第5話 『追放』が便利な理由の考察② 『権利の剥奪』について
前回は追放テンプレの源流がアンデルセン童話『みにくいアヒルの子』にあると論じ、そのストーリー構造の特徴として『気づき』によって『実は元から強かった設定』を表現してることにあると考察しました。
現在の追放テンプレで多用される『実は元から強かったことに気づくこと』を用いることで『無能だから追放される、かつ元から強いから修行などしなくてもいい』という展開でストーリーを進めることを可能としているのです。
今回はさらに『追放』が真に意味する物として『一方的な権利の剥奪』という視点から考察を行い、またそれが読者に引き起こす効果についても論じていきたいと思います。
―――――――― 今回の内容 ―――――――――
③ 『追放』が真に意味するもの
― 追放が意味するのは『一方的な権利の剥奪』
― そしてそれが読者に引き起こす『強い関心・同情・共感』の作用
― なぜ『死刑』でなく『追放』が採用されるのか
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【 『追放』が意味するものとは 】
『追放』を本質的な意味で捉えると、それは『
たとえ『村からの追放』あるいは『国からの追放』といった場合でも、あくまでも本質は『場所』ではなく、そこにある『コミュニティ』からの追放を意味するのです。
また『追放』は多くの場合で、コミュニティ内部の『規律を乱す人物』や『脅威となる人物』を外部に追い出すことによって、『コミュニティ内部の規律を回復し、脅威を取り除く目的』でそれが行われます。
つまり追放は『
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【 『追放』が真に意味する『所属する権利の剥奪』 】
コミュニティの成員(メンバー)である者は、コミュニティに所属し続け、その恩恵を受ける権利を持っています。
複数の成員によって構成される『コミュニティ』には例えば「家族」であったり「冒険者パーティー」であったり「国家」であったりなど、様々な形式・規模のものがあります。
しかしこれらのどれにおいても、一度成員として認められたメンバーは、その組織に所属し続ける権利を持ち、逆に言うと正当な理由無しにそこから追い出されない権利を持っています。
要するに『
これは法律やルールとして明確に規定されて無くてもそういう物であり、物語の舞台が現代でも過去でも、日本であっても異世界であっても、基本的に変わらない『
そして『追放』が真に意味するのはこのコミュニティの成員としての『
――――――― ここまでのまとめ ―――――――
① 追放の本質は『コミュニティからの追い出し』
② 追放は刑罰の一種として執行される。
③ コミュニティの成員は、その組織に所属し続け、組織から恩恵を受ける権利を持っている。
④ 追放は『コミュニティの成員としての所属する権利を剥奪すること』を意味する
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この『権利の剥奪』という観点から『追放テンプレ』を捉えると、いくつかのことが見えてきます。
一つは『追放の理由に正当性が欠けている』という特徴です。
もし追放する側に合理的な理由がある場合、例えば『追放される者が殺人の様な犯罪行為を行った者』である場合を想定すると、追放という行為にも正当性が生じます。
コミュニティ内部に存在する危険人物を追放することは、組織の規律を回復し、また脅威を取り除くことにもつながるため、コミュニティ全体の利益を考えると合理的な判断であると言えるからです。
これは追放刑が無くなった現代社会においても『刑務所』という場所に犯罪者を隔離する政策が取られていることや、この『刑務所の存在』を人々が受け入れていることからも、別にそれ自体は受け入れがたい物ではなく、
つまり合理的な理由がある場合は、ストーリーの中で追放が行われたとしても別に普通の事として受け止められるという事です。
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しかし、『追放テンプレ』においては追放する側の言いがかりの様な一方的な理由付けによって主人公が追放されてしまいます。
これはつまり『
この『一方的な権利の剥奪』は読者に『強い関心・共感・同情』を否応無しに引き起こす効果を持っています。
なぜなら『人間は元々権利の剥奪に対して強い忌避感を生まれ持っており』、ただでさえ忌避される行為が、正当な理由無しに行われる事を座視する事など出来ず、無関心ではいられないからです。
これが追放テンプレが持つ『
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【 人間が持つ『権利の剥奪への忌避感』 】
そもそも人は『権利の剥奪』について、その行為自体を忌避する心理を持っています。
例えそれが正当な理由があって行われた場合でも、人間は『剥奪された側』を憐れみ、一方で『剥奪した側』に対して少なからず嫌悪感を抱きます。
ここでは例として『スピード違反の取り締まり』を想定してみます。
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スピード違反で摘発されるのはあくまでも機械的な計測によって、スピード違反を行った事が明白なドライバーのみです。
また、スピード違反の取り締まりはあくまでも法律の中で行われている行為であり、摘発側に正当性があるのは明らかです。
