第66話 就活戦争

「就活は戦争だ」


 これは俺が通う大学の就職セミナー講師の言葉だ。俺が志望した企業は面接での取り繕った態度より普段の何気ない人柄を見る傾向がある。時には旅行者になりすまして就活生に道を尋ねたり、はたまた清掃員に紛れ込んで探りを入れたりとその手法は多岐に渡るらしい。


 だが、万全の対策を練った俺に死角は無い。大方の予想通り、面接会場の近くで旅行者に道を尋ねられたが事前に周辺の地理を網羅していた甲斐もあり的確に案内できた。清掃員とのやり取りも「心地良い清掃ありがとうございます」と先手を打つ事で難なく切り抜ける事ができた。


 さて、ここからは俺のターンだ。


 面接の待合い室に着くなり俺は、用意していた付け髭を鼻下に貼り付け、周りの就活生に1人ずつ近付いた。そして、


「いい面構えだ。合格じゃ。帰ってよいぞ」と言い渡していった。


 ほくほく顔で帰っていく就活生達を見送ると俺は1人で待合い室に残った。悪く思わないでくれ。就活は戦争なんだ。


 5分ほど経った頃、試験官の呼び出しで俺は面接会場へと単身で乗り込んだ。


「おや、残ったのは君1人かね?」


「はい」


「仕方ない……合格じゃ、帰ってよいぞ」


「ありがとうございます!」
















  





 あの時、試験官と面接官の髭が少しズレている事に違和感を覚えていれば……。


 やはり、就活は戦争だ……。

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