第60話 惚れ薬

 ここは、人間心理科学研究所。主に人が人に抱く感情の心理を科学的に実験する施設である。


「ついに出来たぞ!」


 いつもは物静かな博士が珍しく、声を上げた。


「ついに、惚れ薬が完成したんですね?」


 助手の問い掛けに博士は、


「まぁ、惚れ薬と言っても初期段階だがな」


 と、謙遜を交えながらもどこか誇らしげに助手へと液体の入ったビーカーを差し出した。


「初期段階?」


「あぁ、結局今の科学力では強制的に人の感情を変えて惚れさせる事は不可能だ。だが、心理的になら惚れさせる事が出来る」


「はぁ……」


 首を傾げる助手に博士は続ける、


「例えばだ、子供の時に足の速い男の子がモテなかったか?」


「まぁ、はい」


「今度は、大人になると仕事の速い男性って女性からすれば魅力的ではないか?」


「まぁ、はい」


「他にも、少しブレるが西部劇のガンマンが行う早撃ちなんかもそうだ」


「はぁ……」


 全然ピンと来ていない助手に博士は、諭す様な口調で話し始めた。


「結論から言えば、女性が男性に魅力を感じる共通の要素は(はやさ)なんだ。きっと寿命という概念を理解している人間にとって(はやさ)とは、死ぬまでの時間を効率化する魅力的な能力と、心理的に感じているのであろう」


「なるほど、その心理から好きに結び付くんですね」


 やっと合点のいった顔をする助手を見て、博士は胸を撫で下ろす。


「そこでだ……今、君の持っているビーカーの中に入っている液体は、体力、知力、思考に至るまでの全てを(はやく)する事が出来る薬なのだ」


「それは、すごい。これで、モテモテになれるのか。僕が飲んで実験してみますね」


 助手はそう言うと、ビーカーの先に口をつけ、一気に喉へと流し込んだ。助手は薬を飲み終えるなり、髪型を手櫛で整え、


「よーし、早速女性研究員達で実験してきまーす」


 と助手は、満面の笑みで走り出して行った。


「仕事の(はやい)奴め」


 博士はボソリと呟きながら、実験の成功を確信した。



































 ーー10分後


「キャーーーーー、最低!」


「イヤーーーーー、触らないで!」


「キャーーーーー、変態!」


 研究所に響き渡る悲鳴と助手へ向けての罵詈雑言。


 博士は、俯くと悔しそうにまたボソリと呟いた。


「手の(はやい)奴め」

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