62 妖精の喧嘩と始まりの力13

 はなれていても強く感じる熱さに、ソルベちゃんが悲鳴を上げた。

 わたしたち人間でもジリジリと熱さを感じるんだから、氷の妖精にとってはたまったものじゃないんだ。


「ご、ごめんみんな。さっきはあんなこと言ったけど……でも、お願い。助けて……!」

「もちろんだよ! ソルベちゃんのことは、わたしたちが守る!」


 わたしたちの背中にかくれてるソルベちゃんは、泣きそうな声で言った。

 謝る必要なんてない。友達を守るのは当たり前のことだよ。


 ふってくる炎をみんなの力でふり払うのとはぜんぜんちがう。

 氷の妖精一人で、ああやってボウボウ燃えてる炎の妖精の相手をするのはきっととっても大変だから。

 友達のわたしたちが守ってあげなくちゃ。


「ねぇチャッカさん! そんなに熱く燃えたら、氷の妖精さんたちが困っちゃうんだよ! なんとか、ケンカしない方法はないの?」

「そんなこと構ってられる余裕はねーんだよ。放っときゃオレらはそのうち消えちまうんだからな! 穏便に済ませたいってんなら、お前がオレたちのところに来ればいい」

「わたし!?」


 まずはお話が合いができないかなと叫んでみると、チャッカさんは勢いよく燃えながら乱暴にそう言った。

 さっきも、わたしがこっちにいるからなんとかって言ってたけど、妖精の問題なにか関係があるのかな。


「なんだか知らねーが、お前はドルミーレの力を持ってるみてーじゃねーか。その力をオレらのために使ってくれりゃどうにでもなる。氷の妖精ばっか贔屓してねーで、オレらにも力を貸せよ」

「そ、そんなこと言われても……」


 そもそもわたしはまだ自分の力のことをよくわかってないし、だから氷の妖精にも何にもしてあげられてない。

 でもチャッカさんの言っている通りだったら、わたしの力があれば妖精さんたちは暮らしやすくなるのかな。


「できるなら、してあげたいけど……! でもわたし、まだ力の使い方がわからないから。だから……」

「はん! そう言うと思ったぜ! どうせ口裏合わせてんだろーが。いいさ、お前にその気がないなら、力尽くで引っ張ってってやるよ!」


 わたしの話をぜんぜん聞いてくれないチャッカさんは、そう叫ぶと力任せに腕をブンッとふった。

 すると体でメラメラ燃えていた炎が、そのままぶわっと下に向けて飛んできた。

 わたしたちのことなんて軽く飲み込んじゃいそうな、大きな火の塊が落ちてくる。


「ざけんじゃねぇ!」


 わたしたちよりも前に出ていたレオが、怒鳴りながらさらに身を乗り出した。

 ふってくる炎に向けて手を伸ばして、そこから火炎放射みたいな炎をゴウゴウと出す。


 レオが出した炎と、チャッカさんが落としてきた炎の塊がぶつかって、熱さと熱さがぶつかった。

 二つの炎はぶつかって混ざり合って、その勢いではじけて消えてしまった。

 ものすごく熱い風だけがボワンと下まで落ちてくる。


 アリアがあわててわたしたちの周りにバリアみたいのを出してくれて、その火傷しそうな熱い風は降りかかってこなかった。

 二つの炎がはじけて晴れた先で、チャッカさんがイライラした顔でわたしたちを見下ろす。


「魔法使いのガキか。そうやって自分たちだけ色々抱き込みやがって。お前らだって自分たちがよければそれでいいんじゃねぇか! 他所から逃げてきた炎の妖精オレたちのことなんか、どーでもいいんだろ!」

「ご、誤解だよ! みんなは今日たまたま知り合っただけなんだってば! 僕らは君らと争いたくなんてないんだ! ただ僕らは、あんまり熱くされたら困っちゃうってだけで……」


