61 妖精の喧嘩と始まりの力12

「ま、またぁ!?」


 ものすごい音に飛び上がりながら、わたしはあわてて湖の向こうの山を見た。

 ウソみたいにメラメラとずっと燃え続けてる山のてっぺんから、また炎の塊が噴き出していた。


 隕石でもふってくるみたいに、大きな炎が湖に、村に落ちようとしてる。

 あんなものが氷と雪の村に落ちたら、全部とけてなくなっちゃう!


 そう思うと心臓がキュッとなって、体中がヒヤッとなる。

 けど、炎の塊が村に落ちる前に、村の中から青い光がぶわーっとわきだしてバリアのようなものを作った。

 それがなんとか炎の塊から村を守ったけど、すごくギリギリな感じに見えた。


「た、大変だ! みんなのところに戻らないと!」


 ソルベちゃんは大きな声を出して飛び上がる。

 元々青い顔をさらに青くして、わなわなとふるえていた。


「また炎の妖精の襲撃か。オレらも何か手伝うぜ?」

「ありがとう。でも大丈夫。これは僕ら妖精の問題だから。君たちはここから早く離れた方がいいよ」


 わたしとアリアを背中にかばいながらレオが言ったけれど、ソルベちゃんは首を横にふった。


「ここは危ないからね。今まではなんとか凌いできたけど、いつまでもそうできるかわからない。せっかくできた友達を、僕らの理由で危ない目に合わせられないよ」

「で、でも……! 友達だからこそわたし、ソルベちゃんのこと助けたいよ!」


 落ち着いた感じで『れいせい』に言うソルベちゃんに、わたしは『はんろん』した。

 でもソルベちゃんニッコリと笑って、わたしの目の前にスーッと羽ばたいて近づいて来る。


 山がまたドカンと音を上げて炎をまき散らす。


「ありがとう。でもこれは僕ら妖精の喧嘩だからね。妖精の問題は、妖精が解決しないと。大丈夫、心配しないで」

「でも……ソルベちゃん……!」


 わたしはがんばって呼び止めようとしたけど、ソルベちゃんはニコリと笑ってその青くてキレイな羽を広げた。

 妖精さんの問題って言うけど、でもそもそも女王様がひどいことをしたのがいけなくて、妖精さんたちは何も悪くないのに。


 ソルベちゃんはわたしたちに心配をかけないようにニコニコ笑顔のまま、大きく伸ばした羽を力強く羽ばたかせて高く飛び上がった。

 キラキラと青い光をまき散らしながら、ソルベちゃんはわたしたちに手をふる。


「みんな元気でね。また遊びに来てよ。その時までには、この問題を何とかしておくからさ〜」


 そう一方的に言って、ソルベちゃんが湖の村に向けて飛んで行こうとした、その時。

 お山のてっぺんから吹き出した炎が一つ、こっちに向かって勢いよく飛んできた。


 わたしたちに向けて、空に浮かんでいるソルベちゃんに向かって『いっちょくせん』に飛んでくる炎。

 ソルベちゃんがあわててそれをかわそうとすると、飛んできた炎はソルベちゃんの目の前で急にキキーッと止まった。


 ソルベちゃんと同じくらいの、ヒトの子供くらいの大きさの炎の塊が、空中で火の玉みたいにメラメラ燃えながら止まった。

 それがゆっくりとしぼんでいったかと思うと、炎はいつの間にかヒトの形をしだして、気がつけばそこには赤いヒトが浮かんでいた。


 全身がやんわりと燃えていて、赤い肌をしているヒトだった。

 頭には髪の毛の代わりに炎が燃え上がっていて、とってもこわい顔をしている、『こわおもて』の男の子のような見た目。

 真っ赤な半袖短パンなかっこうで、『よけい』に見た目が真っ赤っかだ。服は燃えないのかな。


 ソルベちゃんのみたいに背中から羽は生えていないけど、あのヒトが炎の妖精なんだってことは見ればわかった。

 燃えながら空中に浮いてるし、なにより全身真っ赤だもん。

 見た感じわたしたちと同じくらいの子供に見えるけど、でも妖精さんだからソルベちゃんと同じくらい長生きしてるのかもしれない。


