40 『りゅうの国』
剥き出しの岩肌が目立つ、山岳の孤島。
岸は全て切り立った岩壁で、例え船で訪れられたとして上陸はできないだろう。
無機質な岩地と熱帯樹で覆われた島は、嵐の中心でひっそりと海に浮かんでいた。
まるでここには何も住んでいないかのような、しんと静まり返った島。
私が一番近い岸に降り立ってみても、ヒトどころが生き物の姿すら見つけることはできなかった。
けれど、『りゅうの国』のものと思われる未知の神秘の気配はこの島から感じられる。
目的地はここで間違い無いはずだ。
国に辿り着いたはずなのに、そこの住人と遭遇できないのは初めてのことだった。
いつもならば誰かしらに出くわし、私の力を感じ取ったヒトが然るべき場所まで案内してくれたものだけれど。
今回はどうもそうはいかならいらしい。まぁ、私は他人を頼ろうとは思ったことはないし、本来はこれが普通だ。
けれど、知識を得る為にはやはり誰かしらには会わなければならない。
できれば今まで通り、神秘を極めた者との対話が望ましい。
そう考えた私は、魔法を使って島中に意識を巡らせ、ヒトの姿を探索しようとした。その時────
「客人とは珍しい……」
突然、全身に響き渡るような重い声が頭上から降ってきた。
そしてその声に反応して顔を上げるよりも早く、強い空気の振動もまた上から降ってきた。
それが何か大きくて強力なものによる羽ばたきであることがわかったのは、数瞬遅れてからのこと。
空気を揺れ動かす低い轟音が、私の体ごと鼓膜を揺れ動かした。
外のサイクロンまでとはいかずとも、暴風の只中にいるような風の乱流。
身にまとう外套とワンピースが乱暴にはためき、私は咄嗟に魔法で障壁を張って身を守った。
そうして強風の煽りを防いで、ようやく今の状況を確認できるようになった時、目の前に何かドスンと大きなものが着地した音が響いた。
「なるほど。竜王様が仰っていたのはお前か」
目の前に降り立ったのは、大きな翼を持った爬虫類。竜だった。
知識としては認識していたけれど、実際に目の当たりにするのは初めてで、私は僅かに固まってしまった。
翼を持ったトカゲのようで、しかし鱗は岩のようにゴツゴツと鋭く硬い。
猛禽類のような鋭い眼光と、肉食獣を思わせる太い牙。
その大きさは象の倍ほどはあり、長い首も相まって見上げなければ顔を窺えない。
生物という点に於いては、全ての頂点に立つであろうその屈強な体格と存在感は、見るものを圧倒する。
見た目や体付きは動物的、爬虫類的ではあるけれど、しっかりとヒト型の体格をしている。
二本の足で地を踏みしめ、腰の辺りから身長と同程度の尾を伸ばし、背中からは自身の倍はある翼を生やしている。
前脚ではなく腕と手を持ち、凛々しくも雄大な立ち姿で私を見下ろしていた。
これが竜。七つの神秘の内の一つを持つ、ヒトだ。
「お前がドルミーレで間違いはないか?」
重低音の声が私に語りかけてきた。
獰猛な目つきと厳しい姿だけれど、その声色に害意は窺えない。
私は初めて見る竜をしっかりと観察しながら、ゆっくりと問いかけに頷いた。
「ええ。私がドルミーレ。あなたは『りゅうの国』のヒトでいいのかしら?」
「ああ────竜王様がお前をお待ちかねだ。案内しよう」
「…………」
竜は簡素に頷いてかたすぐにそう言葉を続け、私に背を向けた。
あまりにもスムーズな流れに違和感を覚えたけれど、思えば今までも、私の来訪はある程度予期されていた。
その竜王なるヒトは、その中でも明確に私が来ることを予見し、周りにもそれを言い伝えてあったということなんだろう。
今までのように、私の存在に驚かれたり戸惑われたりするよりも大分話が早い。
「見たところ翼はないが、お前は飛べるのか? 飛べぬのなら背に乗せるが」
「お構いなく。それくらいは自分で」
「そうか。なら付いてこい」
長い首だけをこちらに向けた竜は、私が答えるや否や、大きな翼をはためかせて地を蹴った。
爆風を叩きつけながら飛翔した竜は、あっという間に空をグングンと昇っていってしまう。
私はすぐさま魔法で体を浮かび上がらせて、その大柄な姿を追って空を昇った。
竜に倣って空高くに飛び上がってみると、島には沢山の岩山があることがわかった。
私がいた島の岸からはわからなかったけれど、その岩山の山岳は島の内側で円のように連なっており、その内側には木々が生い茂っているエリアがあった。
そしてその中心にあるのが、天を穿つような一際高い岩山。空に架かる雲を貫き、その頂は窺えないほどの山。
竜はどうやら、その山の頂上を目指しているようだった。
竜の後に続いて空を飛びながら眼下を見下ろしてみると、山岳の内側には幾人かの竜の姿が窺えた。
他の国のような街並みはないようで、特に群れている様子もなく、暮らしぶりとしては野生の動物に近いように思えた。
居住は主に洞窟なのか、山陰や岩陰から姿を表すところが散見できる。
翼があるからか移動は専ら飛行のようで、中心の山を目指していくにつれて他の竜とも上空ですれ違った。
竜は誰しも私とは比べ物にならない巨大な体格をしているから、スケール感がおかしくなりそうだった。
けれどその生態はとても閉塞的で、それはこの孤島の存在からも窺える。
サイクロンに囲まれた絶界の中の島の、更に岩山に囲まれた限定的な空間で生きる種族。
雄大な体と自由の翼を持つも、彼らはどこか秘匿的でひっそりとした生き方をしているように見えた。
そんな『りゅうの国』を観察しながら飛んでいると、いつの間にか雲のある高さまで差し掛かっていた。
先行する竜は中心の山の岩壁に沿ってまっすぐ上昇し、躊躇うことなく雲へと突き進んでいく。
今までも空を飛んだことはあったけれど、この高度まで上がるのは初めてだった。
だから雲を突き抜ける感覚に少し好奇心を覚えて突入してみたのだけれど、いざ体験してみれば霧に包まれるのと大差はなく、ただぐっしょりと濡れただけで興醒めだった。
一旦雲を突き抜けてみれば、上に広がるのは青い空だけだった。
眼下は見せかけだけとわかった綿のような雲で埋め尽くされ、雪原のように純白だ。
その雲の平原に中で、岩山は更に天高く昇っており、私は竜と共に更に上を目指した。
雲の上の空は風が強く、そして気温が凄まじく低い。
魔法でコンディションを整えれば私は問題なかったけれど、普通の生物が生きていくのはなかなか酷な環境だ。
そんな中でも平然としている竜という種族は、やはり生物としてとても屈強なのだろう。
そんなことを考えながら上昇を続け、太陽に少し近づいたのではと思った頃。
先行していた竜が唐突に上昇をやめ、私たちはようやく山頂に到達した。
山の頂はどうやら中身がくり抜かれているようで、その部分だけ城のような、建造物のような不思議な造形になっている。
その中には大いなるものがいると、山全体が私に訴えかけてきている。
そして何より、岩壁に開いた入り口のような穴からは、未だかつて感じたことのない大きな力が漏れ出していた。
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