第0章 人物紹介&用語解説

■人物紹介


●主要人物

・ドルミーレ(アイリス)

 第0章における主人公。

 世界に存在する七つの種族、そのいずれにも属することのない特異な存在として、唐突に世界に生を受ける。ヒトではあるが、世界そのものから生み出された、世界の分身のような存在。

 姿形は人間を模した容姿をしており、麗しい女性。闇のように黒々しい長髪と、漆黒のワンピースドレスが特徴。

 本章においては基本的に、友人たちと出会った十二歳時、旅から帰郷した十七歳時、ファウストと出会った二十歳時が語られる。

 世界の力を扱う神秘を持ち、彼女はそれを魔法と定義した。それは世界に住まうヒトビトを更なる神秘へと誘なう力とされ、長らく現れなかった第七の神秘、最後にして最大の神秘、と呼ばれていた。

 世界から直接生み出された彼女に、親や仲間などの周囲の人物は存在せず、生まれた時から一人だった為、社交性に著しく欠け、孤高の存在だった。

『にんげんの国』の南の外れにある森で、しばらくの間一人でひっそりと暮らす。

 しかし幼少期にホーリーとイヴニングと出会うことで、少しずつヒトと触れ合うことを覚え、ヒトであることの自覚をしていく。

『にんげんの国』でしばらくを過ごしていた彼女だが、神秘を持たない人間は彼女の力と存在を恐れ、彼らに迫害されたことによりヒトに絶望する。

 それをきっかけとして、彼女は自らの存在を見つめ直すために世界各地を旅し、他六種族の地を周り、その神秘と自らの真相を探究した。

 自らが、ヒトビトに更なる神秘を与えるという役割を持つことを知った彼女だったが、しかしそれに興味見いだせず、その行いは保留にした。

 そんな中で帰郷した彼女はホーリーとイヴニングに再会し、友情を再確認して、しばらく平穏な時を過ごした。

 穏やかな日々の中、友人たちの勧めで再び人前に姿を現したが、魔物の出現が重なることで再び災厄の烙印を押され、彼女はまたも心を閉ざした。

 魔女と呼ばれて人間たちから恐れられるようになった頃、彼女を討伐するために森へとやってきた、第三王子ファウストと邂逅し、二人はやがて愛し合うようになる。

 ヒトビトに絶望し嫌気がさしていた彼女だったが、大切な友人と愛する男と過ごす日々に、ささやかな幸福を抱くようになった。

 しかし身近な人間を第一考える彼女の思想は、彼女の役割に反するものだと判断され、世界による抑止が発動。それが魔物の実態であり、最終的にその本領である混沌の魔物ジャバウォックが姿を現した。

 自らの力を見つめ直し、大切なものを守るために真理の力を引き出し、『真理のつるぎ』によってジャバウォックを打倒した彼女だが、その隔絶した力にヒトビトは恐怖し、彼女に対する恐怖は確かなものになってしまった。

 それはホーリーやイヴニング、そしてファウストも例外ではなく、向けられた畏怖の眼差しに絶望し、彼女は世界と決別することを選んだ。

『にんげんの国』西部の花畑を自らの領域とし、築いた城で一人静かに暮らしながら、その絶大な力を惜しまずに晒すことで、彼女はヒトビトが思い描く悪しき魔女として振る舞った。

