ROUND 8
控室に連れてゆかれた俺は、そこでルールを聞かされた。
1、眼球及び金的への攻撃並びに噛みつきは禁止。(意図的な反則を犯した場合は、理由の如何を問わず、即刻反則負けとなる)
2、武器の使用は双方の同意があった場合のみ可とする。
3、判定はなし。一方がタップをするか、若しくは完全に意識を失うかのいずれかで決着。
4.1ラウンド5分。但しラウンド数の制限はなし。
要は『プロレス』と今流行りのMMA(総合格闘技)をごっちゃにしたような、まあそんなものだと考えてくれればいい。
吾郎はここへ来てもまだ心配そうな表情を見せていた。
『おい、あんた、本当にやる気か?』
俺は黙って頷き、用意されたコスチューム(とはいっても適当に持ってきたロングタイツにレスリングシューズ、それからオープンフィンガーグローブだったが)を身につけた。
『ま、何とかなるだろう。俺だって少しはやったことがあるからな』
正直、自信なんかまるでなかった。
でも、やるしかない。
『支度は整ったか?』
葉巻を咥えたさっきのガマガエルがドアを開けて顔を覗かせる。
『ああ』
俺が答えると、
(さっさと出てこい)
とばかりに大きくドアを開けた。
『あんた、意外といい身体してるな』
世辞だか何だか知らないが、吾郎がそう言って俺の肩を叩いた。どうやらセコンドについてくれるらしい。
あんまり自慢話は好きじゃないが、こう見えても毎日身体は鍛えている。
短い通路を通り、先ほどの会場に再び出た。
俺の対戦相手は、もう既にリングの上にスタンバイしていた。
どうやら、ここにはウェイト制というものもないらしい。
海坊主のような『敵』は、俺とそんなに身長は変わらなかったが、しかし体重だけは確実に10キロ以上は違った。
表の世界なら、こんな試合、端から成立しないだろうが、ここは言ってみれば、
『地下闘技場』である。
そんなことは問題じゃない。
ケージの一部が開けられ、俺は中に入れられた。
中にいるのは海坊主みたいなその男と、もう一人Tシャツ姿の立会人(レフェリーではない。この男はただ反則のあるなしを見極めるだけで、それ以外は何もしないのだ)だけになった。
簡単な説明がなされる。
海坊主は、明かに俺を舐め切ったような表情をしていた。
『おい、悪いことは言わねぇ、ダメだと思ったらすぐにタップしちまえ!』
吾郎の声がケージの向こうからとんだ。
見損なうな。
俺はプロの格闘家じゃないが、
『プロの探偵』だぜ?
料金に見合うだけのことはするもんだ。
俺は海坊主の顔を、ちらりと見ただけでコーナーに戻った。
ポンポンと、オープンフィンガーグローブをはめた両拳を合わせてみる。
観客席では、賭け率の発表を告げる声が甲高く響いていた。
どうせ俺に賭ける奴なんかいないだろう。
不思議と笑いがこみ上げてくる。
カーン!
少しかすれたようなベルの音が鳴った。
勇みもせず、気負いもせず、俺は小走りにリングの中央に走って出た・・・・。
ああ、痛てぇ・・・・
俺はそう言って鏡の中の自分を眺めた。
両頬が腫れ、右目の上に青タンが出来ている。
口の中も少し切ったみたいだ。
こんな時にバーボンなんか呑(や)ると、口の中がチリチリと痛む。
え?
(試合経過を聞かせないなんて狡い?)
面倒臭ぇなあ、
何度言わせりゃわかるんだ。
俺は自慢話は苦手だって。
どうしても聞かせろ?
俺が勝ったよ。
流石に無傷と言う訳にはいかなかったがね。
長く続けたら体力が持たんと考え、3Rが開始されると同時に、俺は相手の打撃をかいくぐり、脇固めをかけた。
柔道の試合じゃないんだから、反則もヘチマもない。
思い切り体重をかけて、俺が奴をマットに這わせると、途端に嫌な音がした。
同時に奴が身体に似合わぬ悲鳴を上げ、そこで試合は終了と相成った。
海坊主に賭けてた連中は大損をしたのか、立会人が俺の手を挙げても、誰一人拍手はしなかった。
控室に戻り、俺が服を着替えていると、ガマガエルが顔を出し、苦い顔に、幾分愛想笑いを含めながら、
『あんた、強ぇな・・・・どうだ。モノは相談だが、俺のところの専属になってこのまま闘ってみねぇか?』
『ストップ!』
俺は着替え終ると、借りていたコスチューム一式を突っ返して言った。
『ごめんだね。俺は自由が好きなんだ』
『おい!兄貴の言葉が聞けねぇのか?』
俺は奴らの目の前にライセンスを突き出した。
連中の顔ったらなかったな。
俺はそんな連中をしり目に、傍らに立っていた吾郎に、
『長居は無用だ。行こうぜ』
と声をかけて倉庫を後にした。
後で依頼人の郷原大吾氏にも似たようなことを言われたよ。
あちらさんは『お陰で助かった』を何度も繰り返し、ギャラを最初の言い値より積み増ししてくれ、
『吾郎に聞いたよ。お前さん中々の腕だってな・・・・どうだ。リングに上がってみちゃあ?』
『格闘技は観るだけで沢山だ』
俺はそれだけ言って金を受け取り、そそくさと別れてきた。
で、あったかくなった懐で、また『アヴァンティ!』に来たというわけさ。
確かに顔は腫れたし、口も切ったがな。
やっぱり若いうちに身体は鍛えておくもんだ。
俺はもう一杯、バーボンを煽った。
終わり
*)この物語はフィクションです。
登場人物その他は全て作者の想像の産物であります。
シャドウ・ファイター 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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