105 ケジメ
「……………………」
カノンは握りつぶしそうな勢いで木刀を持つ手に力を込めた。
ここまで愚弄されて、黙っていることなんてできるはずがない。
しかし、怒りに任せて、感情に任せて飛びかかってはケインの思う壺。
そう考えるだけの余裕はまだあった。
冷静になることは難しい。
それでも、極力理性的に努めることはまだできる。
カノンは怒りで荒くなった呼吸を落ち着けるために、大きく息を吸った。
「…………やっぱりてめぇとは、アタシがケジメをつけなきゃいけねぇみたいだ」
木刀を構え直し、押し込めるような声で自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
目付きには更に鋭さが増され、眉間には縦じわが深く刻まれる。
「アタシは、自分がしちまったことに責任を取らなきゃいけねぇ。それに元とはいえ、てめぇはアタシの上司だった。そのてめぇがやらかしたことの清算は、やっぱアタシの仕事だ」
「……困ったなぁ。僕、インドア派だからドンパチは苦手なんだよねぇ」
ケインは眉を寄せて小さく溜息をついた。
彼なりに戦闘避けるための言動だったようだが、それは物の見事に逆効果だった。
素直に戦闘をしなければそれでよし。
逆上したとしても、感情に身を任せて突貫してくれば簡単にいなせると踏んでいた。
しかし、カノンには心を落ち着けるだけの余裕が残っていた。
それは彼女が孤独な頃しか知らないケインにとっては、考えられないことだった。
友の存在が、守るべきものの存在が彼女の心を強くしている。
それを、ケインは知らなかった。
「もう細かいことはいい。てめぇを叩き潰すのがアタシの役目だ。覚悟しろ、ロード・ケイン!」
「やれやれ。血気盛んなのはいいけれど、オジサンにはちょっとばかし荷が重いなぁ」
のっそりと気怠そうな動作で、ケインは柵に預けていた背を離した。
困ったように眉を寄せて、どうしたものかと頭を掻く。
そんな緩慢な動きのケインに、カノンは気を抜くことなく警戒の眼差しを向けた。
「カノンちゃん。まくらも、戦うからね」
そんなカノンの背後で、まくらが強張った声で言った。
「カルマちゃんと交替する。だから、頑張ってね」
「……おう、任せとけ」
ケインから目を離せないカノンは、言葉だけ返して小さく頷いた。
その決意と覚悟に満ちた姿を見届けたまくらはどこか嬉しそうに微笑んだ。
そしてスッと目を瞑り、カノンの背中にその身を預けた。
入れ替わりは一瞬。
ボワンと砕けた煙が立ち込めて、その出で立ちが変わる。
ラフなワンピースは、大きな三角帽子とマントを羽織った露出過多な衣装に切り替わった。
「おっはようございまーーーす! 今日も今日とて元気でプリティでグラマラスなカルマちゃんが登場でーーす!」
やや張り詰めた空気の中、カノンの背後でカルマが伸びをしながら甲高い声を上げた。
ニパァと砕けた笑みを浮かべながら自由気ままに喚き散らし、それから周囲をぐるっと見渡してから、ほほぅとしたり顔をした。
「なるほどなるほど〜。カルマちゃんがせっかくアドバイスしたっていうのに、カノンちゃんは結局戦うことにしちゃったってわけかぁ〜」
「あぁ。言い訳も説明もする気はねぇ。お前がまくらを守りたいって思うなら、手伝え」
手短に、そして乱雑に言い放つカノンにカルマは一人ニヤリと笑みを浮かべた。
カノンより後ろにいることをいいことに、小馬鹿にするようなやんちゃな笑みでニタニタしている。
しかし、それは彼女を否定するものではなかった。
「そういう言い方されちゃうと、仕方ないねぇ〜ん。まくらちゃんが好きなのは、そういうカノンちゃんなんだろうし。まくらちゃん第一主義のカルマちゃんとしては、手を貸さないわけにはいかないってもんですよ〜」
「…………ったく」
カノンは小さく舌打ちをした。
結局はカルマは最初から
思い悩んだ末覚悟を決めたのも、まんまと乗せられたということ。
それに対して苛立ちを覚えつつ、けれど今はそれどころではない。
カルマに対する感情は一旦抑え込み、カノンはケインに意識を集中させて木刀を握り直した。