 それによってファウストは王子の立場から彼女を誅することを決意し、彼女は自らが作り出した『真理のつるぎ』によってその命を絶たれた。

 しかし世界とヒトへの激しい憎悪から、死際にその肉体を呪いへと変化させ、世界中に呪詛を振りまいた。

 そしてその心は魔法によって保護され、世界の奥底、誰も手の届かない場所で眠りについた。

 やがて彼女の夢からもう一つの世界が作り出され、その中に自分ではない自分を夢想する。

 幼少は、ミス・フラワーにつけられた『アイリス』を名乗るが、後に存在に定められていた『ドルミーレ』という名前に気付く。

『ドルミーレ』とは、彼女の役割を表す『眠り』の意味。


・ホーリー

『にんげんの国』の南の外れにある田舎町に住む、人間の少女。

 陽気で奔放な性格で、いくつになっても無邪気で朗らかな気性の持ち主。人懐っこく純粋で、柔軟な立ち振る舞いをする。簡素に結いたポニーテールが特徴。

 幼馴染みにイヴニングを持ち、探検と称して禁じられた南の森に入ったところで、そこに住むドルミーレ(アイリス)と出会った。

 以後彼女たちは友人として頻繁に交流し、ゆっくりと親交を深めた。

 彼女たちがドルミーレ(アイリス)を町に招いたことで事故が発生し、それによってドルミーレ(アイリス)は人間に恐れられるようになる。

 その事件を機に姿を消してしまったドルミーレを探すため、そして自分も多くを見知りするため、二年をかけて『にんげんの国』中を探索する旅に出る。

 ドルミーレと再会後は再び友人たちと穏やかな日々を過ごしたが、度重なるドルミーレと人間とのトラブルを阻むことができずに苦悩する。

 ジャバウォックを打ち倒した際の、強大なドルミーレの姿を本能的に恐れてしまい、それによって彼女を傷つけてしまったことに責任を感じる。

 ヒトビトから世界の敵と迫害されるドルミーレを一人にすることはできず、許されなくても側にいたいと彼女の元を訪れたが、和解がなる前に彼女の死を目にすることになった。

 ドルミーレの死後、呪いによって魔女になった彼女は、ドルミーレとの約束を守るために国の中枢に潜り込み、来るべき再会の時を待った。

 その中で彼女は魔法使いとなって国の要職につき、『魔女』を出来る限り守るために敢えて魔女狩りを組織し、束ねた。

 二千年という長い時を、その心と精神をすり減らしながらなんとか生き抜き、その果てに世界の外側でドルミーレの夢を見つけ出す。

 そこで誕生していた『新しい心』を、その母親の立場に入り込むことで守ることを決め、以後彼女は一番近くでドルミーレを守る道を選んだ。


・イヴニング

『にんげんの国』の南の外れにある田舎町に住む、人間の少女。

 幼少期から理知的で聡明であり、読書が趣味で小難しく思考を捏ねることが得意。

 頭脳面では抜きんでた才を持つがそれ以外はからっきしで、身なりは適当、アウトドア系やコミュニケーションは苦手とする。

 特に身の回りがズボラであり、いつも髪は適当に伸ばしたボサボサなもので、衣服は楽さ重視のゆったりとしたもので、総じて雑。

 ホーリーとドルミーレからは『イヴ』の愛称で呼ばれている。

 幼馴染みにホーリーを持ち、彼女と共に訪れた南の森でドルミーレ(アイリス)と出会う。

 人当たりのいいホーリーが、ドルミーレ(アイリス)に少しずつながらもヒトらしさを与えていくのに対し、彼女は本を貸したり論を交わしたりと、理知的なコミュニケーションを主とし、ドルミーレ(アイリス)の知識や思考面に影響を与えた。

 基本的にホーリーと行動を共にすることが多いが、彼女が突然旅に出た際は、自身は町に残った。ホーリーに、ドルミーレを待つ人が必要だからと言われたからだが、彼女が長期的な旅に向かないから、という理由も大きい。

 ドルミーレの死後は呪いによって魔女となり、その後ホーリーと共に国の中枢に入り魔法使いを名乗る。

 やがて聡明な彼女はその頭脳を買われて城に入り、国営を担う立場に着く。後の王族特務である。

 ホーリーと共に二千年の時を耐え、眠りについたドルミーレを発見した後は、二つの世界を股にかけつつ、王族特務の立場から『まほうつかいの国』の監視の役割を主とした。

 ホーリーほどではないが、しかしドルミーレの身近で彼女を守る道を選ぶ。


・ファウスト・ハートレス

『にんげんの国』の第三王子。

 煌びやかな金髪とエメラルドグリーンの瞳が特徴。微笑みが美しい優男であり、温かく柔らかかつ、真っ直ぐな性格の青年。

 王子として武勲を上げるために、魔女ドルミーレの討伐隊を率いて南の森に訪れるが、仲間と逸れ、森の奥にて一人でドルミーレと邂逅する。

 その際一目でドルミーレに魅入られ、噂にある悪女とは全く違うものだと確信し、彼女と親交を深めたいと持ちかける。そんな彼の真っ直ぐな想いが、やがてドルミーレの心を開き、二人は愛し合うようになる。

