第3話 綺麗なものがないならつくるまで!

 チュンチュン……チチチ……。


 コンコンコン。コンコンコン。


 すずめが、窓をいつもみたいにノックする音が聞こえる。その音がすれば、俺は朝が来たことを受け入れ、起きるしかないな、と思う。

 ソファで寝ている俺は、ムクリと起き上がりる。しばらくぼーーと、ただ壁をみる。


 なんとなく、部屋を見渡す。

 クリーム色の壁に、床はよくある木目調のフローリング。6畳一間の空間はやはり、広くはないなといつも思う。しかし、この部屋にある家具といえば楕円形の机と、その上にある珈琲メーカー、そして俺が今寝ているソファくらいだ。だからか、特に圧迫感がある訳では無い。

 つまり、結果的には住みやすい空間となっている。

 そして、俺の足元には建築雑誌の「NATURAL~自然な空間~」が山ずみにされている。いつも通り。変わりはない。


 俺はソファの後ろの窓に手を伸ばせるよう、ソファに膝をついて、腕を背もたれの上に置く。そうすれば、ソファの後ろにある小さな窓に手が届く。


「おはよう。」


 俺は、すずめに声をかける。もちろん、すずめは「おはよう」なんて返さない。その代わりに、すずめは俺が起きたことを確認したとでも言うように、首を右、左と傾げて何も言わずに飛び立って行った。これもいつものことだ。


 ふぅ、と一息つく。

 あのすずめは、毎朝、どこからかやって来て窓をノックするのだ。俺がこの部屋来て2年になるが、この2年間、毎日やって来る。理由はわからないが、まるでちゃんと俺が生きているか確認されているような気がしている。だから、俺は今日も生きなくては、と思う。

 洗面台へと顔を洗いに行く。この部屋には、先程のソファがある居間と、洗面台、風呂場、トイレ、キッチンがある。風呂場とトイレが別なのはありがたい。

 洗面台までは居間からそう遠くないが、フローリングにはカーペットも何も敷いてないため、3月でも足の裏がひんやりと冷えてくる。

 ぺたぺたと歩き、洗面台につくと、鏡も見ずに顔を洗う。その後に、髪を整える。前髪は左目の上で分けて、右目はほぼ隠す。黒髪だからか、右目の青は黒く塗りつぶされたかのように隠された。その後で、顔をタオルで拭く。そして、鏡を見る。


