9 あの日々を思って

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「なんだ、ここにいたの」


『ハートの館』、ロード・ホーリー傘下の魔女狩りが集う屋敷の一室。

 その屋内からベランダに顔を出したアリアは、探していた男の背中を見つけてポツリと言った。


 夜が耽った屋外は薄暗い。

 ベランダに面した中庭には外灯の類がないため、屋内からこぼれる明かりだけが彼の姿をぼんやりと照らしていた。


 闇に紛れるような黒いコートに身を包み、レオはベランダの柵にもたれ掛かりながら緩やかに煙草をふかしている。

 その脇にそっと身を寄せたアリアは、彼の真似をして柵に両腕を預けてもたれ掛かった。


「アリス、思い出したね」

「ああ。みたいだな」


 ポツリと言うアリアに、レオはややなおざりに答えた。

 ふぅっと白い煙を闇の空に吹きかけるその瞳は、どこか澄んでいる。


「心が、感じた。あの頃と同じアリスを。私たちが知っているアリスを。あなたもでしょ、レオ」

「あたりめぇだ。すぐにわかった。俺たちの絆が本物だって、証だ」


 二人はお互い、顔を見ない。

 ただ揃って、暗い空を見上げるだけ。

 どこまでも続く、無限の空を。


「思い出したなら、帰って来てくれるかな。私たちのところに、アリスは……」

「そのはずだ、と言いてぇとこだが、正直わかんねぇな。アイツにはアイツの今がある。すぐに飛んで帰ってくるかというと、微妙なとこだな」

「そう、だよね……」

「何辛気臭ぇ顔してんだよアリア」


 視線を下げたアリアを、レオは横目で見て肘で小突く。

 アリアはすぐに顔を持ちあげ、僅かにムクれた表情を向けた。

 しかしレオはもう既に視線を空へと戻していた。


「大丈夫だ。アリスは俺たちを蔑ろにしたりなんかしねぇ。そんなこと、もう嫌ってくらいわかっただろ?」

「う、うん。アリスはアリス。今も昔も変わらないよね。それに記憶を取り戻した今なら尚更。私たちは、信じて待たないと」

「そーいうことだ。メソメソすんなよ」


 レオをは薄く笑うと片手で乱雑にアリアの頭を撫でた。

 妙に子供扱いされたように感じた彼女は、勢いよく頭を振ってそれを払う。

 それによって偶然、長いポニーテールがレオの背中をパシンと叩いた。


「ちょっと! 私の方がお姉さんなんだからね! てかメソメソなんてしてないから!」

「わかったわかった。わかったから騒ぐなよ、

「もう……!」


 カラカラと笑うレオに、アリアはその腕をポカポカと殴る。

 しかし微動だにしないレオに観念して、あからさまな溜息をつくことで全てを洗い流した。

 それからくるりと身を翻し、柵に背中を預けて寄りかかる。


「────まぁどっちにしろ、今の情勢じゃすぐに帰って来ても厄介なことになっちゃうよね」

「……ああ。ロード・デュークスはまだ、アリスを殺すことを諦めちゃいねぇからな」


 すっと切り替えて現実的な話を切り出すアリアに、レオは目を細めた。

 そこには自分たちが離反したかつての主に対する、ままならぬ想いが混じっていた。


 D4とD8のコードネームを持つ二人はロード・デュークスの傘下に属する魔女狩りであったが、既に離反し今はロード・ホーリーの元に身を寄せている。

 自身が掲げる独自の計画のため姫君抹殺を目論む彼のやり方に、これ以上ついていくことはできないからだ。


 任務の放棄から二日経ち、既に彼らの離反はデュークスの知るところとなっている。

 待てども結果を持ち帰らないレオ、そして自身がかけた呪いの消滅に気づいたデュークスは、二人の離反を理解したのだった。


 レオとアリアは、デュークスが手ずから自分たちを制裁しにくることも覚悟していた。

 しかし、予想に反しデュークスは二人の離反に対してなんの動きも見せずにいた。

 それは許しなのか、それともその暇がないのか、あるいはそもそもそんな価値はないと思っているのか。


 何にしても、二人にとっては彼と争いになっていない現状に胸を撫で下ろしていた。

 相手は君主ロードだ。正面から戦うことになった場合、二人掛かりとはいえあまりに部が悪い。


「アリスを待ちつつ、私たちは私たちがやらないといけないことをしておかないと。そうじゃないと、私たちがどうして魔女狩りになったのか、どうしてこの立場に縋り付いているのか、わからないもんね」

「まぁ、そうだな。アリスがこれからどう動くにしろ、俺たちはアリスを救う為の準備を進めなきゃなんねぇ。だけどよ、アリア……」


 ぎゅっとレオのコートの袖を握りながら噛みしめるように言うアリア。

 そんな彼女を、レオは優しい視線で見下ろした。

 吸いきった煙草を燃やし尽くして灰を散らし、空いた手でコートを握る手を包む。


「あんまり気張りすぎんなよ。お前は俺なんかよりよっぽどできがいいけどよ、たまに暴走するからな。俺はそこが心配だ。なんかとんでもねぇことしねぇかって」

「だ、大丈夫だって……! 人のことを暴れ馬みたいに言わないでよ!」

「でも実際お前、それでちょこちょこアリスとコミュニケーション取り損ねたじゃねぇか。自覚しろ自覚」

「う、うるさいなぁ……!」


 どこか達観したような優しい表情を向けるレオに、アリアは少し顔を赤らめてパッと手を放した。

 幼い頃から彼を知っているアリアは、ずっと手のかかるやんちゃ坊主のように見えていた。

 年上の自分が面倒を見て、手綱を握ってあげないと、と。

 けれど、今自分の隣にいるのは頼もしい一人の男になっている幼馴染。

 そんな彼に心配されている自分が、なんだか気恥ずかしくなってしまったのだった。


 昔はこんなことなかったのに、と。


「わかってる、だから大丈夫。アリスのためだもん、私しっかりしないと」

「無理すんなよ。俺も一緒にいんだから」

「わかってるってばぁ。てか、ついこの間暴走してたレオにいわれたくないんだけどー」

「それを言われると……返す言葉がねぇな」


 気まずそうに視線を逸らすレオをしたり顔で眺めて、アリアは少し機嫌を直す。


「私たちの大事なアリス。二人で一緒に守ろう。二人でやれば、きっと大丈夫。あの日出会って、そして一緒に冒険をした日々の中で、アリスがくれた沢山のものを、今度は私たちが返す番だよ」

「お、おう」


 ゆったりと笑みを浮かべ、落ち着いて噛みしめるようにいうアリア。

 そんな彼女の言葉を受けて、レオはうんうんと頷いた。


「なんだか、もう懐かしいよね。アリスと一緒にいた時のこと。今思えば短い間のことだったのに、でも私たちの人生の全てになっちゃってる」

「ああ、当たり前だろ。俺たちは親友なんだ。どんだけ時間が経っても、距離が離れても、心からは絶対に色褪せねぇよ」

「うん。だから私、改めて覚悟を決めるよ。この先何があっても、アリスの為になることをするって」


 そう口にするアリアを、レオは複雑そうな目で見下ろした。

 しかし、そう思う気持ちをわかってしまう自分がいて、レオはその言葉に口出しができなかった。


 なら自分が支えていけばいい。自分たちは幼馴染で親友なのだから。

 そう胸の中で決意を固め、レオはただ「あぁ」と頷いた。


 二人はそれ以上言葉を交わさなかった。しかし想いは同じ。

 手を取り合い、かつての懐かしき日々に想いを馳せた。



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