 ドルミーレの真相を理解しつつ、それでもその愛を決して損わなかった彼は、何を置いてもドルミーレを愛し続けると決意していた。

 それ故に彼は、自らが愛する女性を認めさせようとドルミーレを登城させたが、その際ジャバウォックが現れて裏目に出る。

 ジャバウォックを打ち倒したドルミーレに本能的な恐れを抱いたが、しかし愛は消えていなかった。それでも、世界の敵と化してしまった彼女を前に、自らの立場を踏まえ、愛するからこそ討つ覚悟を決めた。

 ドルミーレが真理の武装とした剣は、本来彼の剣を元に作り出したものであり、それ故に彼にもそれを振るうことができた。

 あらゆる歪みを正す剣を携えることで、強大なドルミーレの魔法を悉く退け、最後には彼女自身の心臓を貫いた。

『真理のつるぎ』は死際のドルミーレによって奪い取られたが、絶命を与えた彼は、その功績からやがて『にんげんの国』の王となる。

 ドルミーレの味方になることはできなかったが、せめてもの行いとして、彼女の友人たちに害が及ばないように計らい、以後は彼女への感情を封殺した。

 後に魔法使いの女性を妃として迎え、その子供もまた魔法使いとして生を受けた。以後王族は魔法使いの血脈となる。

 後の女王、スカーレット・ローズ・ハートレスは、彼の直系の子孫である。


・ミス・フラワー

『にんげんの国』の南端の森に咲く、人語を介す白いユリの花。

 その花弁の内にはヒトの目口があり、茎や葉を自由自在に動かす、まるでヒトのような花。

 元々は通常の花と同じサイズだったが、ドルミーレが森を巨大化させてしまった際、その影響を受けて見上げるほどの巨体となる。

 とても陽気で朗らかな性格をしており、いつでも歌うように楽しく語らう。他人に関心のないドルミーレからは苦手意識を持たれていたが、それでも構わずよく話しかけていた。

 その実態はドルミーレの力の一部であり、世界という超常の概念から生まれた彼女を、ヒトの枠に収める為の調整役。

 ドルミーレの力は彼女に分配されることで一部制限されており、また彼女というバランサーがいることで、特異なその存在をヒトの形に保っていた。

 名前がまだなかった幼少のドルミーレに『アイリス』という名前を与えたのも、本来の存在価値とは別に、ヒトとして定義を固定する為。

 世界に根ざし、ドルミーレの一部でありながら、世界側の視点を持って彼女をコントロールする役割を持つことから、根を張る花なのだというのが本人の談。

 ドルミーレをヒトの形に止め、見守る保護者の役割を持つと同時に、彼女はドルミーレが道を踏み外した際の抑止力の役割を持つ。それが発現した際に生じるのが、魔物でありジャバウォックである。

 抑止は彼女の意思とは関係なく発現し、彼女の存在力を消費して世界に姿を表す。初期は彼女が抑止の発動を押さえていたが、最終的に押さえきれなくなりジャバウォックが顕現すると、彼女はその活動を停止した。


・レイ

 ドルミーレが『ようせいの国』に訪れたときに出会った、感情を司る特殊属性の妖精。

 人間に例えると、男女の区別がつかない中性的な外見をしており、十代後半の少年少女のような姿をしている。

 まだ自らの力があやふやだったドルミーレに、力の使い方を教えた妖精たちの一人であり、その際に彼女の強大な力とその在り方に強い興味を示した。頻繁にドルミーレの前に顔を出し、妖精たちの中で一番関わりを持った。

 ドルミーレが『ようせいの国』を旅立った後も、度々彼女の元を訪れては、やや一方的な交流を続けていた。

 レイは確かにドルミーレに憧れを抱き、想いを寄せ、友好的に接してたが、それは彼女の力と存在の在り方を前提にしたものであり、それをわかっていたドルミーレは、レイに対して全く心を開かなかった。

 故にドルミーレとの関係性は全く進展しなかったが、長期間にわたる交流は少なからず有効に働き、無関心故に邪険にもしない、というスレスレの立ち位置となっていった。

 そんな関係性だったため、ドルミーレが他者を隔絶する領域に閉じこもった際も、その拒絶を受けることなく内部に入り込むことができた。

 ドルミーレの呪いを間近で受けたことで、本来は対象となりにくい妖精の身でありながら『魔女』となってしまう。本人はそれを喜んだが、ドルミーレによる存在の汚染はレイを通じて仲間にも影響が及びそうになり、精神的な繋がりを断絶されてしまう。以降レイは、環から外されたことで妖精としてあやふやな存在となり、『魔女』として生きることを決める。