「う、わ! こっちこないでよ!」


 ソルベちゃんは炎の妖精さんを見ると悲鳴を上げて、あわててびゅーっとわたしたちがいる下まで降りてきた。

 氷の妖精のソルベちゃんにとって、ボウボウ燃えてる炎の妖精さんは『てんてき』なんだ。


 そんなソルベちゃんを見て、炎の妖精は『ふきげん』そうにチッと舌打ちをした。

 不良みたいな、ヤンキーみたいなそんなおっかない感じがする。


「やいやい! いい加減観念してここを退きやがれ! 近くに雪やら氷があったら湿気ってしょーがねぇ!」

「こ、ここは元々僕らが管理を任された土地なんだよ! 君たちの方が後から来たんだから、少しは遠慮してよ! ただでさえ山を奪ったんだから!」


 見下ろしてギャンギャンと叫ぶ炎の妖精。

 すこしドスの効いた感じの、こわい男の子の声。

 なんというか、チンピラみたいなしゃべり方だった。


 そんな炎の妖精の『おうぼう』な言葉に、ソルベちゃんはおっかなびっくり言い返す。

 けれどそれを炎の妖精は鼻で笑い飛ばした。


「管理を任されたも何も、オレらにそれを任せた魔法使いの連中が、オレらを追い出したんだ。今更やつらに任された権利もなにもねーんだよ」

「そ、そうかもしれないけど……! でも、君ら炎の妖精が火を撒き散らしたら、僕ら氷の妖精は解けて消えちゃうんだ。別に君たちを追い出そうとは思ってないんだから、山だけでなんとか我慢してよ。お願いだよ、チャッカ」


 山がボンボンと炎を吐き出すのを見ながら、ソルベちゃんは泣きそうな顔で言った。


 チャッカ。ソルベちゃんは炎の妖精のことをそう呼んだ。それがあのヒトの名前なのかな。

 ソルベちゃんの顔を見下ろすチャッカさんは、ブスッとした顔でため息をついた。


「雪と氷に囲われた山なんて、いつ火が消えちまうかもわからねぇ。オレらが生き残るには、消される前に解かしちまうしかねぇのさ。本国に帰る力も残ってねぇしな。しょーがねぇんだよ、ソルベ」

「そんな! 属性が違うといっても、僕らは同じ妖精なのに! もっと何か良い方法があるはずだよ。だからチャッカ、氷を解かすのは────」

「うるせぇ!」


 チャッカさんがガンと叫んだ。

 それに合わせて体の炎がぶわっと激しく燃え上がって、下のここまで熱さが伝わってくる。

 ソルベちゃんがヒッと悲鳴を上げて後ろにさがってきたから、わたしたちは自分たちの後ろに回り込ませた。


 チャッカさんはそんなわたしたち三人をぐるっと見て、それからわたしのことをジッと見る。

 そしてなんだかとってもイライラした顔で言葉を続けた。


「お前らはいいよな。がついてる。この国の魔法の原初、ドルミーレの力を持ったやつを抱き込んでやがる。そいつに助けてもらえば、いくらでもやりようはあるだろうさ。オレらを追い出すことも、これから先を生き抜いてくことも」

「え、わ、わたし!?」


 急に話にあげられて、わたしはびっくりとひっくり返った声を出しちゃった。

 どうして、今わたしの力の話になるんだろう。


「確かにアリスはドルミーレの力を持ってるけど、でも何にも関係ないよ! だってアリスはまだ力を使いこなせてないんだ。だから何を頼むつもりもない。もちろん、それで君らを追い出そうとも思ってない!」

「んなわけあるか! 騙そうたってそうはいかねぇ! そいつはオレら炎の妖精がもらうぜ。オレらは生き延びるんだ!」


 わたしたちの背中から顔を出して、ソルベちゃんは必死に叫んだけれど、でもその言葉はチャッカさんには届かなかった。

 さむい雪と氷の世界の中で、チャッカさんは真っ赤な体をゴウゴウと燃え上がらせて『おたけび』を上げた。

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