56 夢の世界
世界を正しい姿にする。
ホワイトは確かにそう言っていた。
けれど、どうあることが正しいかなんて誰が決めるんだろう。
恐らく彼女は、魔法使いがおらず魔女が統べている世界のことを指しているんだとは思うけれど。
でもそれは、果たして正しいと言えるのか。ただ都合がいいだけじゃないのかな。
「ホワイトは、魔法使いを倒して世界をあるべき姿に戻すと言っています。その為に、多くの魔女を危険な戦いに駆り出そうとしてる。そんなこと、私には見過ごせません」
「そうだね。ドルミーレの為と言っているが、それが本当に彼女の為になるかまで考えてないように思えるよ。その世界が本当に本物で、理想なのかどうか……」
うんうんと頷く夜子さんは、深い溜息をついて視線を落とした。
ワルプルギスはドルミーレを信奉し、彼女を迎える為に世界を再編すると言っているけれど。
でも確かに、それがドルミーレの望むものなのかは誰にもわからないはずだ。
だって、ドルミーレを心に眠らせる私にだってそれはわからないんだから。
結局それは、ホワイトの勝手な考えに過ぎない可能性は大きい。
魔女の立場を改善して救いたいのはいいけれど、目指すものは本当にそれでいいのかな。
色々なところで、彼女のやり方はチグハグしている気がする。
そう考えれば考えるほど、ホワイトの正義に対しての疑問は増えていくばかりだ。
「ただ、世界の在り方に疑問を抱く気持ちはわかるけどね。けれどそのアプローチの仕方は、彼女を愚弄するにも等しい。だから私は、ワルプルギスという連中のやり方が気に食わないんだ」
「世界の在り方、ですか……」
夜子さんの言葉に、僅かな引っ掛かりを覚えた。
世界の在り方。ホワイトもしきりのそれを口にしていたからだ。
偽りの世界を正すのだと。あるべき姿に導くのだと。
改めてその言葉を思い返してみると、ただの比喩ではないような気がしてきた。
魔女が虐げられている現状。それを間違った世界だと、そう言っているのかと思ったけれど。
でももしかしたら彼女は、もっと根本的なことを言っていたのかもしれない。
思えば彼女の口振りは、世界の現状を否定するというよりも、世界そのものを否定しているようにも聞こえた。
偽りの世界、間違った姿。そこから脱却し、本来あるべき理想を目指す、と。
そう思い至った時、立ち去り際にホワイトが口にした言葉が次々と脳裏に浮かび上がってきた。
──── その御心に問うてみては如何でしょう。貴女様の知る世界の真贋は如何に、と。そうすれば、現実と夢の境がおわかりになるでしょう。あるべき真実の世界と、儚き偽りの世界の違いが────
──── 人の夢によって創り出された世界など、例えそれが誰によるものだとしても、間違っている────
世界の真贋。真実の世界と偽りの世界。
現実と夢の境。そして、夢によって創り出された世界。
まるで、夢幻の世界があるかのようなそんな言い方。
自身が立つ世界が作り物であるかのような、そんな……。
私の知ってる世界の真贋。それはもしかして、今いるこちらの世界と、『まほうつかいの国』のあるあちらの世界のことを指しているのかな。
もし、そうだとしたら。そうなんだったとしたら、どちらかが真実で、どちらかが偽りだということ?
そんなバカなと思いつつ、けれどそう思い始めると思考が勝手にスルスルと滑った。
もし万が一、どちらかが偽りと呼べるものだとしたら。
それは恐らく、あちらの世界のことなんじゃないかと、そう思ってしまった。
だってこっちの世界は、私が産まれてからずっと過ごしてきた、確かに存在する世界。
摩訶不思議など何もない、平凡で平坦な世界だ。
対してあちらは、奇想天外で不思議に満ちた神秘の世界。
もしどちらかがと言われたら……。
────貴女様は、本当はご存知のはずです。夢と幻想に溢れた世界を生み出したのは、他ならぬ貴女様のお力なのですから────
「────────!」
クルクルと回転する思考の中で、引き摺り出されるように思い出されたその言葉。
今それを思い返すと、それは私の安易な仮定の裏付けになるように思えてしまった。
私の力が、夢の幻想の世界を生み出した。
その言葉が差すのは、あちらの世界のこと……?
神秘に溢れ、魔法が飛び交い、不思議な法則で成り立つあちらの世界。
まるで誰かが思い描いた、夢のような世界。
もしそれが、本当に夢の世界なんだとしたら。
あの世界を形作ったのは、私の夢だということ……?
「そんな……そんな、バカな…………」
そんな突拍子もないこと、流石にあるわけがない。
そう思うけれど、でもそんな思考を嘲笑うかのように色んなことが次々に思い浮かんでいく。
あちらの世界が、夢の世界なんじゃないかと思えてしまうことが。
あちらの世界は、こちらの世界とは全く違う異世界だと、そう言われて漠然と納得していたけれど。
でもそもそも、それがどういうものなのかを考えたことがなかった。
よくよく考えれば、引っかかる点は多い。
こちらの世界と全く異なる、違う法則で成り立っている世界。
それなのに何故、向こうの世界の人々は私たちと同じ日本語を話しているのか。
言葉だけならいざ知らず、ことわざや慣用句までも使いこなしている。
あちらの人たちは、まるで日本人と変わらないように話している。そんなの、おかしい。
それにあちらの世界は、私が昔憧れていたものが揃っている。
魔法が溢れているのはもちろん、喋る動物とお話したいとか、可愛い妖精とお友達になりたいとか。それ以外にだって色々と。
それらは幼い頃の私が思い浮かべていた空想によく似ている。
あちらの世界に、こちらのものと変わらない太陽と月があったのは何故?
動物や草花が、こちらの世界とほぼ変わらなかったのは何故?
数や時間の概念に食い違いがなく、経過する月日が同じなのは何故?
挙げ出したらキリがないけれど。
そうした疑問、違和感は全て、私の夢から生まれたものだといえば説明がつく。
私の空想、知識、価値観が反映されていれば、そうなっても何らおかしくない。
ファンタジーの物語に、現実の常識や価値観が見受けられるのと同じようなことだ。
私がかつて夢見たもの。思い描いた空想。あるはずのない幻想。
それが形作られて生まれたのがあちらの世界だとしたら。
それは確かに、人の夢によって創られた世界だ。
体中の血液が全て流れ落ちてしまったみたいに、頭のてっぺんから爪先までがさーっと冷たくなった。
全身の感覚がなくなって、目の前が真っ白になって。
今自分がどこにいるかわからなくなった。
そんな中で一つの思考が頭の中で響き続ける。
『まほうつかいの国』は、あちらの世界は偽りの世界。
私が創り出した、文字通りの夢の世界かもしれない────
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