 ドルミーレがかつて生活していた南の森に、彼女を崇める神殿を作り、そこを『魔女』たちの避難所とすることで、同胞の支援と、またドルミーレ信奉の布教を行った。

 ドルミーレの力をよく知る者として、彼女の呪いである『魔女ウィルス』に対してもよく把握ができたレイ。しかしそもそも彼女と心を交わし切れていなかったレイは、それをドルミーレが復活の意思を見せていると解釈し、その考え方が後のワルプルギスの思想を生んでいく。

 ドルミーレに連なる者として、以前からホーリーとイヴニングとは面識があったが、特に深い関わりを持っていなかった。ドルミーレの死後、その意思の汲み取り方と方向性で反りが合わず、敵対までとは行かずもお互いを疎むようになった。


●他種族

・星の妖精

 ヒトビトが住う大地、その根幹ある惑星と繋がっている妖精。母なる妖精とも呼ばれる。

 あらゆる自然の源流であり、統べる者が存在しない『ようせいの国』の中でも、強い支持と信頼を得ている人物。

 その容姿は女性的であり、足元まで伸びる金髪と、常に穏やかで優しい笑みを浮かべているのが特徴。包容力を感じさせる、まさに母然として妖精。

 ドルミーレの来訪を歓迎し、彼女が自らの力を見つめるために、妖精の力を貸すことを提案した。


・十一の長老たち

『どうぶつの国』において、国の運営の役割を担っている十一人の賢者たち。

 それぞれ数百年、あるいは数千年を生きた長寿者たちであり、『どうぶつの国』おいてその神秘を極めた者たち。

 属するのは、白狼・鶴・オラウータン・ライオン・亀・カメレオン・白馬・鹿・ふくろう・牛・鼠。

 彼らの立場は平等であり、常に公平な話し合いのもとで、国の行末が決められている。

 訪れたドルミーレを会合の場に招き、その存在の在り方について説いた。

 ドルミーレ来訪の約五百年後、図書館の司書を務めていた狐のココノツがこれに加わり、長老は十二人となる。


・海王

『にんぎょの国』を治める深海の王。

 老齢な男性だが、その老いを感じさせない逞しい大柄な肉体を持ち、衰えぬ威厳を全身で放っている。白髪と、それと同様の白い長髭を蓄える。

 人魚の神秘である親和を極めており、あらゆることに対しての理解が深い。

 ドルミーレの来訪時、本人でも自覚していない深層の想いを窺い見、そして彼女の力の本質の一端を言い当てた。


・竜王

 嵐の中の孤島にある『りゅうの国』を統べる王。そして現存する最古のヒト。

 孤島にある一番高い山の、その頂にある洞窟に住う巨大な竜。ヒトが神秘を手にした頃より生きており、竜の神秘である叡智と合わせ、あらゆる事柄を知り尽くしている人物。

 ドルミーレの力とその存在に課せられている役割を語り、その本質を説く。




■用語解説

・幻想と神秘

 ヒトの理解が及ばない現象、事象を総じて幻想と呼ぶ。それは凡そ空想的であり、非現実的とされる事柄を指す。

 そんな、飽くまでヒトの立場から見た理外の事象が、実際的な形として行使される現象を神秘と呼ぶ。

 それは古来、まだヒトが神というものを信じていた頃、超越者たる神の御技として考えられていた。しかし、それを行使する大いなる存在が、世界そのものだということを認識したヒトは、次第に神秘に世界の真理を求めるようになった。

