27 魔法

 それから少しの間、星の妖精と会話を続けた。

 明確な答えを得られたわけではないけれど、少しずつ糸口が見えてきたように感じられた。

 神秘とは、単純に人智を超えた力というだけではなく、この世界に無ければならないものであり、それを持つヒトビトにとって切っても切れないもの。


 星の妖精は、神秘には必ず役割があると言った。

 ならば私の力には、それを持つ私には、この世界が必要とする役割があるということ。

 私は人間たちに必要とされず、拒絶されたけれど。世界にとっては必要な存在ということかもしれない。


 それは私にとって、少しだけ朗報だった。


「お急ぎでないのなら、しばらくこの国に滞在されては? あなたの力は我々と通ずるものがありますし、何か力になれることもあるでしょうから」


 星の妖精のその提案に、私は即答ができなかった。

 長く同じ場所に留まれば、嫌でも深い付き合いをしなければならないかもしれない。

 今のところ妖精たちは私を物珍しがって親切にしてくるけれど、いつ黒い腹の内を見せてくるかわからない。


 最古の妖精ですら知り得ない私という存在を、いつ疎むことになるか。

 あの時の人間たちのように、私の実態を知って見る目が変わるなんてことは大いにあり得る。

 初対面の私を大勢でここに案内するほどお人好しで呑気な妖精たちだからこそ、豹変した時を思うと恐ろしい。


 けれど、リスクを恐れて引け腰になっていては得られるものも得られない。

 自分の神秘の力がどういうものなのか。そしてその使い方を正確に把握するためには、彼女の言う通り妖精の力を借りるのが近道かもしれない。

 なら、寧ろ利用するくらいの気持ちで彼らと接すればいいんだ。


 希望を抱き、期待をするから裏切られる。

 はじめから心を閉ざし、ただ利を得ることだけを考えれば、何かあっても傷つかないだろうから。


 そう結論をつけて、私は星の妖精の提案を受けることにした。

 星の妖精はものすごく嬉しそうに微笑み、そして周りの妖精たちはキャッキャと歓声をあげた。

 何がそんなに嬉しいのか、私にはさっぱりわからなかった。


 それから私は、星の妖精が住うクレーターの上に小屋を作り、そこをしばらくの拠点とした。

 妖精たちが私の住まいを用意しようとしてくれたけれど、そこまで甘えるつもりは私にはなく、材料と場所の提供だけしてもらい、自分の住まいは自分で用意した。


 私が滞在している間、様々な属性の妖精たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、自分たちの力の説明をした。

