第67話 無料コーヒー

 フラッと立ち寄った喫茶店。座席はカウンター席のみでこじんまりとしている。強面コワモテのマスターが1人で切り盛りする店内には俺以外の客はおらず、お世辞にも賑わっているとは言えない静けさが漂っていた。


「いらっしゃーい!」


「どうも…」


 喫茶店とは思えない威勢のいいマスターの声に少したじろいだ。


「御注文は?」


「アイスコーヒーで」


「かしこまりました」


 俺は美味しくも不味くもないコーヒーを飲み干すと「お勘定」とマスターを呼んだ。


「お金は結構ですので、また来てやって下さい」


 商売目的ではなく、趣味の範囲内なのだろうか。コーヒーを淹れる様子も手慣れた感じはなく、どちらかといえば不格好であった。そんなマスターを粋に感じた俺は次の日もその次の日も、1週間も続けてその喫茶店を訪れた。


 7日目の今日、俺はコーヒーを飲み終えるとマスターに「今日は流石にお金払いますよ」と言って上着のポケットから財布を取り出した。


「いえいえ、どうか収めてください。お金は頂けません。じゃあ変わりに少しお願いできますか?」


「はい、何なりと」


 1週間も無料でコーヒーを飲み続けたのだ、マスターのお願い位聞いてあげなきゃバチがあたる。


「少し店番をお願いしたくて」


 そう言い、手を合わせて頭を下げるマスターに少しホッとした自分がいた。コーヒー代につけ込み、宗教の勧誘や金の無心をされるのでは? と内心疑ってしまっていたのだ。


「わかりました」と快く引き受けた俺はマスターと入れ替わる形でカウンターキッチンへと足を踏み入れた。そのすれ違い様にマスターは俺の耳元で囁く。


「お金は貰わない方がいいらしいよ」


「えっ?」


ガチャン!


 何かのカギが施錠される音と共にマスターは「後はよろしくね。マスター」と謎の言葉を残して去って行ったのだった。

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