91 まほうつかいの国のアリス3

 目まぐるしいお姫様の生活の中での楽しみの一つが、レオとアリアとの時間。

 二人は毎日必ず王都のお城まで会いに来て、わたしの相手をしてくれるんだ。

 いつも二人で、びゅーんって空飛ぶほうきをかっ飛ばして。


 でも、その日来てくれたのはアリア一人でした。


「レオったら、机にかじり付きすぎて熱だしたんだって。バカだよねー。普段からちゃんと勉強しないくせに、気合だけはすっごいんだもん」


 クリアちゃんと会った時から、しばらく経ったある日。

 お城の広間で、アリアは笑いながらそう教えてくれた。

 わたしには大きすぎる玉座に一緒に座りながら。


 だれかに見られたら、王以外が座っちゃダメだっておこられちゃいそうだけど。

 今この広間にはわたしたちしかいないし、すこしくらいはいいよね。

 まぁ、ちょっぴりせまいんだけど。


「えぇー!? レオ、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。ただアホだからオーバーヒートしただけで、全然大したことないよ。這ってでもここに来るって言い張る元気はあったし」

「そっか、よかったぁ。もぅ、無理しないでほしいなぁ」


 まったくもうと、あきれたため息をつきながらも笑っているアリアを見て、本当に問題ないんだと安心する。

 旅が終わって自分たちの町に帰ることになった二人は、これからもわたしと一緒にいたいからって、王族特務になるために猛勉強をしてくれている。

 王族特務は『まほうつかいの国』の魔法使いの中でも超一流の人たちだからそう簡単にはなれないらしくて、二人はとってもとってもがんばってくれてる。


 魔法の勉強も訓練も、とっても大変なはずなのに。

 それなのに毎日欠かさずわたしのところまで会いに来てくれて。

 本当に、本当にうれしくて、ありがたい。


 レオとアリアはここに来る時、いつも必ず楽しい話をしてくれる。

 むずかしい話も自分たちの困った話をぜんぜんしないで、いつもわたしを笑わせてくれる。

 それは二人なりの気づかいで、わたしにはそれがありがたかった。


 ここにいると、自分はお姫様なんだってしっかりしなきゃいけない気持ちになる。

 でも二人といる時だけは、わたしはいつも通りの普通の子供でいられるから。


「ねぇ、アリス」


 今日もそうやって二人で楽しいおしゃべりを散々した。

 でもそんな中で、アリアはすこし眉毛を落としてそっと声をかけてきた。


「最近、ちょっぴり元気ないよね? 何か、悩み事?」


 わたしの手をにぎって自分のひざの上に引き寄せながら、アリアはわたしの顔をのぞき込んできた。

 心配そうにションボリする顔が、わたしをまっすぐ見つめてくる。


 バレちゃってたか、と心の中であちゃーとうめく。

 わたしの悩みはわたしの問題だし、人にはなかなか話しにくいこと。

 だからだれも言わないで、自分で向き合おうと思ってたんだけど。


 でもこの間クリアちゃんにも見抜かれちゃったし、わたしは『あんがい』わかりやすいのかもしれない。

 それに、友達と心がつながっているかるこそ、そう言ったわたしのよくない気持ちもわかっちゃうのかも。


 わたしは、『かんねん』して胸の内を話すことにした。

 アリアに心配させちゃった以上、ごまかしは聞かないだろうし。


「まぁ、いろいろと、ちょっとね。そんなに大したことじゃ、ないつもりなんだけど……」

「なるほど、大したことなんだね」

「…………」


 笑顔を浮かべて口を開きつつもごもごと返すと、アリアにスッパリと見抜かれた。

 わたしが下手っぴすぎるのもそうだけど、アリアの目はどうしたってごまかせないみたいだった。


「……魔女のこと、とかでしょ?」

「うん。まぁ、そうだね……」


 おでこにシワを寄せて、アリアは言いにくそうに言った。

 気持ちのいい話題ではないけど、わたしを心配してしぼり出したみたいな、そんな感じで。

 だからわたしは、すなおにうなずくしかなかった。


「わたしがお姫様になってから、たぶんこの国はいろいろよくなってきたと思う。みんな笑ってくれてるし、前よりもずっと楽しそう。でも、魔女の問題はなくならないし、ひどくなってる気もする……」

「それは……でも、アリスが責任を感じることじゃないよ。魔女の────『魔女ウィルス』の問題は、大昔からのこの国の問題だもん。そう簡単には……」


 アリアはぎゅぅっとわたしの手をにぎる力を強めた。


「『魔女ウィルス』の感染者を放っておいたら、ウィルスは拡大するし死人も増える。それに、今はレジスタンスも活発で、どうしても戦わないわけにはいかないんだよ」

「う、うん。その『りくつ』は、わかってる。わかってるつもりなんだけど。でも、『なっとく』はいかないんだよ。どうしても。暴れてる人たちに罪はないとは言わないけど、でも、そもそも魔女になっちゃったことは、ただ不幸なことなのに……」


