92 まほうつかいの国のアリス4

 わたしの中の力は、日に日に大きくなっていった。

 もしかしたらわたしが、『始まりの力』を使いこなすために練習をしているからかもしれない。

 すこしずつわたしの中のドルミーレの存在が、心を『あっぱく』しているようだった。


 ドルミーレは静かに眠ったまま、もうずっと声を聞いてない。

 わたしの意思とは関係なく魔法を使うこともないし、その暗い気持ちをわたしに伝染させてくることもない。

 それなのに、その存在感だけはどんどん強くなっていく。


 ドルミーレのお城で、わたしが『真理のつるぎ』をにぎって、刺激しちゃったからいけないのかな。

 それとも散々その力を使ってきたからいけないのかな。

 もしかしたら、魔法にあふれているこの世界にずっといるからかもしれない。


 ちゃんと理由はわからないけど、でもその存在が大きくなっていることは、わたしの心がいつも感じてる。

 自分の中に他の人がいるっていうのは、シンプルにとっても気持ちがわるかった。

 それが他でもない、あのおそろしいドルミーレだから、余計にわたしは息苦しさを感じていた。


 でも、どうしたらいいかわからない。

 わたしの中にある力である以上、ちゃんとコントロールできるように練習したほうがいい。

 でも、使えば使うほどドルミーレを感じちゃって逆効果な気がする。


 それでも、わたしの力が強まるとみんなよろこんだ。

 この力が元々何なのかを、みんなは知らないんだ。

 ううん。もしかしたら知ってる人もいるかもしれないけど、そんなことは関係ないと思ってるのかもしれない。

 だって魔法使いの人たちは、わたしの持ってる『力』に興味があるんだから。


 最近は、ついついそんなことばっかり考えちゃう。

 楽しいことだってあるけど、でもふと気を抜くといつの間にかそのことに頭が戻っちゃって。


 そんなある日のことです。

 わたしの寝室に夜子さんが急にやってきた。


 夜子さんは王族特務の人だから、普通にお城の中にいる。

 他の王族特務の人たちは、みんなキチッとしっかりとしている人たちばっかりで、夜子さんみたいにだらしない格好で不真面目な感じな人はいなかった。

 だから夜子さんが王族特務だなんてウソなんじゃないかと思ったけど、でもみんな夜子さんのことを一目置いているみたいだった。


 仕事をしている姿なんて見たことないし、いつも猫みたいに好き勝手にふらふらしている印象しかないんだけど。

 でも夜子さんは確かに王族特務で、『まほうつかいの国』最強の魔法使い、らしい。


 それでも、夜子さんがしてくることはわたしたちが旅をしていた時とそんなに変わらなかった。

 気が向いた時にふらっとやって来て、適当なおしゃべりをして、またどこかにふらっと行っちゃう。そんな感じ。


 でも今日いつもと違うのは、もうすっかり暗くなった夜の寝室にやってきたこと。

 普段は大体、昼間私が玉座にいる時で、仕事の時間の合間なんかにちょっかいをかけてくる。

 だから、もう寝ようとしているわたしのところに、しかも部屋まで来るなんて初めてだった。


「やぁアリスちゃんこんばんは。今日もいい天気だね」


 ノックもしないでいきなりバーンと入ってきた夜子さんは、まるで昼間にそこら辺でばったり会ったみたいな気軽さであいさつをしてきた。

 ベッドの上に座ってお布団をかけようとしていたわたしは、それはもうとってもびっくりして、思いっきりピョンと飛び跳ねちゃった。


「よ、夜子さん!? ど、どうしたのこんな時間に!?」

「ん? いや? ちょっとおしゃべりでもしようかと思ってね〜」

「おしゃべり? 今? もう夜だよ?」

「いいじゃないかー。だって暇なんだよ〜」


 わたしが驚いているのなんか無視して、夜子さんはベッドのはしっこにどかっと座り込んだ。

 ニカニカニヤニヤ笑うその顔は人懐っこい感じで、なんとなくいやだとは言えない『ふんいき』だった。


「うーん。じゃあ、ちょっとだけ。明日も朝からお仕事とかあるから、夜更かしして寝坊したら怒られちゃうもん」

「アリスちゃんは真面目だねぇ。この世界のこともこの国のことも、君にはまだまだわからないこと、理解できないことだらけだっていうのに。よくがんばるよね」


 わたしが渋々うなずくと、夜子さんはすこしわざとらしく感心した顔をした。

 なんだかその言い方が嫌味っぽく聞こえて、わたしはむぅっと口をとがらせた。


「あぁごめんごめん。嫌味でも皮肉でもないよ。本心だ。アリスちゃんは本来ここの住人じゃないのに、よく頑張ってるなと、私は本気で感心してるのさ」

「……だって、わたしここの人たちのこと好きだもん。わたしにできることは、したいよ。それに、しなきゃいけないこともあるし……」

「しなきゃいけないこと、ねぇ」


 夜子さんは目を細めながら、わたしのことを上から下まで舐め回すように見てきた。

