第37話 見掛け
とある休日の昼下がり、俺は陽気な太陽に誘われるかの様に散歩へと出掛けた。
心地良い風に背中を押されながら、あてもなく歩くと、俺は公園のベンチに腰を下ろした。
広場でキャッチボールをする親子、ベビーカー片手に井戸端会議で盛り上がるお母さん、滑り台を楽しそうに登り降りする兄弟であろう子供達。
見ているだけで心が和む。
そんな中、俺は不可思議な光景に目が留まった。
ジャージ姿の小汚い中年男が、綺麗な身なりをした幼い女の子の手を取り、ぺらぺらと話しかけていたのだ。
親子にしては、身なりが違い過ぎるし、心なしか女の子の顔も引きつっている様にも見える。
誘拐……か?
しかし、こんな白昼堂々と誘拐なんて、するのだろうか? いや……その心理の裏をついた犯行の可能性もある。
いやいや、考え過ぎか……。
俺は、そう考えながらもベンチから腰を上げている自分に驚いた。
何せ、俺は厄介ごとには首を突っ込みたく無いタイプの人間だったからだ。
しかし、今は違う!
こんな平穏な昼下がりの公園で愚行を行う様な奴は許せない!
俺は気が付くと、中年男の背後へと歩を進めていた。
そして、俺は意を決して、口を開いた。
「おい、おっさん! 自分のやってる事が恥ずかしくないのか!」
「ちっ、違うんです、僕は……」
「うるさい! 言い訳するな!」
「ひー」
慌てて公園から走り去る中年男。
その背中を睨みつける自分が、誇らしいとさえ思った。
俺は中年男の姿が見えなくなるのを確認すると、女の子に優しく声を掛けた。
「大丈夫かい?」
怖かったのだろう……女の子は返事もせず、俯いたままだ。
俺は、安心させようと女の子の手を取り、必死に話しかけた。
「怖かったね? もう大丈夫だよ? お父さんは? お母さんは? どこから来たの?」
その時、俺は自分の身なりと行動にハッとした。
小汚いジャージ……。
この光景どこかで……。
その時、俺の背後から声が聞こえた。
「その子ウチの子なんです。見ていてくれたんですね。ありがとうございます。ご迷惑お掛けしました」
振り返ると、そこには、綺麗な身なりをした女性が佇んでいた。
女性は、俺に向かってぺこりと頭を下げると女の子の手を取り、足早に公園から去って行った。
俺はホッとしたと同時に自分が嫌になった……あの中年男も俺と一緒だったのではないか? ただ、困っている女の子に声を掛けていただけなのでは?……。
それを俺は、見掛けだけで誘拐犯だと判断し、怒鳴りつけてしまった……。
自分も十分、小汚い中年男ではないか……。
人を見掛けだけで判断しては、いけないと身を持って知った。
本当に恥ずかしい。
自分の生き方。
思考。
価値観。
全てを否定したくなった。
警察を引き連れて、公園へと戻って来る女性の姿を見るまでは……。
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