2匹のカラスは宝石が嫌い。

真風呂みき

第1話 綺麗なもの

「別れてください。」


 かれこれ、3回目となる別れの言葉だ。3回目というのは、5年付き合い結婚まで考えていた背は165センチと小さいがイケメンで、十分な収入も得ていて何より私を愛してくれている彼氏様に向かって言うのがこの2ヶ月で3回目になる、ということだ。一語一句間違いは無いし、言葉のリズムも同じ。しかし、もう終わりにしたいので多少声の震えとか、鼻をすする音とかのオプションをつけてみる。いつから私は女優になったのだろう。

「…………はぁーーー。」

 重い沈黙の後、苛立ちをまぜたような溜息が携帯から聞こえる。私は何も言わない。ちょっと泣いてるふりしてるだけ。

「泣くなよ。」

「……うん。」

「葵?」

「うん?」

「これでやっと好きな人と付き合えるわけだな。」

「いないよ。」

「ははっ……あーあー。……もう俺みたいな人は二度と現れないからな。」

「……そうかもね。これまで、本当にありがとう。」

「ああ。……ありがとう。……がんばれよ。」

「うん。そっちもね……。」

 電話が切られた。

 電話の画面を見ると、彼のアイコンが映っていた。彼のアイコンには、高校の卒業式で撮った、桜の中で笑っている2人がいた。

 私は目を閉じる。大きく息を吸った。

「終わったーー。」

 私は全身の力が抜けると同時にベットにダイブして、枕に顔を押し付け、目の前が暗くなる。暗闇の中で私は2年前の卒業式のことを思い出した。


「 くん」

「どした?葵」

「あのね、離れても、浮気しないでね。約束。」

「するわけないじゃん。」

「……そう?」

「だーいじょーぶだよ。」


 クスッと笑う。あの時、指切りを私はしたかったんだ。でも、怖かったんだ。だって、約束を破ったら針千本だもの。大好きな彼が針千本飲むのを見たくなかったから指切りはしなかったんだ。

 でも今は違う。あんなやつ、針千本飲んで苦しめばいいとさえ私は思っているのだ。

「おなかすいたー。」

 重い体を起こして、私は冷蔵庫に向かう。最近食べてなかったせいか、中には何も入ってなかった。

「むぅ……。」

 むくれる。冷蔵庫の横の棚を見るとインスタントラーメンが1袋。素晴らしい。

 お湯を沸かそうと、やかんに水を入れる。すると、ふと排水溝の汚れが気になった。そうめんのカスや玉ねぎ、人参などの生臭い匂いまでしてくる。

「……きったな。」

 私はやかんを火にかけたら、手袋をして排水溝の掃除にとりかかった。

 ゴシゴシゴシゴシ

 私が綺麗好きってこと、彼は知らなかっただろうな、と思った。インスタントラーメンとか食べる子だとも思ってなかっただろうとも思った。

スポンジで汚れを擦るが、なかなか取れない。もっと綺麗にしておけばよかった。

 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ


 ぽた。

 ぽたぽたぽた。たたた。

「う……」

 涙が溢れ出て、流れ出てくる。

「汚い。」

 好きだった。

 この世で、1番私が幸せで、彼も幸せで。記念日の度にオシャレなレストランでお祝いして、夜景を見ながらプロポーズされて、結婚して、周りから祝福いっぱいされて、子供が出来て、家族を作る。歳をとったら手を繋いで一緒に死にたいとまで考えてたのに。

「汚い。」

 だから、私のハジメテは彼に捧げたし、彼のハジメテも私が受け取った。

「汚い。汚い。」

 遠距離になって、彼以外の人からも告白だってされた。でも、彼以上に魅力的な人なんていなくて、全部断った。中には無理矢理付き合おうとする頭おかしい人だっていたけれど、それも彼が遠くから駆けつけてくれて助けてくれた。それに、出会いだって。高校に入ってお互いに一目惚れだった。はじめて会うのに、そんな感じしなくて、お互いが好きってすぐにわかった。運命の人だと、本気で思った。

「全然、綺麗にならない。」

 彼となら、この世で、1番綺麗になれると思ったのに。

 今の私はなんて汚いのだろう。

「う……うぅ……ヒック……」

 気がつけばやかんからシューーーと音が鳴っており、お湯は溢れ出ていた。

「うる……ヒック、さい……」

 悪態をつくだけで、私はそのまま動くことが出来なかった。


 排水溝の掃除をした手のまま、私は涙を拭う。生臭いし、ぬるぬるしたよくわからないものが顔を塗った。それでも、私はなぜか落ち着いた。汚いものには、汚いものがお似合いだと思ったから。






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