「女の子二人の相手は僕としては嬉しい限りなんだけどさ。でもオジサン、悪いけど手加減はできないよ?」
「必要あるかよ。真正面から叩きのめしてやる!」
「カノンちゃんは怖いなぁ。君は他の魔法使いを相手取るのとはちょっとわけが違うから、僕も結構真面目になっちゃうんだよねぇ」
口ほど警戒の色を見せず、静かな瞳を向けるケイン。
口元には薄っすらと笑みを残し、その視線だけじっくりと二人を見据える。
数瞬、張り詰めた空気が流れた。
しかしそれもほんの僅か。すぐにカノンが動き出した。
木刀をぐっと引き、突撃するために足に力を込める。
やや体勢を低くして、今まさに飛びかかろうとした時だった。
カノンとカルマ、二人をぐるりと囲むように半透明の球状の壁が作られた。
それはケインが作り出した結界。二人を瞬時に隔離し、そのまま押し潰さんと急激に圧縮を始めた。
「この程度!」
しかしカノンは怯まなかった。
結界が圧縮し切る前に突撃と共に木刀を振るい、強引に結界の壁を叩き壊した。
そのままの勢いで突き抜けたカノンは、足早にケインに迫る。
「おいおい、結界は物理じゃないんだぜ? 君は本当、パワーファイターだなぁ」
魔法使いとしてはやや外れた対処方法にケインは嘆息する。
目の前へ急速に迫るカノンをやれやれと見据え、困ったなぁとボヤいた。
「まぁ僕は、そんな君を買ったわけだけどね」
「やかましい!」
構えることなく呑気に佇むケインに、カノンが木刀を叩きつける。
しかしそれは彼の眼前に貼られた障壁に阻まれて、その身には届かない。
ガンと硬いもの同士がふつかる鈍い音が響き、僅かに木刀が悲鳴をあげた。
「イェーイ! カルマちゃんもいるんだなぁ〜!」
ケインがカノンに向き合っている隙に、カルマは背後へと回り込んで柵の上に立っていた。
死神が持つような大鎌を両手で握りしめ、まるでバットを振るように大きくスイングした。
しかしそれもまた彼の背後に展開された障壁によって阻まれる。
鋒から障壁に激突した大鎌は、その勢いで粉々に砕け散ってしまった。
「一発でダメなら、物量作戦でいけばいいとカルマちゃんは思いまーす!」
「癪だが同感だ!」
高らかに声をあげたカルマの背後に、十数本の大鎌が現れた。
そしてそれに合わせるように、カノンも傷んだ木刀を投げ捨て、その両手に新たな木刀を握る。
そしてその背後にはすぐ手に取れるよう、複数の木刀が浮いて控えた。
「最近の若い子はやんちゃだねぇ」
ケインが苦笑いを浮かべた瞬間、二人は同時に動き出した。
カルマの大鎌たちはそれぞれ高速で回転し、遠心力をもって風を切って一斉に降り落ちた。
そしてカノンは両手にそれぞれ握った木刀に魔力を込め、渾身の力を持って叩き込んだ。
木刀が砕ければ即座に次の木刀を手に取り、呼吸を置くことなく力任せな連撃を振り下ろす。
前後からの猛攻に、ケインは障壁への魔力を高めそれらを防ぎ続けた。
絶え間なく襲いかかる攻撃に対し防御に徹するしかなかった彼だが、しかし押されていると言うわけでもなかった。
いくら物量で攻めたところで、
そう判断し気を抜いていたケインの隙を、カノンがついた。
「隙ありだ!」
後方からの多角的な鎌の連撃。
正面からの振り下ろされる木刀による殴打の猛攻。
それらの多面的な攻撃を防ぎ続けたケインの意識は、やや散漫していた。
その僅かな隙を感じ取ったカノンは、一本の木刀を両手で握りしめ、その鋒に渾身の魔力と力を込めた。
振り下ろすのではなく突き抜く木刀の一撃。
多面的に張っていたケインの防御の中で、意識がそれた綻びめがけてカノンは木刀を突き込んだ。
バリンとガラスが割れるような音とともに正面の障壁に穴が空き、木刀が通過する。
完全に不意を突かれたケインは弾丸のような勢いの突撃に対応しきれず、身をかわすこともままならない。
木刀がケインの鳩尾に食い込んでその体を押し飛ばす。
辛うじて保っていた後方の障壁にその体を激突させ、ケインはくぐもった呻き声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます