15 鋭い言葉
「彼女を是非こちら側に引き入れたいと思ったけれど、知っての通りお堅い子だからさ。簡単に近寄れないだろうと思って、一番身近にいた善子ちゃんにアプローチをかけたのさ」
「じゃあ、はじめからアンタの目的は真奈実で、私なんか眼中になかったってこと……?」
「まぁ、そうなるね」
肩を強張らせて、震える声で尋ねる善子さんに、レイくんは短く答えた。
善子さんは唇を噛みしめ、懸命に怒りを堪えてレイくんを見つめていた。
五年前の過酷な戦いたい巻き込まれて、魔女にまでなって。
その人生を大きく変えることになってしまったというのに、レイくんはハナから善子さんに興味はなかったという。
つまりそれは、なんの意味もなかったということだ。
「魔女である彼女が、正義を重んじる彼女が、友人が魔女に巻き込まれ危険の最中にあると知れば、必ず手を出してくると踏んだんだ。その結果は、君も知っての通りさ」
「っ…………」
レイくんは穏やかな笑みを保ちつつ、淡々とただ事実だけを語る。
そこには善子さんに対する感情は一切含まれておらず、それ故に辛うじて善子さんの怒りは爆発せずに済んでいるように見えた。
ここでもし、善子さんに対する嘲りや冷笑が含まれていれば、あっという間に空気は荒々しくなっていたはずだ。
善子さんはレイくんのことを恨みがましく睨みつつも、大きく息を吸って懸命にその表情を落ち着けた。
それで体に入っていた力を僅かに抜いた善子さんは、少し迷うように目を泳がせてからゆっくりと口を開いた。
「…………どうして、そんな回りくどい事してまで真奈実に近付こうとしたの? アンタにとって、真奈実はなんなのよ」
「彼女はこちら側の、この寂れた世界で誕生した魔女とは思えないほどに、『魔女ウィルス』の適性が高く、そしてその在り方故に特異な性質を持っていたのさ」
必死で落ち着こうとしている善子さんと対照的に、レイくんは優雅に紅茶のカップを傾ける。
「彼女こそ、僕の計画の要になり得ると思った。そして彼女が持つ絶対的な正義感とカリスマ性は、多くの魔女を導くに足りるものだと確信した。だから僕は彼女を引き入れ、レジスタンス組織を結成することにしたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
聞き捨てならない言葉に、私は咄嗟に声を上げてしまった。
レイくんの平然とした顔が私の方を向いて、穏やかな無言の問いかけが飛んでくる。
とても当たり前のように言うけれど、私の今までの理解というか、思っていたことと違うことをサラッと言った。
「今の言い方だと、まるでレイくんがワルプルギスを作ったみたいな言い方だよね? でもリーダーは真奈実さんだし、それに前にレイくんは、自分のことを下っ端だって……」
「別に不思議なことじゃないよ。僕は彼女を引き入れて、彼女をリーダーとして据えた組織を作ったんだ。僕の目的と彼女の正義を遂行できる組織、魔女のレジスタンス・ワルプルギスをね。下っ端だって言ったのはまぁ……その時はその方が話がスムーズかなと思ってね」
レイくんはなんてことないという風にカラカラと笑う。
その顔に悪びれはなくて、ただ当たり前のことを話しているだけの気軽な表情。
でも確かに、そこは重きを置くことではないし、だから別段どうってことないといえばそうだけど。
確かに言われてみれば、それが予見できるところは少なからずあった。
レイくんはホワイトのことをリーダーと呼んではいたけれど、特段
ホワイトに対しても普段と変わらない態度で、時には強く諫めることもあった。
組織を束ねているのはホワイトだけれど、彼女を引き入れ組織を創設したのがレイくんだからこそ、その関係性は通常の主従とは違ったんだ。
「てことは、アンタが真奈実に魔法をかけて、自分の都合のいいように操ってんじゃないの!? アンタが、真奈実をあんな風に変えて、レジスタンスのリーダーなんかを……!」
テーブルの上で拳を握って、善子さんが噛み付いた。
真奈実さんが自らの意志で組織を結成したのではないとなると、確かにその線も捨て切れないように思える。
けれどレイくんは静かに首を横に振った。
