63 妖精の喧嘩と始まりの力14

 頭がまっしろになった。

 時間が止まって、音が止まって、世界が止まったみたいだった。


 赤い線がピュンとふってきて、レオの肩を通り抜けて。

 レオがあげた悲鳴がぼんやりと耳にひびいて、肩から飛び散った赤い血の色も、なんだか『あいまい』に見えた。


 でも。それでも。

 悲しい気持ちで胸がいっぱいになってしょーがなかった。

 レオがケガをした。とっても痛がってる。血が出てる。


 目の前のことをちゃんと理解できなくて、わけがわからなくなりそうで。

 でも、レオが苦しんでることがとっても、とってもとっても悲しかった。


「レオ!!!」


 アリアの『かんだかい』声がする。

 わたしを放して、泣き叫びながらレオに駆け寄った。

 ジワジワと血があふれる肩を押さえながら、レオはその場にうずくまっていて。

 そんなレオと、駆け寄るアリアの背中を見ながら、頭がまっしろになったわたしは、動けなくなっちゃった。


 わたしを守ろうとして、レオがケガをしちゃった。

 わたしの大切な友達が、血をたくさん流して苦しんでる。

 わたしが、もっとしっかりしてれば、こんなことにならなかったのかもしれない。


 そう思えば思うほど、心はぐちゃぐちゃになって、頭はぐるぐる空回りする。

 悲しさで心がいっぱいになって、でも涙は出てこない。

 泣くのなんて通り越して、わたしはただただショックだった。


 わたしにはすごい力があるらしいのに。

 でもわたしは何にもできなくて。

 助けてもらってばっかりで、それで友達が苦しんでる。


 そんなのいやだ。

 わたしに、友達を守る力があれば────


『うるさいわ。また、うるさい』


 まっしろな頭で、悲しい心でそう思った時。

 頭の中で声がひびいた。


 前に聞いたことのある、静かで重い、つめたい声。


『力が必要なら使えばいいじゃない。他人に自身のものを侵されて、心を乱すなんて下らない。敵がいるなら排除すればいい。害するものがいるなら蹴散らせばいい。後手に回っているから傷付くのよ』


 とってもつめたくて、なげやりな言葉。

 やさしさなんてぜんぜんなくて、とってもぶっきらぼう。

 聞いてるだけでゾクゾクふるえそうな、そんな声。


『うるさいの。騒がしいの。そのざわめきが響いてくる。私の眠りの、夢の邪魔をしないで』


 わたしの心をいっぱいにしている悲しい気持ちが、さらにぶくぶくとふくれあがった。

 胸が『はりさけ』そうなほど、悲しくてつらい気持ちが増えていく。


 そんな中で、その声がわたしの心にグワンとひびいて、気持ちをズシンと暗くした。

 なんでわたしは、こんな気持ちになってるんだろう。

 なんでわたしが、こんな悲しい気持ちにならなきゃいけないんだろう。

 なんで、わたしの友達が傷付かなきゃいけないんだろう。


 そう考えると、『こうずい』のようにあふれていた悲しい気持ちが、どんどんと重くなっていった。

 こんな悲しい気持ちにさせたのはだれ? レオにケガをさせたのはだれ?

 力があれば、わたしに力があれば。わたしが力を使えれば。


 わたしが『敵』を倒していれば、こんなことにはならなかったんだ。

 わたしたちを邪魔するヒトたちを、わたしたちを傷付けようとするヒトたちを。

 わたしがぜんぶ、『この力』で倒していれば、わたしはこんな気持ちにならなくてよかった。


 そうだ。ぜんぶぜんぶ、邪魔なものはわたしが『この力』でふきとばしちゃえばいいんだ。

 そうすればわたしは悲しい気持ちにもならなくて、だれも傷付かなくて、それで、それで………………。


 それで……?


 それでわたしはどうしたいんだろう。

 悲しい気持ちでいっぱいで、よくわかんない。

 ただただ悲しくて、それが嫌だって気持ちでいっぱいで。


 わたし、どうしてここにいるんだっけ。

 わたしは、何をしようとして────────


『────アリスちゃん────』


 悲しい気持ちが黒い気持ちになって、それでいっぱいになったわたしの頭の中に、とっても透き通った声がひびいた。

 さっきまでのつめたい声じゃなくて、とってもキレイな気持ちのいい声。

 わたしは、この声を知ってる。


『わたし、ずっと待ってるから────アリスちゃんが、帰ってくるのを、待ってるから────だから、見失わないで────道を……自分の、道を────』


 黒い気持ちでいっぱいになった心と頭の中に、すーっと光が差し込んできた。

 とてもキレイで、クリアな光が声と一緒にわたしのこころにストンとふってきて、モヤモヤした頭をスッキリさせていく。


『飲み込まれないで────自分の気持ちを、忘れないで────アリスちゃんはただ、守りたいだけの、はずだから────わたしは、アリスちゃんのその優しさを、知ってる────』