 世界はヒトビトの進化を祝福し、その神秘の一端を与えた。以後、神秘とは彼らが手にした人智を超えた力の総称として使われることが主となる。

 ヒトに与えられた神秘は七つとされていたが、長らく七つ目は露わにならず、それが姿を見せた時、ヒトは更なる神秘の深みに向かえると信じられていた。


・ヒト

 世界に住う七つの種族の総称。または大元の概念。

 ヒトが神秘を得るよりも前は、人種は人間だけだった。しかし与えられた神秘の種類によって、それぞれ異なる進化を遂げ、やがて七つの種族が成立した。

 その中で神秘を得られなかった一部は、人間としてその在り方を保った。


・『にんげんの国』と人間

 唯一神秘を持たない種族と、そんな彼らが暮らす国。一番基本的な人種とされており、いわゆる人型とは人間の体つきを指す。

 神秘を持たない自分たちに劣等感を抱いており、それを補うためにあらゆる技術を極め、緩やかながらも建設的に生きている。

 しかし神秘を諦めているわけではなく、日夜それを手にする方法を模索している。

 神秘に対して強い執着を持ちつつも、それに不慣れであるが故に、未知のことや理外の事柄にとても弱く、順応性が低い。そのため、ドルミーレの力をひどく恐れ、彼女元来の非社交性も含め、その力と彼女自身に強い恐怖を抱くようになった。

 しかしドルミーレの死後、『魔女ウィルス』によって魔法が身近な存在となったことで、そこから魔法を手にする術を見出し、以後は自ら見出した崇高なる神秘としてそれを振るう。

 魔法を理論的に制した『魔法使い』が台頭してからは、その力を国の主軸とするようになり、国名を『まほうつかいの国』と改めた。


・『ようせいの国』と妖精

 自然と密接な繋がりを持ち、その権化とも呼べる種族と、そんな彼らが暮らす自然豊かな国。

 国内は様々な環境に分かれた、世界有数の自然あふれる豊かな土地であり、それぞれの場所には環境に適した妖精たちが暮らしている。

 自然そのものやその現象に、それぞれ通ずる属性の妖精たちがおり、彼らは種族ごとに精神を共有する集合個体。

『精術』と呼ばれる自然の力を引き出す神秘を扱い、世界の力の流れを管理する役割を担っている。


・『どうぶつの国』と喋る動物

 人語を介す動物と、そんな彼らが暮らす密林の中の国。

 彼らはヒトの中でも人型ではない種族であり、凡そその動物本来の体格と同一である。しかし多くが二足歩行をしており、前足を腕や手のように扱える者が多い。

 衣服などの装飾を身につけ、一定レベルの知能と理性を持ち、ヒトとしての生活文化を築いている動物たち。

 彼らは『命の力』と呼ばれる、生命に通ずる神秘を持っており、それが本来動物である彼らをヒトとしての在り方に寄せている。一般的な住人は自らの神秘をヒトとして生きることに使うことで精一杯だが、極めた者はヒトの生命の形を捉え、その在り方を読み解くことができる。


・『おかしの国』とお菓子の人

 お菓子で構築されたヒトと、あらゆるものがお菓子で形成されている国。

 人型のクッキーだったりケーキだったりと、千差万別のお菓子の体を持つ種族。その姿形はあまりにもヒトそれぞれで、その外見や性質は、お菓子であるという以外の共通点を見出せないほど。

 そんな彼らが暮らす国は、建物や道、流れる川やそ空に浮かぶ雲までもお菓子でてきており、国内にはお菓子以外ものがないのでは、と思わせるほど。

 その神秘は『甘露であること』であり、それは味覚的な意味合いよりも精神的なもの、つまりは楽観的な気持ちの甘やかしさのこと。世界とヒトビトに幸福を与え、前に進む活力を与える健やかさの象徴のような力。


・『おもちゃの国』と玩具

 意思を持った様々な玩具たちと、様々な遊具や娯楽が詰まった遊びの国。

 人形やぬいぐるみをはじめとした玩具の体を持った種族で、常に娯楽を求めて遊んでいる。

 その街並みは多彩な遊具や玩具、あるいは娯楽で満たされており、常に活気で溢れかえった賑やかな場所。

 その神秘は『想像と創造』であり、常に新しいものを求め、創り出す未知への探究を重じている。その根幹は楽しむことであり、彼らは常に新しい娯楽を思い浮かべ、それを発信し続けている。それが、世界とヒトビトの創造力を育んでいる。


・『にんぎょの国』と人魚

 下半身に魚の鱗と尾を持ち、上半身は人間と変わらぬ姿を持つ半人半魚と、深海に展開されている国。

 その立ち振る舞いは人間にとても近しいが、彼らの生活は海の生物たちに寄っている。

 海底の地形に合わせて作られた街並みには、境やそれに類するものはなく、飽くまで海の一部と化している。その為海の生物たちの交流は親密で、共に手を携えて生きている。

 その神秘は『親和』であり、海中で声を発することなくコミュニケーションをとるのに、テレパシーとしても用いられる。その本来の用途は協調性であり、他者との相互理解を深め、手を取り合おうとするもの。


