75 お花畑と城と剣9
「大それたことを決めたねぇ、アリスちゃん」
三人で手をにぎり合う私たちを見下ろしながら、夜子さんは相変わらずののんきな声で言った。
イスのひじおきに座って足を組んで、いつものニヤニヤ顔を浮かべている。
「女王を倒してこの国を、友達を救う、か。いやはや、本当に君は彼女とは違う選択をする。いや、案外そうでもないのかなぁ」
夜子さんはそう言って、一人楽しそうにクツクツと笑った。
それからどこか遠い目をしながら、わたしのことをまじまじと見てくる。
「見るに、眠っていた力は一定量開花したようだけれど、彼女そのものは起き上がってこなかったみたいだね。彼女のことだから刺激されたら癇癪を起こすんじゃないかと思っていたけれど、私の見立て違いだったか。まぁ、いいことかな」
「ドルミーレとは、おしゃべりしたよ。でも、勝手にしなさいって言ってねむちゃったの」
「そう、か。さすがの彼女も、これくらいのことじゃそうそう重い腰をあげないか。それ程までに、この世界に絶望してるってことなのかな……」
夜子さんはひとりごとみたいにそうつぶやいて、なんだかとってもさみしそうな顔をした。
でもすぐにケロッといつものゆるい笑顔に戻って、わたしのことを余裕の顔で見下ろしくてくる。
わたしには夜子さんが何を考えているのかさっぱりわからなくて。
だからポカンとしながらその顔を見上げることしかできなかった。
「まぁいいさ。結果として君は、今までよりもその力を使いこなせるようになったわけだしね。ただ、その力を本格的に使っていくのなら、覚えておかなきゃいけないことがある」
「これが、ドルミーレの力だってこと?」
「その通り。察しがいいねぇ」
わたしが思いつきで答えると、夜子さんはうれしそうに笑った。
「君の中にあるその力は、ドルミーレが持っていた力。ドルミーレそのものの力。その存在を知っているものは、『始まりの力』と呼ぶものさ。かつて彼女が『魔女』と呼ばれるようになった所以であり、人々に忌み嫌われ、討伐された原因となる力。君が持っているのは、そういう力なのさ」
「この力を持っていたら、アリスの命が狙われるって、そういうことッスか……?」
「そうとも限らないけれど、その可能性もあるね」
おっかなびっくり聞いたレオに、夜子さんは眉毛を上げて答えた。
何ともハッキリしない言い方に、レオはびみょーな顔をして、わたしの手をにぎる力を強めた。
「ドルミーレの存在自体、今のこの国で知る者は限りなく少ない。だからその力を持っているからと言って敵視されることはないだろうさ。けれど、その力の強大さは魔法に通ずる者なら誰だって感づく。魔法使いはその力に、魔法の根源たる底知れなさを感じるはずだ。そして魔女ならば、その力に始まりたる彼女の存在を感じるだろう」
「それは、つまりどういうことですか?」
「その力を感じ取った者は、アリスちゃんを、『始まりの力』を求めるようになるかもしれない。何せ魔法のルーツ、『魔女ウィルス』のルーツ。この国の土台のルーツだからね。二千年前の焼き回しにならなくても、その力を巡った大立ち回りになる可能性は、ある」
ハッと、レオとアリアが息を飲んだ。
わたしはことの重大さがいまいちわからなくて、みんなの顔をじゅんぐり見回した。
そんなわたしを見て、夜子さんはハの字の眉毛でゆるめに笑う。
「まぁ簡単に言えば、君の力を求める人間が多く現れるだろうってことさ。けれどやっぱり、それはこの国が歴史の闇に葬った『始まりの魔女』の力だ。それを快く思わず、君の命を狙う者もいるかもしれない。その力を抱くということは、そいうことなのさ。ドルミーレの力はこの国を大きく騒がし、そして歴史に多大なる影響を与えた力。アリスちゃんがその力を使っていくのなら、その運命を背負って歩かないといけないのさ」
「なる、ほど……?」
妖精さんたちがわたしの中にある『始まりの力』を必要としていたみたいに、魔法使いや魔女もそうってことなのかな。
大昔ドルミーレのことを、その力のせいで嫌って退治したのに、なんだか都合がいい気もするけれど。
でも、それだけわたしの中にあるこの力はすごいって、そういうことなんだ。
今まではその場その場で、勢いに任せて無意識に使ってきたけど。
でも心の中にドルミーレの『そんざい』を感じられるようになった今、ある程度思うように使えるようになったはず。
だからわたしは、もっと自分の力に『せきにん』を持たなきゃいけないんだ。
それをどうしたらいいのかは、まだわからないけど……。
「まぁそんな気負う必要はないよ。君のやりたいようにやりなさい。今は君の力なんだから、君の思うように使えばいい。その力を使ってこの国を救いたいというのなら、そうすればいいのさ。この国に平和をもたらしたいというのなら、確かにその力で女王を倒すのが一番シンプルだ」
「夜子さんは、その……止めないの? たしか夜子さんって、女王様と知り合いみたいだったよね?」
「あぁ、別に止めやしないさ。私は別に彼女に対して義理立てするものはないからね。王族特務っていう立場も、まぁ惰性でやっているようなものだから。現行の王政を壊したいという君を、止める理由が私にはない」
「そうなんだ……」
やっぱり夜子さんは何を考えてるのかぜんぜんわからない。
女王様にとっても気軽に話かけてたから、もしかしら仲良いのかななんて思ってたけど。
でも確か、あの時女王様は夜子さんのことも殺しちゃおうとしてたし……。
うーんよくわからない。
夜子さんはそのことについてあんまり話す気はないみたいだし、考えてもしょーがないかもしれない。
「ドルミーレの力を抱いた君が、かつてドルミーレを滅した剣を持って、英雄の末裔である女王を討つ。中々皮肉がきいてて良いね。そしてそれが救国を成すことになるとすれば、その剣を持つ者にとってふさわしい行いだ」
夜子さんはそう言ってのんびりと笑う。わたしはそれに何てこたえていいかわからなかった。
だってわたしはしょうじき、今になってもまだ運命だとか宿命だとか、そんなことはよくわからないから。
ドルミーレの力を持っていることだとか、この剣を手にとったことだとか。
そこに何の意味があって、それで何が変わるのか、わたしにはぜんぜん自覚が持てなかった。
でも、わたしが友達を救いたいって気持ちは本物だから。
そのためにこの力と剣が必要なら、わたしはそれを使って頑張るだけ。
わたしには大昔のこととか、それに関係のあるいろいろなことなんてわからないから。
だからわたしは、自分がやりたいこと、するべきだって思うことをやるんだ。
そう思って、夜子さんから目を下ろして、手ににぎっている剣に目を向けた時、気付いた。
イスに突き刺さっていた真っ黒な剣は、いつの間にか『たいしょうてき』な真っ白い剣になっていたのです。
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