103 友達なら

「必要なら、ありますよ!」


 三人で降り掛かる糸を打ち払って、私は声を上げた。

 不機嫌そうに顔を歪めるアゲハさんに、私は怯まず目を向けた。


「だって、二人は姉妹じゃないですか! 本当にアゲハさんが千鳥ちゃんの為を思っているんなら、話せば絶対わかり合えるはずなんです! いがみ合う必要の方が、よっぽどない!」

「うるさい! 姉妹の話に首、突っ込まないでもらえる!?」


 アゲハさんは全く聞く耳を持たず、すぐさま次の攻撃を仕掛けてきた。

 ダンッと地面を強く蹴って、その一蹴りで再び突っ込んでくる。

 太陽の光に照らされて健康的に輝く白い脚を、勢いに乗せて鞭のようにしならせた蹴りを打ち込んできた。


 その脚には鋭い風が巻き付いていて、まるで電動ノコギリのように高速回転して鋭さを表していた。

 風が風を切り、突撃の勢いと合わさった素早い蹴りが私を八つ裂きにせんと放たれる。


 しかしそれは氷室さんによって阻まれた。

 私の眼前に作り出した氷の壁が私とアゲハさんを阻み、暴風のような蹴りは氷を削った。

 それによって生まれた隙に、千鳥ちゃんが真横へと回り込んで一直線の電撃を放った。


「こんのぉ……!」


 電撃を受けたアゲハさんは一瞬怯み、けれどすぐに離脱を試みた。

 しかし後ろへと跳ぶ前に氷の壁が勝手に砕け、それが礫とやって真正面からアゲハさんに放たれる。


 自身に風をまとわせてそれをなんとかいなそうとしているアゲハさんに、今度は私が踏み込んで剣を振るった。

 咄嗟に身をかわしたアゲハさんだけれど、まとっていた風は『真理のつるぎ』によって打ち消され、防御を失った彼女に氷の礫が襲いかかる。


 重く固い礫をその身に受け、鈍い声を上げながらアゲハさんは後ろに跳んだ。

 電撃による火傷や、礫による打撲や裂傷はジュワジュワと再生していくけれど、アゲハさんの顔は重く苦しそうだった。


「確かに、私は他人ですけど……!」


 動きが鈍ったアゲハさんに、私は追撃せずに再び声をかけた。


「でも、千鳥ちゃんの友達です! 千鳥ちゃんが困っているなら、悩んでいるなら、それを一緒に解決してあげたい。千鳥ちゃんの問題は、私の問題だから!」

「また友達友達ってさ。アンタ、それしか言えないわけ!? 結局は赤の他人じゃん! 血も繋がってなけりゃなんの責任もない。そんなものに意味なんかないでしょーが!」


 歯噛みしながらアゲハさんはうざったそうに叫んだ。

 普段は陽気に笑っている彼女が、今は憎々しげに私を睨む。


「友達なんてのは、その場で適当に取り繕うものでしょ。姉妹の、家族の絆と責任に及びもつかない。私はクイナの姉として、妹を守る義務があるの! 邪魔、しないでよ!」

「それをちゃんと、話してくださいって言ってるんですよ!」


 アゲハさんの叫び声と共に乱雑な風圧が放たれた。

 蝶の羽の羽ばたきによる魔力を孕んだ風の圧力。

 私はそれに対して魔力を込めて斬撃を正面から叩き込んで、魔力を打ち消し衝撃を相殺した。


「何でちゃんと話さないんですか。どうして向き合うことを拒むんですか。姉妹なのに!」

「うるさい……」

「千鳥ちゃんは今、勇気を持ってあなたに向き合おうとしてる。怖くても辛くても、苦しくても。あなたとちゃんと心を通わせたいって思ってます。お姉さんだって言うんなら、それにちゃんと答えてあげてくださいよ!」

「────うるさい!!!」


 背を丸めて金切り声のような絶叫を上げるアゲハさん。

 怒りではなく苦悶の表情を浮かべ、けれどそれ自体に苛立ちを覚えるように歯をくいしばる。


「話したからなんだって言うのよ! 何も変わりゃしないのよ! やるべきことは変わらないし、結果だって変わらない! 話すだけ無駄なのよ!」

「そんなことない!」


 地団駄を踏むように喚くアゲハさんに、千鳥ちゃん噛み付いた。


「私は少なくとも、アンタの気持ちが知りたい。何を思ってどうしてそうしてるのか。それがわからなきゃ、アンタを受け入れることも拒絶することもできないじゃない!」

「そうですよ! 話さなきゃ何にもわからないんです。いくら姉妹だって。話さなきゃ喧嘩すらできない。本当に千鳥ちゃんのことを想うのなら、だからこそちゃんと話してください!」


 声を張り上げる千鳥ちゃんに続いて、二人で想いをぶつける。

 アゲハさんは飽くまで千鳥ちゃんの為と言うんだから、きっとわかってもらえるはずなんだ。

 想っているのなら、その心に訴えかければ届くはずなんだ。


 だって少なくとも千鳥ちゃんに対しては、アゲハさんは敵ではないはずなんだから。


 アゲハさんは歯を食いしばりながら少し俯いて、両方の拳を強く握りしめている。

 垂れ下がったプラチナブランドの髪でその表情は窺えない。

 けれど何かを思い悩むように肩が少しだけ震えていた。


「……へぇ。じゃあ私がちゃんと話せば、アンタらはちゃんと聞き入れてくれるんだ」


 少しの間黙りこくってから、アゲハさんはポツリと言った。

 そして暗く薄い笑みを浮かべながら顔を持ち上げて、私たちを見渡す。


「ふーん。そーなんだ」


 一人ヘラヘラと笑うアゲハさん。

 何か吹っ切れたのか、それともどうでもよくなったのか。

 何だかその姿がものすごく不安を煽った。


 千鳥ちゃんも同じ気持ちのようで、アゲハさんから目を離さずに顔をしかめている。

 そんな私たちに向けて、アゲハさんはニヤリと口を開いた。


「じゃあさ、アリス。アンタを殺せばクイナの命が保証されるんだって言ったら、アンタ大人しく殺されてくれる?」

「────え?」

「ねぇクイナ。アンタの命を救う為にアリスを殺そうとしてる私の邪魔、もうしない?」

「…………!!!」


 二人して息を飲んだ。

 千鳥ちゃんは更に顔面を蒼白にした上、これでもかと目を見開いてアゲハさんを見つめている。

 なんて声を出せばいいかわからないと言う風に、口をパクパクさせて。


 言葉を詰まらせている私たちに、アゲハさんは畳み掛けるように声を上げた。


「私はロード・ケインに、アリスと真宵田 夜子を殺せば、魔女掃討後もクイナの命を保証すると言われた! その程度のことで、高が二人殺すだけで妹の命が救えるなら、私は何だってする! それでクイナが傷付かずに生きていけるんなら、私は何だって切り捨てる!」


 吹っ切れたように言葉を並べ立てるアゲハさん。

 それは、ただただ千鳥ちゃんの身を案じる故の言葉。

 どうしてその結論に至ったかまではわからないけれど。

 でも確実に、千鳥ちゃんのことを想えばこその言葉ではある。


 そんなアゲハさんの叫びに、千鳥ちゃんは見る見るうちに血の気を引かせていった。

 額からはダラダラと冷や汗を流して、唇をわなわなと震わせている。

 まるで恐ろしいものでも聞かされたかのように、一人打ち震えていた。


「妹の責任は、姉の私の責任だから。妹を守るのは姉の役目だから。だから私は、誰に何を言われたって一歩も引かない」


 歯を食いしばって言葉を捻り出すアゲハさん。

 その目は、切羽詰まったように鋭く私を射抜いた。


「だからさぁ。アンタ、クイナの友達だって言うんならさぁ。クイナの為に、私に殺されてよ、アリス!」

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