 アリアはわたしの手をにぎりながら視線を落とした。

 魔法使いのアリアにとっては、魔女はどうしてもきらいな存在。

 わたしのことをわかってくれようとしてるけど、でもその気持ちも簡単には変えられないんだ。

 でもがんばって、わたしに寄り添ってくれる。


「魔女の人たちが傷付いているってことが、わたしには苦しい。それに、魔女がその苦しみのせいで暴れたり、他の人を傷付けたりしているのも、とってもいやなの」


 命を投げ出すようなレジスタンス活動は、聞いているだけで体がゾワゾワする。

 魔女と魔法使いの戦いで、町が壊れたり人がケガをしたっていうのも聞きたくない。

 まして、魔女がだれかをわざと傷付けたような話なんかは。


 町に出てみんなとお話をしていると、よくない話ももちろん聞く。

 そんな中でわたしがとってもいやだったのが、レジスタンスの暴動に巻き込まれた一般人の中で、皮をはがれて死んでいる人が何人かいる、ていううわさ話だった。


 そんなおぞましいことをするのは魔女の仕業にちがいないって、みんなはとってもこわがってた。

 そんなことをする人が本当にいて、もしそれが魔女なんだったとしたら、そんなにかなしいことはない。

 そういう話を聞くのが、わたしは一番いやなんだ。


「わたしは、魔女に苦しんでほしくないし、その苦しみを人に伝えてほしくない。だって魔女は……」

「アリスの中のドルミーレが原因、だから? それに、責任を感じちゃってるんだね」


 歯を食いしばるわたしに、アリアはやさしくそう言った。

 ふんわりとわたしの後ろに腕を回して、ぎゅうっと抱き寄せてくれる。


 わたしはアリアの胸に頭を乗せながら、気持ちをポツリとこぼした。


「『魔女ウィルス』の原因は、わたしの中にある。魔女のみんなが苦しんでるのは、魔女のせいでみんなが苦しんでるのは、わたしのせいなんだ……」

「そんなこと……そんなことないよ。『魔女ウィルス』は大昔からあるんだから、アリスのせいなんかじゃない。確かにアリスの中にはドルミーレがいるかもしれないけど、アリスはその力でこの国のためにいっぱいがんばってきたでしょ? 悪いことなんて、何にもないよ」


 まるで赤ちゃんをあやすみたいに、アリアの手がわたしの頭をポンポンとなでる。

 優しい声で、とっても年上のお姉さんみたいに。

 まるでお母さんに抱きしめられてるみたいに、安心する。


「でも、知らんぷりはできないよ。わたしは『始まりの魔女』を『かくまったる』みたいなものなんだから。それに、レジスタンス活動が活発になったのも、わたしのせいだし……」

「……そんなに、自分を責めないで。アリスはアリス。その力もドルミーレも、何にも関係ないよ。アリスはわたしたちの大切な友達で、みんなの大切なお姫様なんだから」

「…………うん」


 わたしとドルミーレは関係ない。でも、わたしがこの国のお姫様になったのは、『始まりの力』を持っているからだ。

 この力がなかったら旅を続けては来られなかったし、女王様を倒せなかったし、魔法使いに必要とされなかった。

 そう考えると、関係がないなんて、そんなことは思えない。


 それに、これは他のだれにもわかることじゃないけれど。

 自分の心の中にあの人がいることを、わたしはいやってほど感じているんだ。


 わたしの顔が晴れないせいか、アリアは両腕を使ってわたしをむぎゅっと抱きしめてくれた。

 それだけでも心はだいぶ楽になる。問題は解決しなくても、やさしい温もりが気持ちをやわらげてくれる。

 だからわたしはめいっぱい甘えて、体を小さくしてアリアの腕の中におさまった。


「かわいそうに、アリス……。つらいね、くるしいね、こわいね。わたしが、代わってあげられたらいいんだけど……」

「ううん、大丈夫だよ。アリアが、二人がいてくれるもん。だから平気だよ……」

「…………」


 わたしは一人じゃない。どこにいたって『こどく』じゃない。

 それを知ってるから、わたしはまだなんとかがんばれる。


 だからわたしは、アリアの腕の中で甘えながらも大丈夫だよってニッコリ笑った。

 そんなわたしにアリアも普通に笑い返してくれたけど、その目はすこし悲しそうにゆれていた。


「わたしが、アリスを守るから。あなたの心を守るためならわたしは…………なんだってするよ」


 わたしのことをよしよししてくれながら、アリアはそう、小さくつぶやいた。

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