13 魔女の森7

 それからレイくんは、魔法使いと魔女のことについて教えてくれた。

 魔女は『魔女ウィルス』というものに『かんせん』した人がなること。

 それは死を振りまくこわいウィルスで、『かんせん』した魔女を魔法使いの魔女狩りが退治しようとしていること。

 つまり魔法使いと魔女は別物なんだってこと、などなど。


 ずっと空想のものだと思っていた魔法やそれを使う人たち。

 本当に存在したそれは、わたしが思っていたよりもちょっぴりこわかったけれど。

 でもわたしにとってあまりにも『みち』にあふれていたから、わたしはとっても興奮してしまった。


「じゃあレイくんやクロアさんは、魔法使いに狙われてるの?」

「そうなんだ。魔法使いは実力的に劣る僕ら魔女を無差別に狙ってくる。おっかないよまったく」


 不思議が絡んだとっぴょうしのない話にわくわくしたけれど、でも二人が狙われてると思うととっても心配になった。

 けれどレイくんは案外ケロリと、気軽な様子で答えた。


「ただまぁ、この森にいるうちは安全さ。ここには特殊な結界が張られているから、魔法使いはそう易々とは立ち入れないんだ」

「じゃあ、魔女はみんなこの森に逃げてくればいいんじゃないの?」

「それができればいいんだけどね。この森は国の中でも辺境にあるから、辿り着くまでに力尽きてしまう子が多いんだ。悲しいことにね」

「そう、なんだ……」


 魔法が使える代わりに、いつ死んでしまうかわからなくて、さらに魔女狩りに襲われて。

 なんだか、魔女ってとってもかわいそうだと思った。

 何にも悪いことなんてしてないのに、そんな怖いめに合わなきゃいけないなんて。


 ションボリと落ち込んだわたしに、レイくんは優しく微笑んだ。


「だからね、僕はこの理不尽な現実を変えたいと思っているのさ。魔法使いに虐げられている魔女の宿命を変えたい。そのために、アリスちゃんの力を貸してほしいんだ」

「わたしに、何かできるの?」

「できるとも。なんたって、君は特別な女の子だからね」


 レイくんの顔を見つめると、とても気の良い笑顔が返ってくる。

 とっても純粋で、混じり気のない優しい笑み。

 わたしが特別だなんて信じられなかったけれど、でもレイくんが言うなら本当なのかもしれないと、そう思えた。


「……わたし、自分に何かできるなら、したいよ。レイくんやクロアさんのために、何かできるなら。だって二人はもう、わたしの友達だもん……!」

「まぁまぁなんと慈悲深い……! そのお心、とても嬉しく思います」


 わたしが言うと、クロアさん高い声でそう言ってわたしをさらにぎゅっと抱きしめた。

 ちょっぴり苦しかったけれど、でも優しい気持ちが伝わってきてここち良かった。


 クロアさんの腕にうもれるわたしを、レイくんは少しうるんだ目で見つめてくる。


「ありがとうアリスちゃん。こんな僕たちのためにそう言ってくれるなんて、とっても嬉しいよ。君には、何にも関係のないことなのに」

「関係なくなんかないよ! 言ったでしょ? もう友達だもん。友達を助けてるのは、当たり前のことだよ」

「……そうだね。そうだね、ありがとう」


 レイくんはふにゃりと笑って、小さな声でありがとうをくり返した。


「こんなところまで連れてきた僕に、君は本当に優しい。全部、僕のわがままなのに」

「……? わたし、ここに来られて楽しいよ? レイくんとクロアさんのことも好きだし」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどね。僕は最悪、君に恨まれることも覚悟してたよ」

「え、どうして? レイくん、なんにも悪いことしてないよ?」

「……そうだね」


 レイくんはくしゃっとした顔で少し不安そうに笑う。

 わたしにはよくわからなくて首をかしげるしかなかった。


 とにかくレイくんは、きっと今こわくて不安でいっぱいなんだ。

『魔女ウィルス』に『かんせん』した魔女っていうのは、たくさんの死の恐怖があるって言ってたし。

 わたしは、その気持ちを少しでもなくしてあげたいと思った。


「レイくん、大丈夫だよ。わたし、自分に何ができるのかまだよくわかってないけど。でも、約束する。わたし、レイくんやクロアさんのために、困ってる魔女の人たちのために、できることをして助けるって!」

「アリスちゃん…………」


 わたしが手を取って言うと、レイくんは少しポカンとした顔をした。

 でもすぐににっこりとした柔らかい笑顔になって、何度もうんとうなずいた。


「参ったなぁ。アリスちゃん、君は本当に素敵な子だ。ありがとう」


 わたしの手を両手で包み込んで、レイくんはちょっぴり震えた声で言った。

 キリッとしているきれいな顔は、今は少しふやけている。

 その『ちゅうせいてき』な顔のせいか、どこか女の子のような弱々しさを感じる。


 カッコ良くて優しいレイくんも好きだけど、弱いレイくんだって嫌いじゃない。

 友達だもん。レイくんが弱ってる時は、わたしが助けてあげないと。

 わたしにたくさん優しくしてくれたレイくんに、わたしで力になれるんだったら。


「流石は彼女を内包する子────いや、それは君自身の心の強さと魅力か。やっぱり君は、ドルミーレなんて関係ない。アリスちゃんは、アリスちゃんだからこそこんなに素敵なんだね」


 レイくんはふにゃっと笑ってわたしの頭を撫でた。

 クロアさんもその言葉にうなずきながら、わたしのことをきゅっきゅと抱きしめてくる。


「君は、僕ら魔女の希望となり得る。その力は勿論だけれど、その心が僕らの指標になる。きっと僕らは、君が君だからこそ、目的に向かって走れるだろう」

「…………?」


 レイくんのサラサラした手がわたしのほっぺを優しく撫でる。

 レイくんの言っていることは難しくてよくわからないけど、喜んでくれているのは何となくわかった。


「君は僕らのプリンセスだ、アリスちゃん。僕ら魔女にとって、大切なお姫様だ。これから、どうぞよろしく」

「うん……!」


 お姫様なんて言われるのはちょっぴり恥ずかしかったけれど。

 でもレイくんに必要とされるのはうれしくて、わたしは元気よく頷いた。

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