「いいや、それはないよ。僕は彼女に何の強制もしていない。彼女は自分自身の意思で、その正義を執行することを己が使命と定め、それを貫くことを求めた。僕はその為の環境を提供したに過ぎない」
「でもそれじゃあ、どうしてあの子はあんなにも変わってしまったっていうの。自分以外を全て悪だなんて言い捨てるような、あんな……」
「さぁ、彼女の心境の変化までは僕にはわからない。ただそうだなぁ。自分の本質を理解したことで、精神的なリミッターが外れたのかもね」
「なに、それ……」
少し思案するような仕草を見せるレイくん。
見つめる私と善子さんの視線を受けて、やんわりと微笑む。
「当時の彼女は、まだ未完成だった。絶対的で純粋無垢な正義を持ちつつも、常識的な理性がそれを押し留めて、本質を発揮し切れていなかった。だから僕は彼女の望みに応じて、その心のたがを外してあげたのさ」
「やっぱり、アンタがなんかしたんじゃない!」
「いやまぁしたけれど。でも善子ちゃんが言うような、強制的なことはなにもしてないよ。彼女は自分の意志を貫く為の力を欲していた。だから僕はただほんの少し手を貸して、その本来の力を目覚めさせてあげただけさ」
掴みかかりそうな剣幕の善子さんに、レイくんはどーどーと手をかざす。
その言葉から嘘は感じられないけれど、でもレイくんの言い方は曖昧過ぎて善子さんが突っかかるのも無理はないように思えた。
私はテーブルの上で善子さんの手を握ってから、二人の間に割って入るように身を乗り出した。
「レイくん。具体的に真奈実さんに何をしたの? 真奈実さんは、どうなってるの?」
「さっきも言ったように、僕は彼女の理性のたがを外したのさ。無意識に押さえ込んでいる彼女の正義を、何の制限もなく発揮できるようにね」
レイくんは私の顔を見ると、ニコッと微笑んで言った。
「彼女は元から正義が人の形をしたような子だったけれど、でも人であるが故に人の常識に囚われ、その全てを顕せずにいた。だからそのカセを取り払うことで、自身の澄み切った無垢の正義を自覚させてあげたのさ。その結果彼女は、自身の正義を遂行することに躊躇いを覚えなくなった」
レイくんは自身のティーカップを見下ろす。
混じり気のない透明な赤茶色の液体は、澄み切っているからこそ、その水面に煌びやかな顔と瞳をくっきりと映している。
「だから彼女は、魔女としての自分の正義を貫く道を選んだ。今までの環境を捨てることになっても、自身の使命を全うする道を選んだ。そんな彼女の正義の果ては僕の目的と一致して、僕らは共に歩むことになったのさ」
「じゃあ、飽くまで真奈実自身の意志だっていうわけ? アンタや、誰かに強制されているわけでもない。あの子自身が思い描く正義が、あんなだって」
「そうだよ。それこそが、彼女が元々持っていた正義。今の彼女は、それを迷いなく振るえるようになっただけさ」
そう頷いて、レイくんは視線を上げて善子さんを見た。
震える善子さんの瞳を、レイくんの流石な視線が突き刺す。
「五年前の最後の戦いの日、善子ちゃんを助けに来た彼女は、自身の正義に目覚め悪に打ち勝つ力を手にした。善子ちゃんが目にして、彼女が死んでしまったと勘違いをしたのは、転臨を果たす為に一度死んだ時の光景だろう。自分の本質を理解し、それを突き詰める為に上位の存在へと昇華した彼女は、その時生まれ変わったのさ」
魔女が自ら転臨へと至る時、『魔女ウィルス』を活性化させて爆散する。
その一度目の死を乗り越えて再び形を成すことで、魔女は次のステージに進む。
昨日のアゲハさんとの戦いの時、千鳥ちゃんがそうしていた。
だから、あの光景を目にした時の絶望を、私はよくわかる。
「あの時の戦いは、彼女が転臨の力を手にしたことで拮抗することができた。鍵を奪い取ることも、敵を倒すこともできなかったけれど。でもまぁ、善子ちゃんが今生きているのは、彼女が目覚めたお陰と言っても過言じゃないんじゃないかな」
「っ…………」
「だからね、善子ちゃん。君は今の彼女に感謝こそすれ、否定するのはお門違いだと僕は思うなぁ」
その言葉はまるで鋭いナイフのように、震える善子さんの胸に突き刺さった。
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