 チャッカさんはとっても怒っていて、ソルベちゃんの言うことを聞く気はぜんぜんないみたいだった。

 目の前のことしか見えてないっていうか、自分たちが生き残ることしか考えてないというか。


 そもそも、女王様に自分たちの居場所を追い出されちゃったことが、チャッカさんはいやでしょーがないんだ。

 その『ふまん』でずっとおこってて、その気持ちを居場所がある氷の妖精たちにぶつけてる。

 そんな時、理由はよくわからないけど、わたしたちが氷の妖精の味方をしているように見えて、さらにおこっちゃったんだ。


 すこしでもちゃんとお話ができれば、わかってもらえるはずなのに。

 氷の妖精は何にも悪くないし、炎の妖精にひどいことをしようとも思ってない。

 悪いのは、ひどいのはぜんぶ女王様で、妖精さん同士はもっと仲良くできるはずなんだって。


 でも今はとにかくおこってて、話は聞こえてないし周りが見えてない。

 どうしたらわかってもらえて、ケンカしないでいられるんだろう。


「チャッカさん! お話をしようよ。そうすればきっと、何かいい方法があるはずだよ。氷の妖精も炎の妖精も、どっちにもいい方法が見つかるよ! このままケンカしてても悲しいだけだよ!」

「オレたちは相反する属性だ。そもそも共存なんてできねぇんだ! こうなっちまったら、どっちが生き残るか、それだけだ!」


 チャッカさんはそう言って、また炎を落としてきた。

 今度はいくつもドンドンと、炎をボンボン落としてくる。

 さっきと同じようにレオが炎を出して打ち消してくれるけど、さっきよりも量が多くて大変そうだった。


 歯をガリッとかみながら、レオが必死に炎で壁を作ってわたしたちを守ってくれる。

 でも、いつまでもはもちそうじゃなかった。

 汗をダラダラかくレオの顔がドンドンとつらそうになってく。


「お前は退がってろ、アリス!」


 わたしも、わたしもレオの力になりたい。

 そう思って身を乗り出そうとした時、レオがしぼり出すようにそう叫んだ。

 上からふってくる炎を見上げたまま、歯を食いしばりながら。


「魔女の……『始まりの魔女』の力なんて使わなくていい。お前は、オレが守る……!」

「で、でも────」

「いいから! 言うこと聞いて大人しくしてろ!」


 レオはガンと強くそう言うと、炎を出すのをやめて腕を大きく広げた。

 すると、レオの周りにしずくがぎゅんぎゅんと集まって大きな水の塊になった。

 チャッカさんの炎で解けた、氷の木の水がレオの前に集まってる。


 レオはそれをすぐに上に向かって飛ばして、降ってくる炎をぜんぶ消した。

 水が一気に『じょうはつ』して、白いモヤモヤがぶわーっと広がる。


「レオはね、アリスが心配なんだよ」


 頭の上を真っ白に埋めつくしたモヤモヤを見上げながら、アリアはポツリと言った。

 わたしの腕をぎゅっとにぎって、ぜったいにはなさないようにしながら。


「『始まりの魔女』の力っていうのもあるけど。アリスが力を使って、よくないことが起きないようにしたいんだよ。言い方は乱暴だけどさ。レオなりの優しさだよ」

「う、うん。わかってるよ。レオは、いつでも優しいもん」


 口が悪かったりぶっきらぼうだったりするけど、でもレオはいつだってわたしを守ってくれる。

 でも、だからこそわたしは、そんなレオのことを守りたいって思うんだ。


 わたしのためにがんばって前に出てくれるレオを、わたしも守りたいって。


 炎と水がぶつかってできたモヤモヤがゆっくりと晴れていく。

 その向こう側にいるチャッカさんの赤い姿がボンヤリと見えてきた。そんな時だった。


 細い糸みたいな炎がストンとまっすぐふってきて、それがレオの左肩をつらぬいた。

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