76 お花畑と城と剣10

「あれ……この剣、黒くなかったっけ」

「あぁ。お前がイスから引っこ抜いて倒れそうになった時、スーッと白に変わったんだよ」


 わたしがポツリと声に出すと、レオが不思議そうな顔をしながら答えてくれた。

 さっきまでは墨で塗りつぶしたみたいに真っ黒だったのに、今は雪みたいに真っ白だ。

 剣そのものは変わってないみたいだけど、でも『せいはんたい』の色になってるから、なんだか変な感じがする。


 でもさっきまでの真っ黒な時とはぜんぜんちがって、とってもキレイだった。

 積もったばっかりの雪を見ているみたいに、キラキラ透き通った白い剣。

 武器というよりは、何かの芸術品みたいだなと思った。


「それが、その剣本来の姿なんだよ。何物にも侵されない純粋無垢の剣だったのさ。それがドルミーレの心臓を穿った時、彼女の呪いで黒く変色して、ずっとそのままだったけど。もしかしたらアリスちゃん自身の心が反映されたのかもね。君の純粋な心が、悪しき魔女の呪いに染まった剣を浄化したのかもしれないねぇ」

「わ、わたしの心!? えぇ、別にわたしそんな……」


 夜子さんがすぐにそう教えてくれて、なんだか恥ずかしくなった。

 もしこれがわたしの心を映していたんだとしたら、自分でキレイだなって思ったってことで。

 それはなんだか、ナルシストさんみたいなんだもん。口に出してなくてよかった……。


 ただ夜子さんはそんなわたしの考えはお見通しだったのか、いつもよりもニヤニヤしながらわたしを見た。

 でも特にそのことには突っ込まないで、わたしの手の剣に目を向けた。


「その剣の名は、『真理のつるぎ』。かつてドルミーレが創り出し、英雄が邪悪な魔女を打ち滅ぼした剣。救国の証であり、だがしかし本来のそれは、絶対的な真理の結晶だ」

「真理の……つるぎ……」


 そういえば、ドルミーレがそんなことを言っていた気がする。

 元々は何かを助けるためのものじゃなかったって。

『こんとん』に『たいこう』するためには……とか、なんだかむずかしいことを言ってた気がする。


「あらゆる論理を一つの真理の元に両断する絶対の剣。あらゆる問いかけの答え。唯一無二の真実を示す剣。歪みを正し、あるべき姿へといざなう真理という概念の結晶。それはそういう概念武装。真理が形を作り、振り下ろすもの全てに真理を下す。それはそういう力を持った武器なのさ」

「えーっと……もう少しわかりやすく……」


 かしこまった言葉を次から次へと並び立てられて、頭がパンクしそうだった。

 頭を抱えながらお願いをすると、夜子さんは仕方ないなぁって顔でわざとらしくため息をつく。

 わたしが悪いんじゃなくて、イジワルしてむずかしい言い方をしてくる夜子さんが悪いんだと思うんだけどなぁ。


「端的に言うと、その剣はあらゆる魔法を無効化して、斬り払う力を持っているんだ。『まほうつかいの国』において、それは絶大な効果を発揮すること間違いなしだ。だって、どいつもこいつも魔法を使うからね」

「魔法を『むこうか』!? 消しちゃうってこと!? そんなことができるの?」

「あぁできるさ。その剣は、不条理と混沌を正す為に作られた剣だ。世界に働きかけ、本来起こるべくもなかった現象を引き起こす魔法も、真理の前では掻き消えるのさ」

「よくわかんないけど、でもすっごいってことはわかったよ!」


 とりあえず返事をして、わたしは剣を『かかげて』まじまじと見た。

 さっきぽから柄まで真っ白な剣。うっすらともようが見えるけど、とってもシンプルな剣。

 立ててみるとわたしの胸くらいまであるけど、でも持ってみるとぜんぜん重くなくて、子供のわたしでも軽々持てちゃう。


 にぎっていると何だか手になじむし、昔からずっと持ってたみたいな、そんな風な気持ちになる。

 この剣はわたしのためにあって、ずっとずっとわたしのものだったみたいな、そんな感じ。

 どうやってこの剣を構えて、どうやってこの剣を振って、どういう風に使えば良いのか、なんとなく体が知ってるみたいな気がした。


「そうだアリス。お前肝心なこと忘れてるぞ」


 しばらくわたしがジーっと剣を眺めていた時、レオがポツリと言った。


「お前、女王様と戦うってのはいいんだけどよ。そもそもお前は自分ちに帰ろうとして、元の世界に帰ろうとして、その手がかりを探してここに来たんだろう? それはどうすんだ?」