・『りゅうの国』と竜

 大きな体に翼を持った爬虫類形の種族と、彼らが住う嵐に囲まれた孤島の国。

 翼を持ったトカゲのようで、しかし蛇のように鋭い獰猛さを思わせ、そして岩のような硬い鱗を持つ。しかし基本体系は人型で、主に二足歩行で腕と手を持つ。

 その孤島は部外者を徹底的に拒んだ孤立した空間となっており、ヒトとして生活文化を持ちつつも、自然に根差した過ごし方をしている。

 その神秘は『叡智』であり、全ての種族の中で最も聡明な頭脳を持つ。あらゆる事柄を見通し、深い知慮で世界の在り方を見通さんとする。


・魔法

 ドルミーレが生まれながらに持っていた独自の神秘。第七の神秘、あるいは最後にして最大の神秘と呼ばれる。

 その力は世界が持つ力そのものと直結しており、引き出せる力は際限がなく、事実上無限大。

 世界から出ずる力である為、その力の本質は世界に影響を与えることであり、術者が思い描いた事柄を現象に起こして世界に影響を及ぼす。

 力の上限がない為、ドルミーレが思い起こせることは全て再現が可能であり、彼女は最終的に、この力で世界を破壊することもできると感じていた。

 後に人間が手にし、そして魔法使いが扱うものは、これを理論化して型に嵌めたもの。それによって基盤が定まり、本来神秘を持たない人間も、神秘の一端を理解して扱えるものとなった。


・真理

 世界の真実、この世のことわりの全て。あらゆる問いかけの答え。

 ヒトが神秘を通じて追い求める、あらゆる事柄に対する真相。人類の永遠の課題ともいえる。

 ドルミーレは世界から生み出された存在であり、また世界の力を持つ為、その根源は真理に通じている。

 しかし飽くまで一介のヒトである彼女では真理を理解、享受することはできず、その一端だけを抽出し、外部武装として自らの外側に置くことで手中に収めた。

 真理の前ではあらゆる歪み、不純が正される。全てにおける唯一無二の答えである。

 全てを有耶無耶にし、混ぜ合わせて台無しにしてしまう、混沌の対照的な概念でもある。


・『真理のつるぎ

 ファウストが長年愛用して宝剣に、ドルミーレが真理の概念をまとわせたことで生まれた概念武装。

 真理という概念が持つ力の一端を固形化、外部武装化したものであり、故にあらゆる歪みを正す力を持つ。

 ドルミーレはそれを、全てを崩壊させる混沌の抑止として、混濁を正す力として用いた。しかしその本質、剣が得た力はそれだけではなく、真理という概念が持つ、あらゆる歪みや不純を正すという性質を兼ね備えている。

 故にそれは、『ヒトが神秘を扱う』という、本来あり得ない事柄を棄却し、よってそれがどんなに強力ものだとしても、ドルミーレの魔法をはじめとするヒトの神秘を切り捨てることができる。

 真理の力は本来、それに通ずるドルミーレにしか扱えないものだが、それを外部の物質に付与したこと、そしてファウストが元となる剣の所有者だったこと、更にはファウストがドルミーレが心を許している人物だったということから、彼もその剣を振るい、そしてその力を発揮させることができた。

 その剣は元々、シンプルながらも美麗な宝剣だったが、真理を含んだことでその清純さが浸透し、鋒から柄の端まで純白くに染め上がった。

 しかしファウストがドルミーレの心臓を貫いた際、彼女の闇に染まった呪いの感情が剣を染め上げ、対照的な漆黒の剣になってしまう。


・ジャバウォック

 混沌の権化である、全てを混濁の渦に飲み込む悪しき魔物。最悪の災厄。

 ジャバウォックとは本来、世界に伝わるお伽噺の中に登場する、邪悪な魔物として語られていた。しかし混沌の性質を抱く存在が顕現した際、ドルミーレはそれをジャバウォックとしか呼びようがないと感じ、そう定義した。