つまり普通に考えれば、社会のルールを破ったドライバーは摘発されて当然と言えるのです。
しかし多くの場合で、スピード違反で捕まったドライバーの話を聞くと人々は『かわいそう』と感じてしまい同時に、取り締まり側の警察を『ひどい』と思ってしまいます。
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なぜ自業自得であるはずのスピード違反者を「かわいそう」に感じ、正当な業務を行っているだけの警察を「ひどい」と感じるのか。
それは、他人事であったとしても『誰かが権利を剥奪されていること』自体が自身への脅威と感じざるを得ないからではないでしょうか。
つまり、合理的な理由があった場合でさえ、人間は『権利の剥奪』という事象に関心を持たざるを得ず、そしてそれは同時に『された側への同情と共感』という感情を生じさせるのです。
これは、剥奪側に正当な理由がある場合ですらこうなのです。
なのに追放テンプレにおいては『正当な理由無く』また『一方的』にこれが行われているのですから、そんな物を提示されたら読者は関心を持たざるを得ないこと必至と言えます。
――――――― ここまでのまとめ ―――――――
① 正当な理由がある場合、権利の剥奪が行われる事を人々は受け入れている。
② しかし人間は『権利の剥奪』自体に忌避感を持っており、例えそれが正当な理由があって行なわれた業務的な物であったとしても、関心を抱かずにはいられない。
③ 追放テンプレにおいてはこれを『正当な理由無く』かつ『一方的』に行っているため、それが強力な読者引き寄せ効果を発揮している。
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【 重要 】
またこれは同時に『
『追放』というただでさえ忌避される権利の剥奪行為を、追放テンプレでは『あえて正当な理由なく行使しており』その事自体に不快感を抱く読者がいるのは当然と言えます。
つまり『忌避感』によって興味関心を無理やり引き起こそうとする『追放テンプレ』は、
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【 なぜ死刑ではなく追放なのか 】
しかしここまで論じてきて疑問になるのが『なぜ追放側は追放される側を死刑にしないのか?』という点です。
追放を刑罰の一種であると考えると、その上にあるのは明らかに『死刑』です。
普通に考えれば、言いがかりを付けて相手を追放するぐらいなら、いっそのこと死刑にしてしまった方が後顧の憂いが無くて良いはずです。
実際、幾つかの作品においては死刑執行を前提にしていたところ主人公に逃走され、結果的に追放みたいな扱いになるという、より現実的な設定の類型もあります。
しかし、多くの追放テンプレでは主人公は
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考えられるのは『死刑より追放の方が、周囲も本人も受け入れやすい』という理由です。
これは例えば、パーティーメンバーが突然、
「お前無能だから死刑な」
などと言い出したら、主人公はその時点で必死に抵抗しなければなりません。生命が脅かされる状況なのに抵抗しないのはあまりにも不自然です。よって一話目からバトル展開になることは必至です。
また、周囲もさすがに”何言ってんのコイツ”と思うこと必至です。つまり、いかに異世界が舞台であったとしても、いきなり死刑の提案をするのはあまりにも突飛すぎる発想と言えるのです。
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そこで『追放』という、少なくとも『死刑』より受け入れられやすい権利の剥奪手段が提案されます。
この事によってストーリー序盤での戦闘展開を回避させつつ、主人公をコミュニティから離脱させることを実現しているのです。
そしてそのことによって生じる、『組織からの離脱による主人公の自由な行動』は次話の”『追放テンプレ』が流行っている理由”にて論じていきたいと思います。
――――――― ここまでのまとめ ―――――――
① 権利の剥奪の最上級手段は『死刑』であるが、それを行うとストーリー展開に支障が生じる。
② 『追放』は死刑に比べれば、周囲も本人も受け入れやすいため採用されており、それはストーリー序盤での戦闘展開を回避させつつ、主人公のコミュニティから離脱を実現している。
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<< 次回 第6話 『追放』が便利な理由の考察③ >>
④ 『追放テンプレ』が流行っている理由
― 組織からの離脱は主人公の自由な行動を可能とする
――書きやすさとオリジナリティの付与の簡単さ
― 『お約束化』によってストレスフリー化を実現した追放テンプレ
―― コミュニティにおける共通認識の広がりとその活用
※1 なおこの章では『追放』が人々の興味関心をひく理由を『権利の剥奪』という観点から論じましたが、多くの追放テンプレ好き読者は『あくまでも不条理な追放を行ったものが罰を受けるという、因果応報お約束ざまぁ』を求めて追放テンプレ作品を読んでいることは理解しています。
これについては次話の”『お約束化』によってストレスフリー化を実現した追放テンプレ”という観点から考察していきます。
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