 彼らが用いる精術という神秘は、各々の自然の力の流れをコントロールし、その有り様に変革を与えるものだそう。

 それは自然の在り方を整えたり、時にはその力を借りて生活に役立てるという。

 確かにそれは星の妖精が言っていた通り、私の力に近しいものを感じた。


 妖精の精術はそれぞれが司る属性に対してに限られているけれど。

 元々そこにあるものに干渉し、望むように事象を起こすという力の在り方は私と同じだ。

 妖精のそれが自然に働きかける力だとすれば、対象に恐らく制限のないであろう私の力は、世界そのものに働きかける力なのかもしれない。

 私の力は世界の真理に通ずる。星の妖精が言っていた言葉から、私はそう当たりをつけるようになった。


 沢山の妖精が私の元を訪れ、その力を語り、私の力を見てくれる。

 はじめのうちは流れるままにそれを受け入れていたけれど、日が経つにつれて私の胸には段々と疑問が渦巻いてきた。

 そんなことをして彼らに何の得があるのか。どうしてこの国の誰しもが、私に協力してくれるのか。

 私は色々なことが学べているけれど、妖精たちには何のメリットもないのに。


『ようせいの国』に滞在するようになって一ヶ月ほど経ったある日。

 私はその日訪れていた妖精に、その疑問をまっすぐに投げかけた。


「それは君が、とっても不思議で魅力的だからさ。あとはまぁ、僕らからしたら君は手を差し伸べてあげたくなるような子供だから、っていうのもあるかな」


 そう答えたのは、『感情』という希少な属性の妖精。確かレイと名乗っていた気がする。

 その特異な属性、心に関する解釈に私が興味を示すと、それ以来頻繁に訪れるようになった。

 少年とも少女ともとれる中世的な見た目は妖精としては珍しくないけれど、ヒトの感情を司る妖精だからか、その相貌は少しだけ他のヒトよりも印象を残す。


 そんなレイは、私の問いかけに楽しそうに答えた。


「君の力は多分、僕ら妖精の上位互換のようなものだからね。自然の枠組みを超えた大いなる力に、みんな興味津々なのさ。その力が及ぶ範囲もそうだけれど、あらゆることを実行できるであろう力の底知れなさが、僕らの好奇心をくすぐるんだ。もしかしたら君は、世界そのものと繋がっているのかもしれないね」


 それからもペラペラと楽しそうに話すレイだったけれど、私の耳には入らなかった。

 世界そのものと通じている────妖精がそれぞれの自然と繋がっているように?

 世界のことなんて考えたこともなかったけれど、ここへやってきて世界と神秘の繋がりに理解を深めてことで、考えが変わってきた。


 私の力が世界の真理とやらに通じていて、そして世界に働きかけるものなのだとすれば。

 私という存在がこの世界と何らかの繋がりを持っているということは、あながち間違いではないのかもしれない。

 神秘をもたらされたというだけでには止まらない、もっと深く固い繋がりが、もしかしたら……。


 疑問に結論はでない。けれど妖精たちから万物の力の流れを教わることで、私は次第に自分の力の形を理解できるようになっていった。

 世界に働きかける力、という解釈は恐らく間違っていない。

 私が持つこの神秘は、ここに存在する世界の有り様に干渉し、変革させるもの。


 恐らく、その対象に制限はなく、その範囲にも限界はない。

 妖精たちの概念を借りるのならば、私の力が及ぶ対象は世界そのものだから。

 私が望めば、火が熾り水が集い木々が騒めき風が踊る。あらゆるものは地面を離れて私の意のままに漂い、私が思うままに形を変え、空間すら歪む。

 この世界に存在するもので私の力が及ばないものはなく、ヒトの心や精神すらも、この力は入り込んでいく。


 妖精たちから得た様々な知識から、私はそれを理解した。

 確かに妖精たちの力に似ているようで、その枠組みを遥かに超えた別物の力。

 世界に通じているかは別としても、世界に干渉することのできる強大な力だった。


 それを悟った時、とてもスッキリした。

 今まで何も考えずに、ただ使えるから使っていた力。

 その在り方を理解できたことで、心の中にストンと馴染み、とても心地よかった。


 けれど同時に戸惑いもあった。そんな力を私は持っていていいのかと。

 妖精という存在は、属性単位で一個の存在であり、ヒトとして存在しているものはそこから枝分かれした分体に過ぎない。

 突き詰めれば群体こそが彼らの個であり、その個は一人の人間とは比べものにならない存在。

 そんな彼らならば、自然という大きなものを司っていてもおかしくはない。


 けれど私は、本当の一人。人間ではなかったけれど、連なるものなどないちっぽけな個。

 そんな私に、全ての妖精が司るものよりも大きなものに干渉できる力があって、本当にいいのか。

 そう考えると、自分のこの力が恐ろしく思えた。


 一個人の範疇を超えた力。人智を超えていると言ってしまえば簡単だけれど、その枠すら超えている気がした。

 今まで何の気無しに使っていたけれど、この力はとても危険で恐ろしいものなのではないか。

 そう思うようになって、人間たちが私に向けていった言葉を思い出した。


 悪魔のような子供。あの時人間たちは私をそう呼んだ。

 確かに、この力は魔なるもののように恐ろしいものかもしれない。

 使い方を間違えれば、ヒトビトに厄災をもたらす可能性だってある。


 悪魔のような私が持つ、悪魔のような力。

 私はこの力を、『魔法』と呼ぶことにした。

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