25 『ようせいの国』
湖の水上に浮かんでいたのは妖精だった。
人間と似たような容姿だけれど、青みがかった肌に透明な羽が背中から生えたその姿は、全く別の種類の生き物。
私がその存在を認識したのとほぼ同時に、妖精も私の存在に気がついてギョッとした。
その妖精はすぐさま私目掛けて水上を滑り、かと思うと湖の中から沢山の妖精が現れて、一斉に私の方へ飛んできた。
自分たちを湖に住む水の妖精だと言った彼らは、興味津々な視線を遠慮なく私に向けてきた。
無人だった湖はあっという間に混雑して、気がつけば大勢の青い妖精たちが私を取り囲んでいる。
敵意は全く感じなかったけれど、皆一様に私を興味深く眺めるものだから、見世物にされているようで不快が募った。
私がその感情を憚ることなく表情に乗せると、妖精たちは慌てて、私を国の中心へと案内すると言い出した。
道中、私は『ようせいの国』についての話を妖精から聞かされた。
この国は豊かな自然が密集してできており、世界中の自然の摂理を管理する中心地の役割を持っているという。
自然の権化、概念の具現化である彼らは、自然と共に過ごし司ることで世界の恵みを整えているとか。
国土は『にんげんの国』の倍ほどはあるらしいけれど、そもそも故国の大きさを知らなかったからピンとはこなかった。
その広大な土地の中に、森林などをはじめとする植物のエリアや先ほどの湖のような水のエリア、火山や雪山、岩場などがひしめき合っていて、属性ごとに管轄がわかれているらしい。
基本的には自分の属性が管理する地域で過ごし続けるため、国内の移動はあまりしないのだとか。
そういった属性ごとの区分けがあるせいか、『ようせいの国』と呼称はされていても、国家としての機能は持っていないようだった。
妖精としての同族意識はあるようだけれど、日々の生活は属性の中で完結することがほとんどのため、外に向ける意識がほとんどないらしい。
だからこの国にはそれを治める王のような存在はなく、各々でバランスを取り合って過ごしているという。
それで争い事は起きないのかと尋ねると、水の妖精は迷わず首を横に振った。
属性ごとの役割が明確になっているから、その領分を越えた行いをしようとする者はまずいない、ということだった。
確かに、みんながみんな決められた役割に従事していれば、何かを競ったり奪い合ったりすることはないかもしれない。
属性ごとに性質が違う妖精は、それ故に諍いが起きやすいのではと思ったけれど、その辺りは上手くできているようだった。
そんな統べる者が存在しない中で、私をどうして国の中心地へと連れて行くのか。
言われるがままに導かれながら尋ねると、そこには一番古い妖精がいるから、と返答が返ってきた。
妖精には寿命の概念がない属性が多く、果てしない時を重ねてきた者も多いという。
長い時間を生きた妖精ほど知識や経験、力を蓄えているため、是非私を会わせたいという。
その理由を彼らは、不思議だからとしか答えなかった。
けれど、知識を得るために旅を始めた私にとって、多くを知る存在に会えることは貴重なこと。
だから妖精たちの不躾な態度と不鮮明な理由に耐え、私は誘われるがままに最古の妖精の元へと向かった。
水の妖精に先導されて始まった道のりの中で、多くの妖精たちが私に興味を持ち集った。
新しいエリアに入る度に、そこを管理する妖精が寄ってきて、水の妖精のようにしげしげと私を見つけ、そして旅路に同行してくる。
私の存在がどう不思議なのか、それを答えられる妖精は一人もいなくて、ただ私を見る妖精は例外なく驚く。
私が持つ神秘の力が関係しているであろうことは予想がついたけれど、それが妖精たちにとってどういうものなのかは、結局道中ではわからなかった。
けれど妖精たちはみんな好意的で、奇異の眼差しを向けられていても、人間たちの時ほどの不快感はなかった。
彼らのは私を恐れ嫌悪したものだったけれど、妖精たちのそれは純粋なる興味からくるものだからかもしれない。
それに、動物たち以上の世話焼き、お節介というのも妖精たちに不快を感じない理由の一つかもしれない。
もちろん煩わしく思えることも少なくなかったけれど、悪意のないそれらの行動への印象は悪くなかった。
基本的に人間とは比べ物にならない長寿の彼らは、十二年しか生きていない私など赤子も同然で、手を貸さずに入られないようだった。
おかげで徒歩での長距離移動も、苦労なく過ごすことができた。
喉の渇きや空腹、気温の変化や睡眠時など、色々な属性の妖精たちが自分たちの得意分野で悉くフォローしてくれるから。
人間ではなくてもヒトであることには変わりなく、信用ならないという点においてはきっと変わらない。
どんなに気のいい顔を見せて親切そうにしていても、心の内では何を考えているかわからない。
私に対する好奇心のため、私利私欲しかないかもしれない。
だから私は妖精たちの手助けを借りつつも、決して心を許さず、会話も必要な知識を聞き出すだけに止めた。
そうして丸二日ほど、私は妖精たちと共に旅を続け、ようやく中心地に辿り着いた。
そこには都のようなものがあるわけでもなく、クレーターのような大きな窪みがあるだけ。
私が住んでいた森がすっぽりと収まってしまいそうな、巨大だけれどそれだけの凹み。
その何もなさに、私は驚きを隠せなかった。
自然の権化である妖精だけれど、飽くまでもヒトでるから彼らにも生活がある。
エリアや属性ごとに様式が違えど、道中で訪れた各地では妖精たちの村のようなものがあり、生活感が窺えた。
けれどここには大きな窪みがあるだけで、妖精どころか生物が過ごしている気配がない。
こんなところがどうして国の中心地にされているのか、私には全く理解ができなかった。
けれど妖精たちは当然のように私を窪みの底へと誘う。
何もないけれど、いや何もないからこそ意味があるのかもしれない。
多くの妖精が迷いなくここを目指し、私を誘ったのだから、本当に何もないなんてあり得ない。
言われるがままに窪みの底、中心部へと赴く。
けれど当然、そこまで行っても何があるわけでもない。
何なのだろうと眉をひそめていると、私を取り囲んでいる妖精たちが、口々に一つの名前を呼び始めた。
大合唱のように名前が呼ばれ続け、煩わしさを感じ始めたその時。
窪みの中心の地面から、突然一人の妖精の頭が生えてきた。
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