非現実すぎだのな。笑える。』
『そうか?……俺は、感銘を受けたよ。』
『ええーーないわぁ』
彼もその噂が気になり、何気なく見に来ると、そこには俺が描いた設計図が作者名が空欄で、コトンと置かれていた。
他に作者名がない設計はなかった。だから、あの噂は俺の設計の事だと、わかった。
提出と展示は別物だ。
展示は任意のため、展示する場合は本人が作品を持っていき、ピロティに展示する。
俺は、提出までだったはず。
「…見せるために書いたんじゃねぇ。」
周りに誰もいないことを確認して、俺はその設計図を回収した。
ありもしない綺麗なもの。
それでも、俺の、求める綺麗なもの。
だから作った。
おれの理想の世界。
差別のない、誰もが自然と共に生きていい、醜い俺でも受け入れてくれる世界。
それが暴露された。
正直、恥さらしだ。
学食の奴らが言ったみたいな、馬鹿にされるだけの世界だから。
俺は、建築科研究室に向かった。こんなことするのは、アイツ(浅野教授)しかいない。いつも、俺を構ってくるわからないやつ。悪趣味だと思いながら、ずかずかと歩く。
すると、歩いているはずなのに、もう1人の俺が俺の背中にピタリとくっついて話しかけてきた。
「馬鹿にされ、壊されるのが怖い。」
ズブリ
その言葉が胸に沈んでいくのをかんじた。
「わかるよ。お前の恐怖と、怒り。こわい。こわい。」
ズブリ
俺はその囁きから逃げたくて早足になる。
「お前の中に留めておけば、誰にも傷をつけられずに大事にできたのに。何故、表に出した?」
ズブリ
「本当の気持ちはいつだって俺の方だよ。」
ズブリ
「どんなに卑下されるのが当たり前だと壁を作っても、こうやってお前の」
「うるせえええ!!!!!」
俺は、誰もいない廊下で叫ぶ。
喉がカラカラだった。
俺はいつだって、怖いんだ。
生きることも、周りも、俺自身でさえも。
「……くそやろう。」
気がつくと、早足だったせいか割とピロティから離れている研究室の前にいた。中には誰かいるようだ、バタバタとしていた。しかし、俺は怒りが優先し、構わずドアを開けた。すると、そこには長い黒髪の美女に襲われる浅野教授と、美女を後ろから抑えている栗毛の同じ学科の奴がいた。
カオス。
いや、もう古いか。
・・・
美女に迫られて赤くならないわけがない。
俺はこれまで同性、異性共に会話の経験値は低いのだ。
俺は彼女の手を解き、一方後ろに下がる。
「……ずっと探してたって?」
「あ、じゃあ、ゆっくりお茶しながら話しませんか?ちょうどお昼ですし。」
「…嫌だ。」
「学食じゃないですよ、この近くにいいところ知ってるので行きましょう。」
ぐいっと手を引っ張られて俺は連れていかれる。俺に触れるのが怖がらないのかと、俺がこわかった。
彼女に手を引かれて研究室を出ようとする。「作品は戻しておくよー」浅野教授はゆるくそう言って、でも反論できないタイミングで言う。ずるい。
すると、いつの間にか浅野教授の隣に同じ学部の、十島彩がいた。十島彩は、同じ学部で、ふわふわな茶髪のショートヘアが可愛いと話題の子だ。もちろん、話したことなどない。
「あ、彩。ごめん、今日はこれで帰るわ。また明日」
「っ……そう。どうやら、撫子がずっと会いたがってた人みたいだものね。また明日。」
「このことは内緒よ!」
「え~どうしよう気になるなぁ。」
「もぉーまた話すから!」
はいはい、と十島彩が、彼女に笑いかけ2人は手を小さく振りあった。
「行くよ〜」彼女が俺に声をかけ進む。
長い黒髪が揺れる。
この黒髪に見覚えがあった。でも、どこで見たのかは分からなかった。
十島彩とすれ違いざま、俺と目が合った。そして、ゾッとした。彼女の目は、俺を冷ややかに睨んでいた。
何かが怒りそうな予感がした。
・・・
そうして、俺は大学から10分ほど歩いた小さな定食屋に来た。人は誰もいない。
「ここ、隠れ家的なところなの。周りに人がいない方が話せるから。」
この定食屋はカツカレーが美味しいらしいため、それを頼んだ。彼女もカツカレーにしていた。
「私、あなたのお城の作品に惚れたの。」
「……」
彼女はどうやら、馬鹿にしてはないようだ。
「私、あの作品を見て、思ったわ。あなたは、心がとても綺麗だと。私、とても汚いの。だから、あなたと一緒にいて、その汚いものを埋めて欲しい。」
一気に彼女は欲望をぶつけてきた。俺からしたら、全く意味不明だ。
