第30話 擬人化

 ピーンポーン。



 閑散とした室内にインターホンの音が鳴り響いた。



「はーい」



 玄関の覗き穴から様子を窺う。



 そこには、スーツに身を包んだ如何にも真面目そうな眼鏡男が佇んでいた。



「はじめまして、私、動物擬人化愛護団体の堤と申します。お宅に猫ちゃんがいると窺いましたので、これを渡しに参りました」



 眼鏡男は、そう言うと何かをドアに備え付けられた郵便受けへと投げ入れた。



 ガコッ。



 それは、缶詰の様なものだった。



「なにこれ?」



「そちらは、擬人化抑制剤で御座います。お宅の猫ちゃんが擬人化された際にご使用ください。それでは」



 ちっ、説明も無しかよ。



 俺は缶詰をポケットにしまうと部屋に戻り、テレビの電源をつけた。



 ピッ。



『ペットが擬人化するといった謎の現象が各地で相次いでいます。尚、擬人化が進むと人間と見分けが……』



 ピッ。



 最近こればっかだな。



 テレビを消し、リモコンを布団の上に放り投げる。



「ふん、バカバカしい」



 擬人化した所でペットはペットだろ?



 擬人化したら愛せないってか?



 そんなの人間のエゴだろ?



 都合のいい御主人達だな。



「おいで、ツナちゃん」



「ニャーン」



「俺は何があってもお前を手放さないよー」



「ニャーン」



「お前は可愛いなー」



「ニャーン、ダブルライフ」



「んっ?」



「ニャンダフルライフ」



「えっ?」



「ハラヘッタ、ハラヘッタ」



「えっ? あっ? えっ?」



「オマエクチクサイ」



 完璧に喋ってるよな……。



 次第にツナはプルプルと震えながら、二本の後ろ足で立ち上がった。



「ナヤメルヒレカツクン」



 えっ、なに? 無理。



 猫の二足歩行は無理、キモい。



 俺は迷う事なく、ポケットから缶詰を取り出すと、爪をたて、プルタブを素早く開けた。



 シュー。



 缶詰から出るモクモクとした煙が一瞬にして部屋一面を覆い尽くした。



 どうか、普段のツナに戻ってくれ。



 心の中でそう願いつつ、煙が晴れるのを待った。



 煙が晴れ始めるとツナらしき物体がぼんやりと視界に入る。



 俺は目を凝らし、キモい立ち方か四足歩行かを凝視した。



 そう、その一点に。



 最悪、喋るのはいい。



 二足歩行だけは許せん。



 本当にキモい。



 目につく度、手が出そうだ。



 ツナは……。



 四足歩行に戻っていた。



「ニャーン」



 よかった。



 本当に良かった。



 一時は気の迷いながらも最愛のペットに左ボディーをブチかましたいと思ってしまっていた自分が恥ずかしい。



 ふぅ。



 よかった。



 俺は安堵し、尻尾を激しく左右に振った。



「ニャーン」



「ワン」



「ニャーン」



「ワン」

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