ROUND 2

 郷原は、初めその男の事を、それほど目をかけてはいなかったという。


 塩原吾郎という、名前からしてどこにでもありそうな、ごく平凡な男だった。


 身長は180センチちょっと、年齢は19歳。


 中学、高校と柔道の経験があり、インターハイで2位まで行ったことがあり、段位は三段。


 しかし背が高い割には体重がそれほどなく、90キロ弱しかない。


 郷原は最初見た時、


(お世辞にもモノにならん)と踏んだという。


 しかし練習のきつさに次々と脱落していく者が出る中で、彼だけは余計な口を聞かず、黙々と通い続けてきた。


『俺は「バカ」が好きなんだよ』


 郷原は昆布茶を二杯お代わりをした後、そう言ってまた話をつづけた。

 話しているうちに段々と熱が籠ってくるのが良く分かる。


 なるほど、吾郎は確かに『バカ』だった。


 何かあてがある訳でもないのに、アルバイトで生計を立てながら、彼の元に通って、ひたすら関節技の練習に打ち込む。


 才能のあるなしより、その「バカ」になれる心根に惚れたのである。


 そんな時、かつて『ネオ・レスリング』で一緒に汗を流していた後輩の一人が新しい団体を旗揚げし、新人選手を募集していると聞き、真っ先に吾郎を推薦した。


 吾郎はその団体(それほど大きな組織ではなかったそうだが)で、入団後半年でデヴューを果たした。


 彼は正しく関節技の鬼となった。


 愛想もない。


 派手なパフォーマンスもしない。


 ただリングに上がって、闘って、そして勝って降りてくる。


 郷原は後輩の活躍に目を細めた。



『で、依頼内容は?』


 熱を込めて話す男の話を遮るのも気が引けたが、何しろこっちも飯を喰わなきゃならないんでね。


 俺が遮ると、郷原ははっとしたような顔をして、

『すまなかった・・・・』といい、


『実は、奴と、奴の団体を助けてやってくれねぇか?』と言った。


 吾郎が所属した団体は、


『ネオ・レスリング』の流れを汲む試合形式の団体だったが、ご多分に漏れず、やはり客の入りは悪かった。


 しかしレスラーは全員実力派ばかりだった。


 そこで目をつけてきたのが、某中堅どころの団体というわけだ。


 割と人気もあり、大箱の会場を満員にするだけの資力もある。


 『ウチと業務提携をしないか』というわけだ。


  業務提携、といえば聞こえはいいが、早い話が吸収。

 

  もっと俗な言い方をすれば『乗っ取り』というわけだ。


  ショーアップされた団体と組むのは気が引けたが、選手を食わせてゆくためには、背に腹は代えられん。


 吾郎達は結局その団体のリングに上がることになった。

 

 他の選手はすぐに水に馴染んで、それなりにパフォーマンスに乗っかる試合が出来るようになったものの、不器用モノの吾郎にはどうしてもそれが出来ない。


 しかも、である。


 その団体、事実上の経営者が、つまりは『その筋』と来ているのだ。


 度々『お前は強すぎる。もっと手加減をしろ』という圧力や嫌がらせがかかっている。


 今度、後楽園ホールで行われる試合で、吾郎はその団体が保持しているタイトルに挑戦することになった。


 チャンピオンは確かに人気はあるが、実力と言う点からいけば、吾郎の方が遥かに上だ。


 これが本当に『セメント』(業界用語でいう真剣勝負)で行くならば、今度の試合は紛れもなく彼が勝つ。


 しかしそうすれば、吾郎だけじゃない。


 吸収された元『ネオ・レスリング』派の連中はどんな目に遭わされるか分からない。


『つまりはこの俺に用心棒をしろ、と?』


 郷原は湯呑を両手で抱え、そっとテーブルに置くと、ゆっくりと大きく頷いた。


『あんたにゃ、あんまり気乗りのせん仕事かもしれんが、他に頼む当てがねぇんだ。頼む。勿論それなりのものはこっちも出す。』


 その気になれば喧嘩の一つくらい、屁でもないだろうに・・・・そんな連中が頭を下げてくると、流石の俺もヨワい。


 情に溺れるのは好きじゃないが、ま、仕方があるまい。

 


 


 



 

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