41 竜王と『眠り』

 竜に促されるまま入り口の穴を潜ると、その先には薄暗い空間が広がっていた。

 窓のように開けられたいくつかの穴から外光が差し込んでいるから困りはしないけれど、とても静謐とした印象を覚える。

 ドーム状になっている洞内は、閉鎖的であるにも関わらずとても広々としていた。

 まぁ飽くまで私のサイズ感から見てみればだけれど。


 山の頂が抉られた形でできた伽藍の洞窟。その半分ほどを埋め尽くす何かがそこにいた。

 私をここまで案内した竜よりも更に一回り大きい生物が、この洞窟の中で悠然と身を横たえている。

 薄暗さも相まって一瞬大きな岩かと思ったけれど、よく見ればそれは生物だった。


「待っていたぞ、ドルミーレ」


 洞窟が、山が振動するような深く重い声。

 それと共に大きな鋭い瞳が開いて煌めき、私を見た。

 薄暗いからか、その瞳が持つ光が際立って感じられる。


 巣窟の中にいたのは、巨大な竜だった。

 もちろんそんなことはわかり切っていたけれど、その圧倒的な存在感には息を飲まずにはいられない。

 先ほどの竜の時点でその雄大な体躯を感じたというのに、それよりも大きく健朗な姿は、生物として超越した存在のように思えた。


 寝転んでいた竜は、私を見てからのっそりとその巨体を持ち上げた。

 頭部だけで私の体よりも大きい竜が体を起こすと、見上げるだけでも一苦労だ。

 竜は億劫そうに地面に座り込むと、片膝を立ててやや前屈みな姿勢をとり、長い首をもたげて私を見下ろした。


「私が竜王だ。お前をずっと待っていた」


 聞き心地のいい低い声で、けれど老年を思わせるシワがれた声で、竜は改めて口を開いた。

 よく見れば、ここまでで見かけた竜に比べ、その鱗や肌には年期が感じられる。

 恐らくこの竜王も、果てしなく長い時を過ごしたヒトなんだろう。


「待っていた、ね。私が絶対にここへ来る確信があったの?」

「あったとも。この世界に神秘と共に生を受け、そして己を探求しようと望むのならば、全ての神秘の元を巡り、最後には必ず私の元に訪れるだろうと思っていた」


 わざと試すように尋ねてみれば、竜王は平然と頷いた。

 自分から見たらあまりにもちっぽけな私を、しかし対等に見据えながら。


「その口振りだと、あなたは私のことを色々と知っていそうだけれど。そう思って間違いはない?」

「間違いではない。もちろん例外もあるだろうがな」

「それは頼もしいわね」


 意外にもハッキリと肯定してきた竜王に、内心少し驚いた。

 今までの旅で出会ったヒトたちは、あまり明確な答え方をしなかったからだ。

 もちろん色々な収穫はあったけれど、彼らの言葉の多くは飽くまで私見だった。

 自らの知識と経験、そして神秘から感じ取れるものを私に教えてくれただけ。


 けれど竜王は、私のことをわかると言い切った。


「私のことを知っているからこそ、私がここへ来ることもわかっていたと?」

「お前は最後の神秘に目覚め、それを理解する為に世界を巡ってきたのだろう。そうして知識を得たことで自分への認識を深めたのと同時に、己と世界に対する疑問も深まったはずだ。ならば、ここへ訪れないという選択肢はお前にはない」

「まぁ、それはそうね」


 はじめはただ漠然と、わからないことを知る為には、未知の世界に足を踏み入れる必要があると、そう思っただけ。

 神秘のことや自分という存在について知る為には、人間以外の世界のことに目を向ける必要があると、思っただけ。

 そうして始めた旅だったけれど、世界を見て知識を得れば得るほど、私は真相から目を逸らせなくなっていた。


 海王が言っていた『世界の真理』ほど大それたものではないけれど。

 それでも世界と私の結びつき、関係性については、もう決して無視できるものではない。

 その一端を知ってしまった以上、突き詰めなければ納得できなくなってしまっているんだ。


「────なら、早速尋ねるけれど」


 少なくない期待を胸に、私はその大きな頭を見上げて口を開いた。

 竜王は無言で、その鋭くも理知的な瞳で私を眺める。


「私とは一体何? 人間の形をしつつも人間ではなく、長らく現れなった第七の神秘を持つ私は、一体何なの?」

「お前は『眠り』だ、ドルミーレ」

「は────?」


 あっさりと、当たり前のように発せられた言葉に、私の口からは思わず乱暴な声が漏れた。

 言葉の意味が理解できず、今まで得た知識とも何も結びつかない。

 デタラメを言っているとは思わないけれど、でもあまりにも意味不明だった。

 しかし私のそんな反応など意に介さず、竜王は静かに言葉を続けた。


「神秘とは、幻想とは何か。それはヒトが未知へと想いを馳せた、その先に生ずる空想。未知と理外を形にしたもの。その原初は、微睡の中にある夢。ヒトにとっての幻想とは、本来眠りの先にあるものなのだ」

「意味が、全くわからないのだけれど……」

「ヒトは常に、理解できない世界のことわりを、夢想によって補完してきた。それこそが人智を超えた幻想、あるいは神秘なのだ。つまりヒトが神秘を探求するということは、夢を深めていくということだ」


 人に一番身近な幻想は、眠りの中で見る夢。そこで浮かべた空想を、理解できない超常に当て嵌めたものを幻想と呼んでいる。

 それはなんとなく理解できたけれど、それが私にどう繋がるのか。それがわからない。

 私が『眠り』であるなんて、そんな漠然としたこと……。


 混乱が全身を満たして、私はただ呆然と目の前の竜を見上げるしかなかった。

 そんな私に、竜王は僅かに目を細めた。


「ドルミーレ。お前はヒトと世界をより強固に繋ぐために、ヒトを幻想へと誘なう『眠り』の役割を持つのだ。故にお前は世界によって生み出され、あらゆる幻想を統べる力を持つ。ヒトをより深い夢へと導くために」

「ヒトを、夢へと導く────」

「そうだ。それこそがヒトに神秘を与えた、世界の意志。ヒトにとって最も近い『夢』を通して、より深い幻想に誘なう者。それがお前に求められた役割。だからお前は『眠りドルミーレ』なのだ」


 竜王の言葉は、私の全身に重く響いた。

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