 その実態はドルミーレの力の一部であり、彼女の抑止たるミス・フラワーの役割が発動したことによって姿を現した、ドルミーレを否定するための存在。

 姿は異形を極めており、あらゆる生物、種族の素養を混ぜ合わせた、ちぐはぐとした外見を持つ。

 姿は全体的に闇のようなもやに包まれ、また肌は黒々としており、全容は大凡龍のように雄大で、長い首に長い尻尾、大きな翼を背に携える。

 しかし細長い首の先に構えている頭部は、黒い獣毛をまとった獅子のような肉食獣のようなもの。口は顎が外れそうなほどに大きく裂けており、その口内は牙がびっしりと詰まっている。目はカメレオンのようにギョロリと飛び出して、鼻はないかと思うほどに異様に低い。

 背中には龍のような鱗が伴った翼の他に、薄く透き通った、虫のような羽も生えている。尻尾は魚の尾のように滑り気を持ったもので、鱗はテラテラと滑らか。

 後ろ足は綿の詰まったぬいぐるみのように布で覆われており、その丸みを帯びた形状をしている。前足は足ではなく、人間のものと思える肌色の皮膚を持つヒトの腕で、後ろ足とは対照的に、妙に隆々としている。

 そしてその全身からはネバネバとした粘液のようなものを垂れ流しており、それは鼻が曲がりそうなほどの甘ったるい香りを振りまく。

 ドルミーレの力の一部を持ち、そして彼女の抑止であるが故に同等の力を持つ。そして彼女が通ずる真理の力とは対照的に、あらゆるものを有耶無耶にする混沌の性質を持つ。

 その混沌の性質は、様々なものの法則を見出し、断裂させて破壊する方向性を持つため、存在するだけで世界に傷を与え崩壊へと誘なっていく。そしてその力は、ドルミーレが扱う魔法すらも乱し、同等の力であるにも関わらず、圧倒する力を放つ。

 その存在はあらゆる面においてドルミーレとは対照的で、尚且つ否定するもの。しかし飽くまでドルミーレの力の一部であるため、彼女の奥底にある一面を映し出した存在であるともいえる。

 そのため、ドルミーレには本能的に受け付けられない、嫌悪感を与える存在として成立しており、存在するだけで悪辣を振りまくおぞましい化物である。

 それが抱く混沌はあまりに煩雑とし混濁としているため、世界に存在するあらゆるものの概念に当てはまらない。故に世界に住うヒトにはそれの存在を受け入れることができず、その理外は純粋な恐怖として映る。

 完全にヒトの理解の枠を超えた概念と化しているジャバウォックは、人智を超越した大いなる邪悪として、ヒトビトに精神的なダメージを与える。

 その存在はドルミーレに対する天敵であるが、その破壊的な本質は、世界に対する脅威でもある。


・魔物

 悪魔と並んで、神とは対照的な邪悪の概念としてヒトビトに認識されている。物語やお伽話の中で度々語られる、空想上の存在。

 ドルミーレに対する抑止が働いた際、ミス・フラワーがそれを押さえ込んだことで、ジャバウォックになりきれなかった混沌の邪悪が形を成して現れ、ドルミーレはそれを見て魔物という言葉を当てはめた。

 その魔物たちはジャバウォックと同様に黒いもやに身を包んでおり、様々な生き物の形を合わせた異形の肉体を持っている。生物然としているが生物ではなく、ただただ邪悪な存在。

 抑止が押さえられた形で発動した関係で、魔物の行動は単純的だがあやふやで、ドルミーレにとっての脅威にはなり得なかった。

 ドルミーレを前にすると、何をおいても彼女に襲いかかるが、しかしその基本指針は『ドルミーレが大切にする人間が住む国を蹂躙する』といった、曖昧かつ漠然としたもの。

 それ故にドルミーレの前に現れることはなく『にんげんの国』の各所に不定期で出現し、その場にいる人間を無作為に蹂躙した。本来襲われるドルミーレ本人と、彼女が大切に思う対象が狙われなかったのは、ミス・フラワーが抑止の働きを必死に押さえ込んでいたから。