「あ! す、すっかり忘れてたよ!」


 本当に今はすっかり忘れてて、思わず大きな声を出しちゃった。

 ドルミーレの力のこととか、この剣のこととか、友達のこととか。

 目の前のことで頭がいっぱいで、そもそもの目的を忘れてた。


「そうだよ、わたしおうちに帰らなきゃ……。でも、レオとアリアのことは放っておけないし……あ! そうだ夜子さん! 夜子さん、ここにわたしのおうちがあるって言ってたよね? でも、ここにはこのお城以外何にもなかったよ!?」

「うん? まぁそうだねぇ」


 そもそも夜子さんに西のお花畑に行くように言われてことを思い出して、わたしはあわてて食らいついた。

 その言葉を信じて、いろんな大変な目にあいながらここまで来たんだもん。

 たしかにここにはこのお城があって、わたしの力とかに関係してたけど、でもわたしのおうちはこんなところにはなかった。


 問い詰めるように聞くと、夜子さんはケロッとした顔でうなずいた。


「ここはかつてドルミーレが閉じこもっていた領域内の城。いわば彼女の家さ。なら、君にとっても『君のおうち』だろう?」

「そんなのめちゃくちゃだよー! 『へりくつ』だよー! もぅ、信じてここまで来たのにー!」

「別に嘘を言ったつもりはないんだけどなぁ。ここで、君にとって必要なものが得られたのは本当だったじゃないか」


 夜子さんはぜんぜん悪びれないで、カラカラとのんきに笑った。

 ひどい。ひどすぎる。ここに来ても帰れないんだったら、もしかしたらもっと簡単に帰れる方法があったかもしれない……。


 でも、ここに来ようとして『魔女の森』を飛び出さなかったら、レオとアリアには会えなかったし。

 二人と冒険してなかったら、他にもいろんな人たちにも会えなかったし。

 だから無駄だとは思わないけど、でもやっぱりひどいよ。


 わたしがすこしうらみがましい目を向けても、夜子さんはどこ吹く風でのんきな顔。

 なんだか、夜子さんに対して怒ったりふてくされててもしょーがない気になってきた。


「……まぁ、今すぐ帰れないんだったら、しょーがないよ。早く帰りたいけど、でもまだいつ帰れるかもわからないし。今は、この国を平和にしたいってことを考えるよ!」

「……アリス、大丈夫? 無理してない?」

「大丈夫大丈夫。ちょっぴり残念だったけどさ。でもよく考えてみたら、帰っちゃったら二人とバイバイしなきゃだし。もう一回こっちに来ようとしたって、また時間かかっちゃうかもしれないし。これでよかったんだよ。わたし、もっと二人といたいからさ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。あんまり無理しないでね」


 アリアはそう言って、わたしの頭をポンポンとなでてくれた。

 それからぎゅっと抱きしめてくれたから、ショックだったわたしの気持ちはとっても楽になった。


 わたしもぎゅっと抱きしめ返してたから、二人の顔をよく見た。


「せっかくここまで連れてきてくれたのに、空振りでごめん。でもわたし、まだ二人と一緒にいられてうれしいから。これからも大変だけど、あらためてよろしく」


 わたしの言葉に、二人はにっこり笑ってうなずいてくれた。

 その優しくて頼もしい笑顔が、わたしは大好きだ。

 だから、まだ二人といられるのはとってもうれしい。


 けど帰れないのは、本当にさみしい。

 元の世界においてきた、お母さんや友達に早く会いたい。

 心でつながってるってわかってても、それでも直接会ってしゃべりたいって思っちゃう。


 でも、まだ帰れないんだったら、今できることをしないと。

 今、レオとアリアと一緒にいられることを幸せに思って、ここにいる友達を助けられることを考えよう。


 今までの冒険なんかよりも、よっぽど大変なことがこれからあるかもしれない。

 ドルミーレの力が使えるようになって、この『真理のつるぎ』を手に取って、女王様と戦うって決めた。


 夜子さんは、運命だとか宿命だとかいろいろ言ってたけど。

 今のわたしにはそんなこと知らないし、自分がみんなを守りたいって気持ちがあるから戦うんだ。

 もしわたしがそう思うことが運命や宿命なんだとしたら、何の問題もないよ。

 わたしは、自分がしたいことをするだけなんだから。


 友達に笑っていてほしい。悲しい思いをしたり、苦しいことがあったりしてほしくない。

 それは、とっても当たり前の気持ち。力とか運命がなくたって、わたしはそう思う。

 だから、この世界で出会ったたくさんの友達のために、わたしは戦うんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る