39 嵐の孤島

 海王と対話をした後、私はしばらく『にんぎょの国』に滞在した。

 魔法を使っていれば水中でも問題なく生存できるとはいえ、長期間を海中で過ごすのは少し堪えたけれど。

 でも人魚の独特の生活感と、そして彼らの神秘を知る為には必要な時間だった。


 海と生物たちと共存し、そして大海を通じてこの世界全土に共生の環を広げる人魚。

 親和の神秘は、数多の生物が同じ世界で、同じ星で循環して生きていくことを支える力だそうだ。

 世の中のバランスをとっているともいう、世界を共有する意識のような力。


 それは決して平等を強制するものではなく、飽くまで自然の弱肉強食という摂理は揺るがない。

 しかし強さも弱さも、異なる生態や環境の違いも、結局は循環した一つの流れであるというのが彼らの考え方だ。

 その流れを乱さず、あらゆる命が巡りを保つことこそが彼らの言う親和。


 良い関係も悪い関係も同じ。この世界に生きている以上、みんな関わりを持つ。

 海王がそう言っていた通り、どのような形でも命は皆繋がりを持ち、その関係性で世界のバランスは保たれている。

 彼らの神秘に触れて、私はそれを理解せざるを得なかった。


 ただやっぱり、その繋がりや共生がいいものだとは、あまり思えなかったけれど。


 彼らのそうした環を保つ共感の神秘は、大枠の概念的なものだけではなく、個人間でも取り交わされている。

 それは相手の心中を察するといった抽象的なものから、直接的なコミュニケーションにも用いられていた。


 最初私は気付かなくてしばらく無意識だったけれど、人魚たちの会話は全て口話ではなく念話だった。

 確かに水中で声を出そうとしても泡が吹き出るだけだし、神秘を活用してそうせざるを得ないんだろう。

 魔法を使えば同様の念話ができた私は、知らず知らずのうちに、当然のように彼らと同じコミュニケーションをとってしまっていた。


 そんなこと、気にするまでもなくすぐわかりそうなのに。

 本当に自分は他人というものに興味がないのだと、失ってしまったんだと、私は改めて痛感した。


『にんぎょの国』とその近隣で長い時を過ごし、海底を立ち去ったのは一年ほど過ごしてからのこと。

『にんぎょの国』そのものは割とこじんまりとしたものだったけれど、人魚の神秘が及ぶ大海はあまりにも手広く、探究にかなり時間がかかってしまったのだ。

 久しぶりに浴びた太陽の光はとても暖かくて心地よく、新鮮な空気は肺を潤いで満たした。


 海底で得た知識と経験は、私の世界との同調を更に促した。

 この世界に広がる数多の命と、それが作り出す環。

 世界はそんな多くの生命がひしめくことで形を成し、存在し続けている。

 それを感覚で捉えたことで、世界との浸透率は更に増した。


 世界を支え繁栄させているのは神秘だけれど、成立させているのはここで生きる多くの命。

 有象無象ともいえる大小様々な命が、この世界を構成している。

 それを、身をもって感じ取ることができるようになった気がする。


 自分を理解し始め、力を理解し始め、世界を理解し始めて。

 そうしていくことで、目の前に広がる景色の見え方が変わったような気がした。

 空も大地も海も、今までと何も変わらないはずなのに。

 それでも私の目への映り方が変わったのは、私の世界に対する認識が変わった方からかもしれない。


 ただ、存在しているから生きていた私は、ただ漠然と世界の中にいて、目の前のものしか見ていなかった。

 けれど今の私は世界が広いことを知り、沢山のものが存在する事をしり、広く深い事を知った。

 今の私には、目の前のもの以上のことを見られるようになっているんだろう。


『にんぎょの国』を発った私は、最後の国である『りゅうの国』を目指すことにした。

『りゅうの国』は辺境にある孤島であるというのは私も元々知っていたけれど、どうやらとても辿り着くのが難しいらしい。

 旅の中で色々と調べてみたところ、『りゅうの国』は定まった場所にあるわけではないようだった。


 島は特定の場所に留まらず、常に船のように大海を移動しているとか。

 だから目指して辿り着けるような所ではなく、またその島そのものの環境も過酷で、簡単に侵入を許さないとか。


 それを知ると、探し当てることが少し面倒に思えてしまったけれど。

 でも多くの神秘に触れてきた私には、未知の神秘を探し当てることはそこまで難しくなかった。

 世界に満ちている見知った神秘の中から、まだ知らぬものを見つけ、それを辿る。

 世界と同調しかけ、力が全土に及ぶ私にとっては、それは造作もないことだった。


『りゅうの国』のものであろう未知の神秘の気配を辿って、私はいつかのように大海原に船を走らせた。

 聞き及んでいた通り気配の行き先が移ろうものだから、到達までにはかなり時間を要した。

 けれど一ヶ月ほど航海を続けたところで、私はようやく未知の神秘の中心点らしき場所に辿り着いた。


 けれどそれは島ではなく、サイクロンだった。

 渦巻く強風が天空を黒雲で埋め尽くし、海面の水を巻き上げ、風と水の柱を立てている。

 視界を埋め尽くすほどの巨大なサイクロンは、周囲のもの全てを巻き込み切り裂きながら、海の只中で轟いていた。


 普通に考えれば、脅威的な自然現象に近寄るべきではない。

 けれどその竜巻の中心から感じる神秘を見れば、その先に『りゅうの国』があるであろうことは察しがつく。

 これを突破しなければ、目的の島へは辿り着けない。


 そう理解した私は、すぐさま船を捨てて、宙を飛んで単身でサイクロンに飛び込むことにした。

 あらゆるもの打ち砕くであろう風の渦だけれど、魔法を操る私を屠るには足りない。

 海水を天空に巻き上げる程の力も、魔力で体に防御を張れば越えられないものではないように思えた。


 いざサイクロンに飛び込んでみれば、形のない圧力が全方向から入り乱れてのしかかってくる。

 気を抜けば八つ裂きにされそうだったけれど、私の魔法を打ち破るほどでなくて。

 私は感じる神秘を目指して、吹き荒れる暴風の中をひたすら突き進んだ。


 そして唐突に風と水が晴れ、私は晴天の海の上へと出た。

 サイクロンの外とその只中の荒くれが嘘のように、その内側は静かに凪いでいて。

 サイクロンの内部、嵐の内側には、太陽の光が燦々と降り注ぐ閑静な空間が広がっていた。


 荒波が立つことのない穏やかな海。

 その中にポツリと浮かぶ、天空を頂く高い山を持つ孤島。

 恐らくここが、『りゅうの国』だ。

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