ROUND 5

 俺は歓声と、拍手と、派手なBGMを縫って、元の席に腰を落ち着けた。


 相手のレスラーはまだ若いが、この団体ではほぼエース格と言っていいだろう。


 髪を長く伸ばし、逆立て、赤と銀色に染め分けている。


おまけにラメの入ったギンギラのコスチュームときた。


彼の腰にはそのタイトルを象徴する、銀色のチャンピオンベルトが巻かれている。


 プロレスラーというより、パンクロッカーと言った方が似合うと言った体に見える。


 花道を派手に走ってくると、エプロンに上がり、ロープの最上段に手をかけ、ひょいと軽く飛び越してリングインすると両手を挙げ、白い歯をむき出しにして笑って見せた。


 歓声の中には女の子の声も混じっている。


 なるほど、これじゃモテるわけだな。俺は思った。


 対する吾郎の方はと言えば、首にぶら下げたスポーツタオルの白さが目立つだけで、後はショートタイツも、そしてリングシューズも、全部黒ときている。


 愛想もなく、ゆっくりとエプロンを昇り、ロープを潜ってリングイン。


 彼がリングに上がると、それまでと打って変わり、四方八方から飛んだのは、野次と罵声の嵐だった。


 決して彼はヒールではない。普通一般のプロレスラーがやるような、目をむいて暴れたり、凄んでみせたりということは一切やらないのにこの騒ぎだ。


 これだけでも、このリングに於ける吾郎の立場が分かろうというものである。


 両者がインして後、リングアナの選手紹介が始まっても、会場は歓声と怒号、野次が入り混じって止まらなない。

 チャンピオンは両手を挙げ、ひたすら観客にパフォーマンスを繰り返す。


 だが、吾郎はそんなことはせず、場内の喧騒などものともせずに、両肩や足首を回し、ロープをつかんで屈伸運動を繰り返している。


 レフェリーが二人を中央に呼び寄せ、細かい注意を与える。


 チャンピオンは吾郎より些かばかり背が高い。


 筋肉も盛り上がっていて、まるでギリシャ彫刻の戦士の像そっくりだ。


 年齢から行けば、吾郎よりは2~3歳は若いが、自分の勝ちを確信しているんだろう。

 

 明らかにチャレンジャーを見下しているような、そんな目つきである。


 吾郎の方も彼から目を離さないが、その眼付は格別血走っているわけでもない。


 ただ、淡々とした感じで、気負ったところはどこにも感じられない。


 レフェリーが二人に握手を促す。

 

 いきなりチャンピオンが側にいたリングアナからマイクをむしり取ると、吾郎に向かって挑戦的な声を投げかけようとしたが、あくまで彼はそれを無視し、黙って

手を差し出した。


 気勢をそがれたチャンピオンは、パチンとその手をはたいて、両者は再びコーナーへと分かれる。


 チャンピオンは相変わらず手を挙げ、観客に手を振っている。


 チャンピオンには歓声と嬌声。


 吾郎には野次と罵声。


 と、ゴングが鳴った。


 くるり、と吾郎がリングに目を向けると、ゆっくりと中央に歩み寄った。






 


 

 




 

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