14 もう一つの目的

「それ、真奈実のことでしょ……!? あの子に、一体何が……」


 血の気が引いた顔でレイくんを見つめる善子さん。

 その目は不安に揺れていて、まるで泣き出してしまいそうだった。


 先日あんな乱暴な別れ方をして以来、ずっと不安を抱えて来た善子さんにとって、不意に挙がったその名前は心を揺さぶるのに十分だった。

 レイくんは動揺を隠せずにいる善子さんに一瞥してから、固い声色で言葉を続けた。


「彼女は今、半ば暴走している。事を急ぐあまり、犠牲を厭わないような荒事を起こそうとしてるんだ」

「そんな! 真奈実がそんなことするわけが……! いくら変わってしまったとしても、あの子の正義が犠牲を許すわけがない!」

「僕もそう思って止めたんだけれど、バッサリ両断されちゃったんだよね。彼女にとって一番大事なことは、最終的に得られる結果のようだ。そのゴールこそに自身の正義を感じているんだろうね」


 信じられないと首を振る善子さんに、レイくんは肩を竦めながら同意する。

 昨日は潔く身を引いてくれたホワイトだったけれど、私がワルプルギスの元に行かなかったことに思うところがあったのかもしれない。

 私は彼女のことをあまりよくは知らないけれど、それでも彼女が正義を掲げる人である以上、犠牲を払って無謀を働くのが彼女らしくないということはわかる。

 一体、何がどうなっているんだろう。


「レイ、ちゃんと説明して。真奈実は今、どうなってるの? そもそもどうしてあの子がアンタと一緒にいるのか。レジスタンスとかいうので何をしようとしているのか、いい加減聞かせてよ」

「それは私も教えて欲しいな。真奈実さんのことや、レイくん自身のこと、それにワルプルギスのこと。それを聞かないと、話が進まないから」


 善子さんと一緒になってレイくんに詰め寄る。

 勿論今の真奈実さんの事態も気になるけれど、そもそもの話を聞かないことには現状を把握できない。


 レイくんは私と善子さんを順番に見遣って、「そうだよねぇ」と緩く笑った。


「助力を乞う以上、話さないわけにはいかないか。別に勿体ぶっていたわけではないんだけどね。だからまぁ、他でもないアリスちゃんのお願いだし、素直に応えるよ」


 レイくんは私の方を向いて、普段通りの爽やかな笑みを浮かべた。

 さっきの渋い表情は嘘のようになくなって、完全にいつも通り。

 善子さんのことは横目でチラッと窺うだけで、飽くまで私に応えるという風に瞳を向けてくる。


 真奈実さんのことに関してはキチンと善子さんに向けて説明して欲しい物だけれど。

 でもここでそれを強いても、きっと善子さん対してまた素っ気ない態度をとりそうだし。

 ここは話を聞き出すことが先決かな。二人の間のスムーズじゃないやりとりは、フォローすればいい。


「じゃあ……」


 私が目配せすると、善子さんはレイくんが自分の方を向いていないことなんて無視して切り出した。

 レイくんは視線だけをおざなりに向ける。


「真奈実がどうしてアンタなんかと一緒にいて、ワルプルギスのリーダーなんていうのをやってるのか。あの日……五年前、私があの子が死んでしまったと思ったあの日の夜、一体何があったのかを教えてよ」

「…………」


 善子さんの震える声に、レイくんは小さく息を吐いた。

 それはあまりにもあからさまな、面倒臭そうな溜息。

 そんなことを君に話しても仕方がないと、そう言いたげな嘆息だった。


 五年前の事件の時、二人がどういう関係性だったのかはわからないけれど。

 でもレイくんの反応を見る限り、レイくんにとって善子さんはどうしようもなく部外者なんだ。

 真奈実さんのことやワルプルギスのこと、そして私のことに関しても、善子さんは全く関係ないと思ってる。

 だからこそ、とても素っ気なくぶっきらぼうなんだ。


 それでもここで話すと答えた以上仕方ないと思ったのか、レイくんは私の手を放すと椅子にキチンと座って正面を向いた。

 テーブルに肘をついて口元で手を組み、善子さんに顔を向ける。

 その珍しい行動に二人して驚きつつ、でもようやく話してもらえると身構えていた時。


 レイくんが不意に側を通りかかった店員のお姉さんを呼び止めて、三人分の紅茶を注文しだした。

 まるで男性アイドルのような甘く爽やかな笑みを向けながら、まるで口説いているかのように声色柔らかく。

 ドギマギしながらも注文を受けたお姉さんに、ありがとうと甘い囁きを投げかけちゃったりして。

 それを受けたお姉さんはやや頬を赤らめて、済んだ食器を下げてそそくさとテーブルを去って行った。


 まるで当然のことをしたかのように平然とニコニコしているレイくん。

 けれど身構えていた私たちとしては出鼻を挫かれた思いで、僅かに呆然としてしまった。

 真面目な話を聞くムードがそれによってやや崩れ、どうしていいかわからない微妙な空気の沈黙が流れた。


 当のレイくんがどこ吹く風といった感じでニコニコの沈黙を貫いているから、こっちから口を開きにくくて。

 そうこうしていると、今頼んだ紅茶が先ほどのお姉さんによって運ばれてきた。


 それぞれの前にティーカップとティーポットが置かれる。

 レイくんがそこから普通に自分のカップに紅茶を注ぎだすものだから、私と善子さんはどうしたものかと目を見合わせた。

 でもせっかく出してもらったわけだし、美味しく頂かないともったいない。

 仕方なく私たちも自分の分の紅茶を注ぐ。三人分の紅茶の豊かな香りがテーブルを満たした。


「五年前のあの日。アリスちゃんの封印を解く鍵を奪い取ろうとこちらの世界にやって来た僕には、もう一つの目的があった」


 優雅にティーカップを傾けてゆったりと息を吐いてから、レイくんは唐突にそう切り出した。


「何者にも侵されない純粋さを持つが故に、特異な性質を得た稀有な魔女。この世界で彼女の存在を感じ取った僕は、すぐにこちらへ引き入れようと決めたんだ」


 穏やかな口調ながらも次々と語られる聞き慣れない言葉。

 私も善子さんも首を傾げつつ、静かにレイくんの話を聞く。


 レイくんはカップをソーサーの上に置くと、真っ直ぐ善子さんの目を見て微笑んだ。


白純しらすみ 真奈実まなみ。僕は彼女に近づくために、善子ちゃんに声を掛けたんだよ」

「っ…………!」


 レイくんの柔らかい声とは対照的に、善子さんは引き攣った顔で息を飲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る