第5話 綺麗なものを追い求め、出会う
建築学科の棟には、広いピロティがあり、そこで月に一度の作品展示をしている。自主的な展示なため、学生からしたら背景と同じ扱いをされている。
撫子は経済学部だ。そのため、建築科に来るのははじめてだった。何故私がこの科にいるかというと、彩 に会いに来たからだ。彩は建築科だ。
そして、その展示をせっかくなので見てまわった。テーマは「100年後のビル」らしい。ざっと作品を見回すと、30くらいはあるだろうか。
設計図と、部屋一つ一つの解説が書かれた紙の横には、完成図のデッサンが貼られている。
そして、多くは長方形の高い建物を描き、ビルだと分かるものが多かった。
他科の撫子にとってはそこは背景ではなく、ひとつの美術館に見えた。
「こんなに具体的に考えるのね、凄いわ。」
彩の作品を探し歩いていると、撫子は、ある1つの作品に胸を打たれた。
「題名 100年後にビルはない。あるとすれば、ただの理想だ。」
テーマに反抗的な題名だった。
しかし、そこには、夢が溢れているデッサンがあった。
それは、まるでお城だった。
ビルの無機質さとは正反対の、木材の建物だ。
そして、その建物の正面には大きな扉があり、その扉の向こう側には、大きな泉が描かれていた。
そこには、老若男女のカップルがいた。
泉の周りの椅子に腰をかけて、笑いあっていた。中には、同性でキスをしているカップルもいたり、車椅子の人もいた。片足がない男の人もいた。しかし、女の人と手を握りあって談笑していた。
そして、その建物の周りには林があり、林の中で授業をしている子供達が描かれていた。
子供達の髪の毛は、黒髪だけでなく、赤や黄色、紫、白もあった。肌の色も、バラバラだった。
その作品を生み出した思考に、撫子は心を奪われた。
「なんて……綺麗……。この世界では歳も、場所も、人種も、性別も、関係ない。みんなが、自由に生きている。」
これを作った人は、100年後に夢を見ているのだろう。
たとえそれが、理想だったとしても。
ビルなんて堅苦しいものはいらない。必要なのは、ありのままの自然と愛だとう様に。
「一体誰が書いたの……?」
作者の名前を見ると、そこは空白だった。
・・・
「一体どうしたの?撫子」
「お願い、どうしても知りたいの。」
撫子は、彩と会うなり建築科の第1研究室を訪れた。
そして、建築科代表の浅野教授を押しかけた。
そして、あの作品の作者は誰なのか教えてくれとせがんだ。
私は、あの考え方が、世界が欲しくて仕方なかった。
すると、浅野教授は困ったように話す。
「んー、……こまったなぁ。本人に了承を得てからじゃないと教えられないよ。」
「無理です。だいたい、名無しで展示許可するとかなんなんですか。早く教えてください。名前くらいいじゃないですか。」
「あのね、プライバシーって言葉知ってる?」
「撫子……」
彩は心配そうに私を見ていた。
私はぎゅっと拳を握った。
撫子は、確信していた。
あの理想は、追い求めなければ、あそこまで形にすることなんてできない。
綺麗なものを、
そう直感した。
しかし、仲間意識だけでここまで強引に言っているのではない。
きっとこの人は、こんなものを作れるのだから、その心も綺麗なはずだ。
撫子は、そう思っていた。こんなに綺麗な心の人に、私は早く会いたかった。そして、私を綺麗なもので、満たして欲しかった。
はやく、はやく。
汚い私をはやく、綺麗にして。
「……だから、今すぐ教えてって言ってるでしょー!」
「ひゃああ」
私は、浅野教授にとびかかろうとした。
理不尽極まりないことはわかっていた。しかし、止められなかった。
恐らくこの人は、作者と出会っている。それなら吐かせるまでだ。
「ちょっと撫子!わがままが過ぎるよ!」
彩が私をなだめる。
ぎゃーぎゃーと騒いでいると、急に
研究所の扉が空いた。
ガラリ。
「……え」
「か、楓くぅんー助けてー」
そこには、あの、顔にガーゼの貼った長身の男が立っていた。
その右腕には、あのお城の絵を持って。
撫子はその絵を見てすぐに気づいた。
作者が、あなただと。
「あなたも、綺麗なものがほしいの?」
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