「はぁ?汚い?埋める?訳分からない。美人なお前のどこが汚ぇんだよ。」
「私、5年付き合った彼に浮気されたの。たぶん、1年くらい浮気してたわ。その間も私は彼とキスもSEXしてたわ。それは、私の愛を踏みにじっていたことになるわ。私は、彼が運命の人だと思ってて、彼と結婚もして、一緒に死んでいくんだと思ってた。でも違った。裏切られたわ。」
「……」
「私は、身体ではなくね、心。つまり、私の愛を汚されたわ。1度汚れた心は、どうしたら綺麗になれる?」
「……知るか。」
「うふふ……私、それ以来悪口とか、嫌味とかすごく気になるようになっちゃって。だから、私わかったの。1度汚れたら綺麗にはなれない。だったら、綺麗なものでいっぱいにして、埋めて、私の事まで綺麗に見えるようにならないかなって。」
彼女が、恐ろしく純粋な心を持っていることが俺にはわかった。俺は、人間の汚さはよく知っている。だから、彼女の言う汚れは、生きていれば当たり前のことだ。それなのに、彼女はそれを許さないと言う。
「……子供だな。」
「…子供?」
「ああ。浮気、別れ、裏切り、他人の嫌なところばかり目に入る、その汚い心はな、みんな持ってる。お前だけじゃない。お前は知らなかっただけだ。」
「……違うわ。私には無理よ。許せない、こんな汚い私の事。お願いよ。あなたなら、あなたの心なら、綺麗なもので私を満たせるの。」
どうやら、彼女にとってこの世は不適合なようだ。
きっと、彼女の描くこの世の中は、俺の知る世の中より美しいものなのだ。
俺は、気になった。
彼女の思い描く、綺麗すぎる世の中が。
醜い俺には、一生手に入らないもの。
「……具体的にどうするんだ?綺麗なもので満たすには。」
「!…いいの?受け入れてくれるの?」
「……ああ。いいよ。俺なんかが言うのは気持ち悪いと思うが、俺はお前が気になるみたいだ。」
彼女の頬が赤くなった。まて、そうゆう意味じゃない。
「…そ、そっか……」
上目遣いで聞いてくる彼女は、小動物のようだった。
「いや、そうゆう意味じゃない。」そう言おうとしたら、カツカレーが来た。
お腹が減っていた2人は、黙々と食べる。
「うまいな。。」
俺は、目の前の彼女に声をかけた。
彼女は、頬を赤らめながらニッコリと笑った。
「うん!」
俺は胸がじんわりとあたたかくなった。笑顔を向けられたことなんて、いつぶりだろうか。
この子は、俺の事を気持ち悪がらない。
その事実を、その笑顔で実感した。
「まずは、大学の後、一緒にいない?一緒にいて、あなたのこと、知りたいわ。」
その実感があったから、俺は二つ返事で返した。
もしかしたら、「そうゆう意味」に変わるかもしれない。俺なんかが、いいのかなと思いながら、そう思い訂正するのをやめ、カツカレーを黙々と食べた。
その頃、彩は同じ学部の子と学食を食べていた。今日の学食は、生姜焼きだ。美味しそうな生姜の匂いを、男女合わせた6人グループの中にいた。
「あいつ、今日も怖かったなー」
「あいつって?」
「ガーゼだよ。あの外見じゃ就職も不利だよな」
「確かに。可愛そー。大学いる意味無いね」
人は、悪口や陰口が大好きだ。
誰でもいい。誰かの上にいることが快感なのだ。
彩は、下を向き、同意も否定もしなかった。
(だって、撫子がずっと会いたかったって言ってた人だもの……悪口は言えないわ。)
そう考えつつも、自分の中に黒い煙のように充満してくる気持があった。
(なんで…あんな人の事……私が撫子のそばに居たいのに!撫子……あいつはみんなに嫌われてる。撫子とは生きる世界が違うのに!!)
もぐもぐと生姜焼きを食べる。あいつの話題には入りたくなかった。すると、グループのうち、一人の男が言った。
「そういえば、俺の展示見てくれた?」
ぴくり。
「展示ー?なにそれー?」
「えー、出すって言ったじゃん!みんなつめてぇー」
あはははとみんなの笑い声が広がる。彩は、ひとつのことを思いついた。
浅野教授は、確か作品は元に戻しておくと言っていた。そして、アイツはその作品のことをばらされたくなかったから、研究室に作品を持ち帰ってきた。
ニヤリと笑みが出てきてしまう。
「じゃあさ……せっかくだし、みんなで見に行こうよ!」
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