26 星の妖精

 地面からヒトの頭が生えてきた光景に、私は思わずぎょっとしていしまった。

 けれど周りの妖精たちが私を取り囲んでひしめき合っているものだから、後ずさることもできない。

 仕方なく私は、その場に留まって生えてきた頭をよく観察した。


 落ち着いて見てみれば、それは生えてきたというよりは地の底からすり抜けてきたようだった。

 地面自体は穴が開いているわけではなく、現れたそのヒトはまるで実体がないかのように見える。

 そんな奇怪な登場をしたのは女性のような容姿をした妖精で、すぐにスルスルと全身を地面から出した。


「こんにちは、ドルミーレ」


 地の底から現れた妖精は私の目の前にふわりと立つと、温かい笑みを浮かべてそう言った。

 眩い金色の髪を地面につきそうなほどの長く伸ばした、柔らかく優しそうな美しい女性。

 存在感だけで抱擁力を感じさせる、母のような温かみを全身で表している。


 そんな妖精は、当たり前のように私の名前を呼んだ。


「どうして、私の名前を……」

「知っていますとも。世界の力を持つ子、ドルミーレ」


 戸惑いを浮かべる私に、妖精はただ温かく微笑む。

 空の色を映したような爽やかな水色のドレスが彼女の清廉さを際立たせ、疑いや疑問を抱くのが馬鹿らしく思える。

 このヒトという存在は極限的に清らかなものだと、彼女の全てがそう思わせてきた。

 だからといって万事信頼などできない。けれど、話す価値はあると感じられた。


「私は星の妖精。この惑星と共にある、あらゆる自然の源流。この国の者たちは、私を母なる妖精と呼びます」

「なるほど」


 妖精は、この世界に存在するあらゆるもの、現象の属性が存在するという。

 その源である星の妖精ならば、確かに最古だ。それに王のような存在がなくても、一番頼られる存在になるんだろう。

 たしかにこの星の妖精からは、他の妖精とは比べ物にならない存在感と力を感じる。


「長い時を生き、多くを目の当たりにし、深く世界と繋がって生きてきました。だからこそ私は、あなたを知っているのです」

「私が一体何なのか、あなたは知っているの?」


 思わず食い気味に尋ねると、星の妖精は残念そうに首を横に振った。


「ごめんなさい。私が知っているのは、大いなる神秘を持つ存在があることだけ。あなたという人物の詳細はわかりません」

「…………そう」


 期待が膨らんだ分、落胆は大きかった。

 私が溜息と共に顔を下げると、星の妖精は申し訳なさそうに微笑んだ。


「あなたは、自分が何者であるかを知りたいのですね」

「ええ。私は何も知らず、何もわからずこの世に生まれた。私は、その意味が知りたい」

「私にはあなたの疑問に答えることはできません。けれど、あなたが答えを得る手助けをすることはできるかもしれません。よろしければ、少しお話をしませんか?」

「………………」


 少しだけ考えてから、私は頷いた。

 今すぐ答えを得られなかったのは残念だけれど、元々そう簡単にわかることだとは思っていなかった。

 神秘をよく知り、世界をよく知っているであろう彼女との対話はきっと意味のあるものだ。

 大勢の妖精たちに見物されながらとういうのは些かやりにくいけれど、少しは我慢しないといけない。


「あなたは、私のことをどれくらい知っているの? ドルミーレという名は知っているようだけれど」


 気持ちを切り替えて尋ねると、星の妖精は優しく笑みを浮かべて頷いた。


「あまり多くはありません。私が知ってるのは、あなたが最後にして最大の神秘を持っているということ。世界の真理に通ずる力を持つ存在。その者の名がドルミーレである、ということだけです」

「世界の真理に通ずる力…………?」


 柔らかく落ち着いた声色で語る星の妖精。その言葉を、私は首を捻りながら反芻した。

 その言葉が意味することが、うまく理解できなかった。

 そんな私に、星の妖精は優しく言葉を続けた。


「神秘とは、世界がヒトビトにもたらした祝福です。我々は世界という大いなる存在の力の一端を、神秘という形で借り受け、繁栄することで世界を支えているのです。即ち神秘とは世界との繋がりの証であり、この世界を運営していくための支柱なのです」


 それは、私が本来持っていた知識と大きく変わらない情報だ。

 だからこそ、この世界に存在する人間以外の種族は神秘を持っている。

 故に神秘を持たない人間は、そんな己を劣等だと卑下しているんだ。


「神秘には、それを受けた種族にはそれぞれ役割があります。人間以外の六種族は、己の神秘を持って役割を全うして生きているのです。我々妖精が、自然という大きな力の流れと共に生きているように」

「なら、神秘を持つ私にも何か役割があると?」

「必ず。長らく現れなかった七つ目の神秘。それがやっと形を成したのならば、必ず役割があるはずです。この世界に生きるものとしての役割が」


 そう言われても、私には全く思い当たる節がなかった。

 この力は色々なことができるようだけれど、それをどう使うべきかなんてわからない。

 そもそも具体的にどういう力なのかもわからないのだから。


「ドルミーレ。あなたが持つ神秘は、とても大きく深い。恐らくあなたは、世界そのもに影響を与える類の力を持っているのでしょう。それは我々妖精の力と全くの別物ではありますが、どこか近しくも感じられます」

「世界に影響を…………確かに、私は自分が思い浮かべたことを事象として興すことができる。それは確かに、世界に影響を与えているといえるのかも……」

「そうですね。あなたの力が作用して世界の有り様の一部を変えているのであれば、間違いはないでしょう。それは、あなたの持つ神秘が真理に通じていているからだと思います」

「真理……それは一体……?」


 私が尋ねると、星の妖精は困ったように微笑んだ。


「残念がら、それはあなたにしかわからないことです」

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