第8章 私の一番大切なもの
1 とても悲しい夢と、現実
「────お母さん!!!」
衝動のまま、私は大声を上げて起き上がった。
立ち去っていくその背中に追いすがるように、自然と腕が伸びる。
そして、その手が
「あ…………うぅ…………」
頭がガンガンする。とてもいい気分とは言えなかった。
私は伸ばしていた手で顔を覆うと、ギュゥっと目を深く瞑った。
とても、とても悲しくて辛い夢を見ていたような気がする。
いや、あれは夢だったのか、夢と思いたい現実なのか、それとも……。
妙にふかふかの掛け布団を抱き寄せて、それに埋まり込むように前のめりになる。
頭の中がとにかくごちゃごちゃとしていて、夢と現実が定かではなくて、おまけに自分自身もよくわからなかった。
私はどうしてお母さんを呼んだのか。そもそも、お母さんって一体……。
しばらくずしんと縮こまっていると、少しずつだけれど頭が整理できてきた。
相当眠りが悪かったのか、かつてないほどに頭が寝ぼけているのかもしれない。
それでもゆっくりと深呼吸をしながら気持ちと頭を整えて。ようやく私は、今ここに自分が存在していることを認識できるようになってきた。
「そっか。私は昨日……」
ゆっくりと目蓋を開けてから、バタンと体を再び横たえてみる。
びっくりするくらいやらわかなベッドが、私の背中を堂々と受け止めてくれて、大きな枕が頭をばふんとキャッチした。
そうして見上げた頭上には、物語の中でしか見たことのないような、仰々しい天蓋が見て取れて。
自分が今どこで眠っていたのかを、私はようやく思い出した。
ここは、『まほうつかいの国』にあるドルミーレの神殿。その地下にある居住スペースだ。
私はその中の一部屋を借り受けて、休ませてもらっているんだった。
そこまで思い出して、私はさっきの感情が決して嘘ではなかったのだということを思い出した。
お母さん。私のお母さん。あの去っていった背中は、決して嘘でも幻でも夢でもない、確かにあった現実だった。
でも同時に、とても妙な感覚があった。その出来事自体は夢ではないとわかっているのに、眠っている間にとても悲しい夢を見た気がするんだ。
それが何かは全く思い出せないのに、それでも『とてつもなく悲しい』という気持ちだけが胸の奥で渦巻いている。
そしてそれは、私のお母さんに対する気持ちと、全く関係がないわけでもないような、そんな気がして……。
「よっぽど私、堪えてるんだなぁ……」
色んなことがありすぎて、きっと心が参ってしまっているんだろう。
頭も心もぐちゃぐちゃすぎて、そのまとまらなさ具合に、私は一人で苦笑をこぼした。
笑えなさすぎて、もはや笑うしかない。
「────しっかりしろ、私」
再び目を瞑って、自らを律する。それに意味があるのかは、あんまり自信がないけれど。
でもそうやってちゃんとしようとすることで、少しずつだけれど頭がクリアになってきた気がする。
けれどその結果やってくるのは、私が直面した残酷な現実の数々だった。
私と、そして私の中にいるドルミーレを狙うワルプルギスとの戦いは終わった。
けれどその過程で、沢山の人たちを失ってしまった。もう、会えない人たちがいるんだ。
私をひたすらに愛してくれたクロアさん。
誰よりも正しい正義で、多くを守ろうとした真奈実さん。
そして、いつだって私の光だった善子さん。
もうあの人たちはいない。みんな、死んでしまった。
クロアさんと真奈実さんとは対立したけれど、でも決して憎かったわけじゃない。
手を取り合えたらと心から願っていたからこそ、それが叶わなかったことが苦しい。
そしていつだって私の味方でいてくれて、道標でいてくれた善子さん。
そんな彼女の、その背中をもう見ることはできないんだと思うと、胸が張り裂けそうだった。
悲しんでばかりじゃいけないってことは、よくわかってる。
残された私は、多くの想いを託された私は、それを胸に前に進まなくちゃいけないんだって。
でも、それを堪え切れるだけの心の余裕が、今の私にはもうなかった。
昨日は目の前のことへ向かうために踏ん張れたけれど、一晩開けて落ち着いた今、止めどない感情が溢れる。
「ダメだ……ダメだダメだダメだ……」
声に出して自分に言い聞かせる。
悲しい。悲しいのはどうにもならない。それでも、彼女たちの死に囚われていちゃいけない。
どんなに悲しくても私は、前に進まなければならなんだから。
悲しむことや後悔することはいつでもできるけれど、今踏ん張ることは、今しかできないんだから。
そう自分を叱咤して、でも自然と涙がこみ上げてきて。
私はそれを誤魔化すために、うつ伏せになって枕に顔埋めた。
私は、泣いてない。
ただそうやって無理やり感情と思考を押し除けても、代わりにやってくるのはやはり辛い現実。
私という存在の真実と、そしてお母さんから告げられた事実だ。
昨日私は、今まで疑うこともしなかった自らの根底を、粉々に打ち砕かれたんだ。
私がドルミーレの夢だということは、ショックだったけれど、でもその場である程度折り合いがつけられた。
私がどういう経緯で生まれた存在であったとしても、この私と繋がってくれている人たちがいれば、私は私という自分を信じられると、そう思ったから。
ショックだし、辛いし気持ち悪い。気を抜けば自分自身が信じられなくなりそうだかけれど。
それでも、この心に繋がる友達が、私を『
でもお母さんは。お母さんのことだけは、今でも全然受け入れることができなかった。
私は人間として普通の出生をしていないのだから、じゃあお母さんは?ってなるのは当然だけれど。
でも私にとって、お母さんはお母さんだったから。あの時向けられた目は、耐え難いものだった。
お母さんがロード・ホーリーだったなんて、今でも信じられない。意味がわからない。
でもあの時お母さんは、確かに自分の口でそう言ったんだ。
だから私がいくら信じられなくても、それが現実なんだ。
お母さんが、晴香を魔女にして、だから晴香は…………。
「やだよ……」
考えたくない。信じたくない。でも、でも、でも。
それが現実なんだ。それが事実なんだ。
お母さんが晴香を魔女にした。死んでしまうとわかっていて。
お母さんが、私のお母さんが、大好きなあのお母さんが。そんなことをするなんて信じられない。
でも、あの時言っていた。あなたのお母さんではない、と。
あの人は言ってた。
自分はドルミーレの親友なんだ、と。
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