第2章 第1話 始まりのメロディー、桜の香りとアンサンブル

 「はぁ…。ついにこの日が来ちゃったよ」

 過ぎた日付にバツ印が付けられたカレンダー。4月2日を黒のマジックペンでXと上書きしているのは4月3日朝のこと。

 私は余裕を持って6時に起き、朝ごはんやら化粧やらを済ませ、2階の部屋で一人、ソワソワしている。


 一度公園に出かけて以来、少しだけ私の緊張はほぐれていた。夜の喧騒におびえなくなったし、カーテンもあれから毎日開けるようにしている。

 しかし、それもつい一昨日くらいからのこと。まだ本屋のことを考える頭は無かった。

 そしてあっという間に今日、新入生ガイダンスの日を迎えてしまった。

 「あと10分で家を出なきゃ」

 グレーのスーツに身を包んだ私はさっきからずっと姿鏡で容姿を確認している。寝ぐせは付いていないか、シャツのボタンがずれていないか、ストッキングは伝線していないか。

 緊張して早起きしすぎてしまった私は、30分ほど前から時間を持て余していた。時間に余裕を持ちすぎるのもあまり良いことではない。余計な緊張を煽るだけだ。

 

 「さて、そろそろ行きますか」

 私は2階の自分の部屋と1階の本屋の鍵を右手で掴んで黒いパンプスを履いた。履き慣れていないせいか階段を降りるとき、靴はガパガパという音を立てた。

 私はなんだか可笑しくなって自然と口角が上がった。

 本屋の入り口の大きな窓ガラスからは満開に咲いた桜が見えた。まるで門出を見送るようだった。

 「頑張るしかないか…」

 私は1階の鍵を閉め、新調した赤い自転車にまたがる。光を帯びた発色の良い赤が少し眩しい。

 桜の香りを含んだ空気はしっとりとしていて、少し重かった。けれど、私はこの町全体を包み込むような温もりを感じていた。

 

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