ROUND 4

 狭苦しい廊下は腕章を着けた報道陣(殆どはプロレスマスコミと呼ばれる専門の記者ばかりだ)と、主催している団体のロゴが入ったジャンパーやTシャツを着た連中でごった返していた。


 塩原吾郎の控室はその中の一番奥のとっつきだった。


『余所者』とはいえ、流石メインを張る存在だ。


 他と違ってどうやら個室になっているらしい。

 

『塩原吾郎選手』と書かれた紙が鉄扉の前に貼り付けてあり、


 その前には浅草寺の仁王像よろしく、丸坊主で強面の男二人が辺りを睨みつけるように立っていた。


 俺は探偵免許を翳して、


『郷原氏に頼まれてやって来た』というと、胡散臭そうに眼を動かしたが、それでも無言でドアを開けてくれた。

 

 中は薄暗かった。


 汗と、ワセリンと、体臭・・・・正にここは男の世界だ。


 吾郎は12畳ほどの部屋の片隅のベンチに腰掛けていた。首にスポーツタオルをかけ、濃紺のショートタイツ。それに黒のリングシューズという、飾り気のないシンプルなスタイルだ。


 郷原の言った通り、背は確かに高かったが、プロレスラーにありがちな隆々とした筋肉という訳ではなく、どちらかと言えば細身に近かったが、それでも首と肩は太く、盛り上がっていた。


 俺が入ってくると彼は頭を上げ、ちらりとこちらを見て、


『郷原のおやっさんからは話は聞いてるよ。』ぼそりとした口調でそう言った。


『俺は自分の立場がどんなものか、良く分かっているつもりだ。だが、俺は俺のやり方でしかレスリングが出来ない。他人がどう思っていようと、それが俺だ』


『今夜もそれで通すつもりかね?』


 俺が聞くと、彼は黙ったまま、レスリングシューズの紐を締めなおした。


 なるほど、確かに、


 俺は自分の目で見て、この男が一層好きになった。


『外に二人、目つきの悪いのがいたろう?あれは八洲会の若い奴らだ。ああやって始終俺の事を見張ってるのさ。』


 しばらくしてドアがノックされ、ジャージ姿で丸坊主の少年みたいな男が顔を出し、


『吾郎さん、時間です』


 と告げた。


『あんたの試合っぷり、リングサイドで観させて貰うぜ』


 のっそりという感じで、ベンチから立ち上がった吾郎に、俺は声をかけた。


 彼は相変わらず何も言わず、黙って手を挙げただけだった。


 鉄扉を開けて外に出ると、フラッシュが一斉に焚かれる。


 まぶしくて目もあけられないくらいだ・・・・と言いたいところだが、実のところ音が少ししただけで、後は静かなものだった。


 セコンドについた若手が両脇にぴったりと張り付く。


 10メートルほど歩くと、廊下の分かれ目のところに、さっき俺が来た時に見かけた目つきの悪い二人組が、背の低いガマガエルみたいな顔をした、趣味の悪いスーツ姿の男が、口元に嫌な笑いを浮かべてこっちを見ていた。


 吾郎に何か言ったようだったが、離れた場所にいた俺には聞き取れなかった。


 もっとも吾郎は完全に連中を黙殺していたようだったが・・・・


 俺は足を止め、吾郎を見送った。


 歓声と拍手の渦の中に、彼は飛び込んでいった。



 



 









 


 

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