 それから何も言わないままに、急にガバッとベッドの上に体を全部乗せて、ひじついて横になってしまった。

 わたしにはあんまりにも大きすぎるベッドだから、広さには大分余裕はあるけど。

 でも人のベッドなのに自由だなぁと思いつつ、わたしは何も言わずに夜子さんをまっすぐに見返した。


「……ねぇ、夜子さん」

「なんだい、アリスちゃん」


 うすいニヤニヤ顔と優しい目でわたしを見てくる夜子さんに、わたしはおっかなびっくり口を開いた。


「夜子さんは、ドルミーレのことを、どう思う?」

「……うーん、唐突に答えにくい質問をするねぇ。じゃあ逆に質問しよう。アリスちゃんはどう思ってるのかな?」

「えぇ? わたしが質問してるのにぃ……」

「質問されたから質問で返したのさ。対等だろ?」


 ムッとするわたしに、夜子さんはカラカラと笑った。

 それはちゃんと答えを言ってからじゃないとダメだと思うんだけど……そんなことを夜子さんに言ってもしょーがないか。

 私はあきらめて、先に質問に答えることにした。


「わたしは、こわいよ。あの人がこわい。それは別に、みんなからきらわれていたからとか、そういうことじゃなくて。あの人が『始まりの魔女』じゃなかったとしても、わたしはあの人の気持ちと考え方が、こわい」

「こわい、か。確かにアリスちゃんみたいな純粋な女の子からしたら、彼女は対極の存在だ。その在り方を理解できないのは無理ないね」


 夜子さんはトロンと眠そうな目をしながらのんびりと答えた。

 寝ちゃうんじゃないかと心配になったけど、そのまぶたの内側にある目は、ちゃんとわたしのことを見ていた。


「レオとアリアと旅をして、女王様たちと戦ってるまでは、無我夢中だったからかあんまり細かいことは気にしてなかったの。自分に使える力を精一杯使ってがんばろうって思ってた。でも、力になれてきて、使いこなせるようになればなれるほど、わたしの中にドルミーレの存在を強く感じてきて……」


 寝間着のワンピースのスカートを、思わずきゅとにぎる。

 夜子さんは、静かにわたしの顔を見ているだけだった。


「ドルミーレは、『始まりの魔女』。『魔女ウィルス』の原因で、今この国で魔女が苦しんでいる原因で。そんな人がわたしの中にいるんだって、それをずっと感じてるのが、とっても苦しい。わたしの友達が『魔女ウィルス』で苦しんだり、魔女の事件に巻き込まれて傷付いたり。そういうのも全部、わたしの中のドルミーレのせいなんだって。そんなことばっかり、考えちゃうの……」


 夜子さんは何も言わない。『あいずち』も打たない。

 ただ静かに聞いているだけ。でも、わたしの口は止まらなかった。


「『魔女ウィルス』を広めて、たくさんの人が苦しむ原因を作った人。魔法使いと魔女の争いの原因の人。大昔、国中の人からきらわれていた人。だれも信じない『こどく』な人。そんな人の力が、本当に良い力なのかな? わたしは『始まりの力』を、魔法使いの人たちが思ってるみたいなすごい力だとは、思えなくて……」


 全ての魔法の始まりで、確かに強力なのかもしれない。

 でもあんなドス黒い気持ちを持っている人の力が、本当にこの国にとって良いものになるのかな。

 大昔の人は、ドルミーレの力をこわがって退治した。

 それはただの差別だったのかもしれないけど、でもわたしにはその気持ちの方がわかる気がしてしまった。この力は、こわい。


「わたしは、この力がいつかわたしの大切な人たちを傷つけちゃうんじゃないかって、こわい。今はこの力を使えて、少しずつ使いこなせるようになってるけど。でももしわたしの中のドルミーレが目を覚ました時、わたしにはそれに抵抗できる自信がないんだよ」


 ドルミーレが女王様を燃やしちゃった時、わたしには何にもできなかった。

 止めることも、炎を消すこともできなかった。

 そんなわたしが、本気を出したドルミーレに敵うとは思えない。


 ドルミーレはずっと

 そんなあの人が、寝言をしゃべるみたいにほんのすこしだけ意識を向けてくる。

 それだけであんなに重い気持ちと大きな力を感じるのに。

 もし、どうなるんだろう。


「こわいよ、夜子さん。わたし、こわい。苦しむ魔女を助けたい。魔女と魔法使いが争わなくて良いようにしたい。そのためにはきっとこの力が必要で。でもこの力を使えば使うほど、そもそもの原因のドルミーレがわたしの中で強くなってく気がする。わたし、もうどうしたらいいかわかんないよ…………」


 しゃべればしゃべるほど、気持ちが弱くなっていく。

 でも、一回口を開いちゃったらもう言葉がとまらなくて。気持ちがとまらなくて。


 うつむきながら話すわたしに、夜子さんはやっとうーむとうなり声を上げた。

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