 この声は、だれの声だっけ。

 とってもよく知ってる、わたしの大好きな人の声。

 心にじんわりとしみわたる、とっても気持ちのいい声。


 その声が、黒い気持ちを押しのけてわたしに教えてくれる。

 さっきの冷たい声がわたしの悲しさを黒くしていったけれど、この優しい声がそれをはらってくれた。


 その声に耳をすますと、わたしの心はどんどん落ち着いてきた。

 悲しいけど、苦しくてつらいけど。それでも、なにもかもふきとばしちゃえばいいなんて、そんな乱暴な気持ちはどっかにいった。


『────わたしは、ずっとまってる、から────アリスちゃんが、帰ってくるのを────だから、アリスちゃんの道を、まちがえないで────』


 わたしの道。それってなんだろう。

 よくわかんないけど。でも、邪魔なものをぜんぶ壊しちゃえなんて、そんな乱暴なことは、わたしのしたいことじゃない。

 わたしは、ただみんなで楽しくいたい。友達に笑っていてほしいんだ。


 なら、わたしがすることは『敵』を倒すことじゃなくて。

 友達を、友達の笑顔を守ること────


『────わたし、アリスちゃんのこと信じてるから────アリスちゃんなら、大事なもの、見失わない────約束も、ちゃんと守ってくれるって────だからわたしは、この繋がりを信じて────待ってるから────』

「────あられ、ちゃん────!?」


 急にストンと、その名前がふってきた。

 そしてそれに気がついた時、この声があられちゃんの声だって、そう思えて信じられた。

 理由なんてわからないけど、でもそうだってわかったんだ。


 あられちゃんが、わたしを呼んでる。


 あの冷たい声と、そこからきた黒い気持ちから、あられちゃんの声がわたしを守ってくれたんだ。

 何でかなんて、そんなことわからないけれど。でも今この心に、つよくあられちゃんを感じるから。


 とおくはなれているはずなのに、すぐそばにいるみたいにあられちゃんを感じる。

 わたしの大好きなお友達。わたしのことを信じてずっと待ってくれているあられちゃん。

 その心を、わたしの心がつよく感じてる。


『────アリスちゃんが帰ってこられるように────わたしが、守るから────』

「ありがとうあられちゃん。わたし、ぜったい帰るから。だから、そのためにわたしに力を貸して────!」


 心がジワっと熱くなる。

 何回か感じたことのある、力がわきあがってくる感覚。

 でもいつもとちょっとちがって、熱さと一緒に優しさが伝わってきた。

 これはきっと、あられちゃんの気持ちなんだ。


 黒い気持ちは『かんぜん』にふきとんで、悲しい気持ちでいっぱいだった心が、熱さと一緒にくっきりしていく。

 そこでやっと、まっしろだった頭がはっきりしてきて、目の前のことが帰ってきた。


 肩を押さえてうずくまるレオ。泣きながらレオにすがりついてるアリア。

 空には燃えながら浮かんでるチャッカさんがいて、またとっても大きな炎をなげ落とそうとしていた。


 あの冷たい声は言ってた。

 敵は『はいじょ』すればいい。やられてばっかりだから傷付くんだって。

 そうかも、しれない。


 でもあられちゃんが気付かせてくれた。

 わたしは、守りたいだけなんだ。

 友達を守って、みんなで笑顔でいて、大好きな人のところに帰りたいだけなんだ。


 それにチャッカさんは、別に敵なんかじゃない。

 なら、わたしがしなきゃいけないことは────


 チャッカさんが大きな炎を下に向かって投げた。

 動けないレオと、泣いているアリア。

 ソルベちゃんはおびえて悲鳴を上げてる。


 わたしが、みんなを守るんだ。


 そうつよく思った、その時。

 とても冷たくて透き通った力がわたしの胸から、心の奥底から突き抜けた。


 そして、わたしたちの前に大きな大きな氷の盾が、まるでお花のように咲いて立ちふさがる。

 それは、ふってきた大きな炎の塊からしっかりとわたしたちを守ってくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る