 しかし結果としてその魔物の存在がドルミーレを更に追い詰めることになったため、ある種役割を果たしていたとも言える。


・ドルミーレの呪い / 『魔女ウィルス』

 ドルミーレがその体の終末を迎えた際、己が力の全てを、世界とヒトビトを呪うことに向け、その体を呪いそのものに変じさせた。

 肉体は微粒子レベルで細分化され、細胞の一つひとつが強力な怨念となって、世界中に撒き散らされた。

 それは後に『魔女ウィルス』と呼ばれることになり、触れた者の肉体に寄生し、適正のある者の肉体を蝕み、その体の構造をドルミーレに近い形へと作り替えてしまう。

 基本的に、ヒトはその変質に耐えられずに、途中で肉体が崩壊して死に至るが、適性が高いほどその崩壊への時間が長くなり、一定値を超えて親和性が高い者は、完全な侵食を受けることで存在を一新させることが可能。

 それは本来ドルミーレがヒトビトを殺戮ために放ったものであり、皆が憎む自分と同じ苦しみを味わせるために、自らに近づきながら死なせる目的を持ったもの。

 しかしドルミーレに近付くという性質を持っているが故に、侵食を受けた者は魔法の力を扱えるようになった。

 既に世界中に散布された呪いは、適正があれば誰しもがその影響を受ける。しかしそれを理解していない人間からは、ヒトからヒトへと伝播する病のように移り、感染症、病原菌のようなものの仕業と考えた。


・魔女

 ドルミーレが人間から呼ばれた蔑称。

 悪魔のような女、悪魔のような力をもつ者、そうした悪評からいつしかそう呼称されるようになった。

 ドルミーレの死後、『魔女ウィルス』がヒトビトを苦しめるようになってからは、それによって肉体が変質し、魔法を使えるようになった女たちのことを、ドルミーレのようになった者としてそう呼ぶようになる。

 やがて時が経ち、ドルミーレが歴史の闇に葬られてからは、その言葉が指す本来の意味も忘れ去られ、『魔女ウィルス』に感染した者を指す意味だけが残った。


・魔法使い

『魔女ウィルス』に感染した魔女の中で、その侵攻を抑える術を見出した者が、ドルミーレと『魔女ウィルス』に侵された者たちと区別を付けるために名乗った名称。

 想像や思考を現象として起こす魔法を論理的に読み解き、術理を用いて発現させることを確立させ、人間独自の解釈と発展をもたらした。

 死からの脱却をした彼女たちだが、自らが忌まわしきドルミーレと同列になってしまうことを避けるため、飽くまで独自に魔法を手にしたこととし、自らの実情を隠蔽した。

 本来神秘を持たなかった人間は、やっと手にした魔法という神秘を崇高なものとして捉え、また悪戯に曝け出すものではないという考えから、それを秘匿して扱うこととした。

 故に『魔女ウィルス』に侵さらた者たちが不要に魔法を使うことに嫌悪感を抱き、それが魔女排斥の思想となっていく。

 初代の魔法使いたちは魔女から転じた者たちであるため、その全てが女性だったが、その彼女たちが子を成すことで、初めから『魔女ウィルス』の侵食に耐性の有る人間が誕生し、男女問わずそれが魔法使いという人種として成立していく。


・もう一つの世界と『新しい心』

 ドルミーレはその死後、魔法によって自らの心の存在を保ち、世界の奥底、あるいは外側で深い眠りについた。

 その際に見た夢が、彼女の力によって現実的な形を得て、元の世界とは異なる、もう一つの世界を作り出した。

 そこはドルミーレの願いによって、ヒトが人智を超越した超常に触れることのない世界であり、神秘の類が一切存在しない。ドルミーレの意識と知識が反映されているため、世界の基本構造は元の世界に似通っているが、神秘やそれに類するものが存在しないため、ヒトは人間しか存在せず、大きく異なる発展を遂げた。

 やがてドルミーレはその夢の世界の中に、自分ではない理想の自分を夢想するようになり、それがドルミーレに連なりつつも異なる、『新しい心』を生むようになる。

 ホーリーとイブニングはそれを見つけ、世界を超えることでそれらを保護することを試みる。

 しかし世界を渡ったことで、二つの世界を隔ていた壁に歪みが生じ、もう一つの世界の存在が他者の知るところとなった。

 また、二人がもう一つの世界の中で順応するため、そしてドルミーレと『新しい心』を守るために魔法を使ったことで、この世界にも『魔女ウィルス』が伝播することとなった。

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