 また、お前か。

 お前の顔の右側は、茶と白のまだらになっていた。縫い目だろうか、頬は少しでこぼことしている。バラバラの色と、でこぼこの醜い皮膚が黒髪の隙間から覗いていた。

 そして、その皮膚は顔から右首にまで及び、妙に右側だけ削れており、青紫色の太い頸動脈が浮き出ていた。ドクドクと脈打っていた。

 この動脈が、心臓からお前の頭に血を送っているのだ。僕がお前のその動脈を切ったら、お前は死ぬのだろうかと考えた。


 でも、お前と俺は同一人物だ。だから、お前を殺したら俺も死ぬんだ、と感じる。


 それに、すずめは明日も来るだろう。この2年間、俺を気にかけてくれたすずめ。もしも俺がいなくなっていたらどうなるのかと考え、なんだか裏切るような気がした。

 だから、俺はすぐにお前を殺すことを考えるのを止めた。


 俺は二重人格なんだろうと思う。

 鏡の中のお前を、俺はどうしても自分だと認められない。

 だから、俺とお前の人格はまるで違う、他人だと、俺は思い込んでいる。

 別にいいだろ、誰にも迷惑はかけてない。


 お前を見て、僕は目をつぶる。


 すると、暗闇の中で青い光が見えた。


 その光の中に、ふわりとお前が現れた。


 お前の醜い頬に触れる。

「かれこれ10年見てきているが、未だに見慣れないよ。」


 お前は話さない。

 これも、いつものこと。


「今日も、気持ち悪いと言われてしまうのかな。怖いよ。」


 お前は俺から目を離さない。


 まるで、臆病者、とでも言うように。


 俺は、ふっと笑った。

「そうだ、俺は臆病だよ。だから、今日も任せた。」


 俺はお前を引き寄せて、キスをした。


 青い光が僕らを包み込んだ。



 そして、俺は目を開けた。


「よう。」


 俺は鏡の自分に向かって挨拶した。

 まるで、先程の俺とは違うようにサバサバとした挨拶だ。


 俺は、鏡を見ないで居間に戻っていく。ガーゼを、顔の右側と、右首に丁寧に貼って、醜い皮膚を隠す。


 キスをすれば、臆病な俺は俺の内側に閉じ込められる。そして、お前が俺になって現実で動いている。


「お前」は、醜い俺を認めている俺だ。

 つまりそれは、周りから悪口や非難されることが当たり前と思っている俺ということ。だから、何を言われても、それが当たり前だから何も思わない。


 俺は、いつものように顔にガーゼを当ててた。その後、ブラウンのフードがついたパーカーに着替えながら、はやく大学に行かねーと、と呟いた。

 その理由は、課題であった「100年後のビル」の設計図を提出する日が今日だからだ。

 100年後にはビルなんてない、と言って出さないと俺抗議したが、うるさい講師に「出さなければ君の家まで押しかける。」と言われた。だから、俺は行くしかない。

 無事提出してきてくれと、お前にお願いする。お前は答えた。


「おう。」

 俺が俺に話しかけてて、ついにやばいやつだと俺は思う。

 もちろん、俺自身が1人しか居ないことはわかっている。しかし、俺が2人居るのも嘘じゃないんだ。

 俺が、いわゆる二重人格になったのはこの顔の傷を負ってからだ。

 臆病な俺は、家。

 卑下されるのが当たり前と考えるお前は、外。

 俺達が入れ替わる時は、キスという儀式をしている。いつからか、それが当たり前になっていたさ。


 俺は昨日完成した課題の設計図をリュックに入れようとする。名前はわざと書いてない。

 その設計図をちらりと見て思った。俺は、設計することが好きだ。丁寧にまっすぐと書かれた鉛筆の線を見ていると、気持ちがいい。そして、設計図は綺麗なものを好きなだけ生み出せる。だから、俺にとって、設計図とは「綺麗なもの」への地図なのだ。


 俺は設計図をリュックへとしまう。

 そのあとは、珈琲メーカーにコップを乗せてスイッチONする。


 こぽこぽこぽ。

 とろりと流れ出てくる珈琲が美味しそうだ。

 ホカホカと湯気をまといながらコップへと注がれていく。


 携帯を見て、珈琲が注がれ終わるのを待つ。

 チャットのニュースの欄には、「インスタ映え!春のバスツアー!」がトップになっていた。


 世界は「綺麗なもの」を今日も求めている。

 例えば、SNSだ。

 インスタ映えとか言うんだっけ。

 現代はキラキラしたもの、カラフルなもの、可愛いもの、美しいものなど、色々なものを設計して、「綺麗」だと発信するだろう。

 また、中には自分の外見を、「綺麗なもの」として発信することもある。

 そして、それが「綺麗なもの」であればあるほど、フォロワーは増えていく。だから、顎をとがらせたり、目を大きくしたりして、より「綺麗なもの」として見せようとする。

 つまり、人は「綺麗なもの」を無意識に求めていると俺は考える。


 それらと同じだ。

 俺は、そうゆう、綺麗なものになりたい。

 一人ぼっちになることがない、誰かに求められる存在に。

 しかし、この顔の傷では街づくりをした所で街の印象はガタ落ちして、恐らく誰も住まない過疎地域となるだろう。

 さらに、自撮りをアップしたら、インスタ映えどころか『不快な思いをした人がいます』と、SNSアプリから忠告されるだろう。

 仕方ない。

「お前」モードの俺は、心からそう思える。しかし、設計図は「綺麗なもの」への地図と思うのだ。

 無意識に求める、ということは怖いことだ。


 チャーラララン♪


 気がつけば、珈琲が注ぎ終わったことを伝えるアラームが鳴った。


 美味しそうに、珈琲がコップいっぱいに注がれている。


 俺は珈琲をまったらはと飲んで、リュックを背負う。


「行くしかねぇぞ。」


 ダラダラとする前に、俺は立ち上がり玄関へと向かった。

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