第2話 綺麗なものなんてない

「なんで浮気ってわかったの?」

「……いきなりすぎない?」

 ショートカットの栗毛色の髪の毛をふわりと風になびかせて声をかけてきた女の子。この子は、私の友達の彩。彩はにっと笑った。八重歯がつんとしていて、犬のようだ。私はその愛嬌に負けじと悪態をつく。

 今は大学のお昼休み。学食のカツカレーを私は頬張っていた。彩は、私の前の席に座り、同じカツカレーを置いた。

「疑問すぎ。アイコンもあんたのままだったし。」

 そう、彩と私の元、彼氏様の3人は同じ高校なため、顔見知りなのだ。 私は、元彼氏様の体裁など構ったものかとはっきりと話す。

「出会い系やってて、その連絡が私が彼の携帯でゲームしてたらきた。」

「うおお……それは……。ちなみに、その出会い系は、なんて言ってたの?」

「気持ち悪いこと。それで、元彼氏様はこう言いました。本気じゃないからいいでしょ、って。」

 彩はあきれていた。そんな人だと思わなかったというのうに。口がぱくぱくしていて、魚みたいになっている。私は少しクスリとした。犬なのか、魚なのか。

「つまり、セフレってことか。」

「……だね。」

「うげー。」

「ちょっとトイレ。」

「わかった、食べて待ってるわ。」

「ありがとう。」

 私は席を立ち、早足でトイレにかけこみ、手を洗った。今日は3月のあたたかい気候だから、手首が出ているワンピースを着てきた。その手首から一気に鳥肌が立っていた。

 セフレと同じ性器で私はされていたのだということを、また自覚して、その汚い部分を洗いたくて仕方がなかった。でも、それなら手ではなく、自分の性器を洗えばいい話だ。しかし、なぜか自分の性器を洗いたいとは思わないのだ。きっとこれは、私の身体ももう汚れているけれど、それよりもその愛の行為が、嘘の愛の行為であって、ずっと知らない間に私の気持ちが汚されたことが原因なのかもしれない。

「……気持ち悪い。」

 私は自分の手を見て、そう呟いた。


 カツカレーを食べに戻る途中、不思議な人とすれ違った。グレーのパーカーのフードを被り、右頬から首にかけて、ガーゼで覆っている背の高い人だ。その人は、建設学科の講師と歩いていた。

( 大きな傷でもあるのかしら…… )

 私は横目にすれ違った。すると、その背の高い男と目が合った。しかし、その目は片目だけだった。もう片方は前髪でよく見えなかったから。その目は、青く澄んでいた。綺麗だな、と思った。でも私は、そうゆう綺麗ってどうでもいいのだ。もう持ってるし。と、少し嫌な奴になって、直ぐに目を逸らして、すれ違った。彼が、私のことを目で追っているのをなんとなく感じながら。

 そして、彼のことを見ながら話している大学の人の声も聞こえた。「気持ち悪いな、あのガーゼ野郎。」

 その言葉を聞いて、足を止めた。

 私は、恐らく整っている外見だと思う。この前のミス大学で優勝するくらい。

 だから、外見の綺麗さはあまり求めない。私が求めるものは、中身の綺麗さ。だけれど、私の周りは、汚いものでいっぱいだ。

「ねえ。」

 その悪口を言った人のところへ私は歩く。

 その人は、私を見て赤くなった。どうやら、私の外見は好みらしい反応だ。

「な、何?撫子さん。」

 私のことは名前で呼ぶのか。外見至上主義野郎め。

「私、あなたみたいに外見で決めつける人って本当に汚れた心だなぁって思うよ。そんな、あんたのが気持ち悪いわよ。クズ野郎。」

「なっ……」

 彼は今度は怒りで顔が真っ赤になっていた。私はその言葉だけ吐き捨てて、くるりと踵を返して歩いた。その男はおってこなかった。パタパタと足音が聞こえたので、おそらく逃げたのだろう。消えろくずめ。


 くずとか、汚い言葉使っちゃった。まあいいか。私も汚いもの。ごめんね。所詮、綺麗なものはこの世にはないのだろう。そして、さっきのはきっと、八つ当たりだろう。

 やっぱり私も同類だなと感じた。しかし、私は間違ったことはしていないと思ったので、るんるんと鼻歌を歌いながら彩の待つ食堂へと向かった。


 食堂と反対側に向かって歩いていた青い片目の人は講師に向かって言った。

「あの子……名前何すか?」

「え、どれどれ?」

 講師はひょっこりとその男の視線の先を追う。その先には、ワンピースのスカートと、黒髪のロングヘアーを揺らしながら歩く私がいた。



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