57 三姉妹
「どういう、こと……?」
私は思わず聞き返してしまった。
アゲハさんにお姉ちゃんを殺された。
それはあまりにも矛盾した言葉だったから。
私のそんなリアクションは予想通りだったのか、千鳥ちゃんは薄く笑みを浮かべた。
「アゲハは紛れもなく私の姉よ。あんな奴だけどね。でも、私にはもう一人お姉ちゃんがいたのよ。アイツの上にもう一人。そのお姉ちゃんを、アゲハは殺した」
千鳥ちゃんは歯を食いしばって、絞り出す様に言った。無意識か、手に力がこもる。
私はただその手の力を受け入れて、見守ることしかできなかった。
実の姉であるアゲハさんが、もう一人のお姉さんを殺した。
それこそが、千鳥ちゃんがアゲハさんに恨みを持つ理由……?
でも、アゲハさんに対する千鳥ちゃんの感情は、単なる憎しみだけではないようだったし。
一体、何が……。
その時のことを思い出したのか、千鳥ちゃんは目を落とした。
けれど唇をぎゅっと結んで、自分に喝を入れて話を続けようとしている。
だから私は戸惑いながらも、黙って続きを待った。
「……一番上のお姉ちゃんの名前はツバサ。私よりも一回りくらい歳上でさ、ダークブロンドの長い髪が綺麗な、とっても大人っぽくて優しいお姉ちゃんだった」
千鳥ちゃんは自分の金髪を指でくるりと弄んだ。
その落ち着いた色合いの金髪は、どちらかという黄色に近い。
「落ち着いていて物静かで、いつもふんわりと笑う人だった。自分のことよりも妹の私たちのことを考えてくれて、いつも可愛がってくれた。私が何をしても絶対怒ったりしなかったし、いつだって私の味方をしてくれたの」
「千鳥ちゃんは、ツバサさんのことが大好きだったんだね……」
「うん。大好きだった。私はその……お姉ちゃんっ子だったから、いつもツバサお姉ちゃんにべったりだったわ」
「へぇ。千鳥ちゃん、私にはお姉さん面するのに、自分のお姉ちゃんには甘えん坊さんだったんだ〜」
「う、うっさいわね! いいでしょ別に。昔の話なんだから……!」
ツバサさんの話をする千鳥ちゃんの顔は少し緩んでいて、小さな子供の様だった。
その様子がなんだか無性に可愛らしくて、思わずからかいの言葉を挟んでしまった。
千鳥ちゃんはハッとして眉を寄せ、少し赤らんだ顔で私を睨んできた。
ごめんごめんと謝ると、千鳥ちゃんはむくれ面のまま溜息をついた。
でも少し気分が紛れた様で、緊張は少し和らいでいる様に見えた。
「────それで、ツバサさんもその……魔女だったの?」
「ええ、そうよ。七年くらい前かな。私たち姉妹は、三人とも魔女になってしまったの」
おずおずと尋ねると、千鳥ちゃんは頷いた。
『魔女ウィルス』が人から人へ伝染するものなら、姉妹で一斉に感染してしまうということも十分ありうるってことなのかな。
「魔女になってしまったら、それまでの生活なんて送れない。家族と過ごすことはもちろん、街で暮らすなんて無理な話よ。私たち三人は周りから強い迫害を受けて、街から追い出された。まぁ、当然と言えば当然のことよ」
向こうの世界では魔女は忌み嫌われる存在。死を撒き散らす害悪だと。
それは事実としてもう知っている事だけれど、でもこうやって話を聞くと胸が締め付けられる思いになる。
姉妹一緒だったとしても、他の家族や周囲の人々、友達や知り合いから迫害される苦しみはきっと尋常じゃない。
周りの全てから拒絶されて否定される。
背を向けられ石を投げられ、そして死を望まれる。
世界そのものから否定されている様な絶望が、きっとそこにはあるんだろう。
向こうの世界の魔女はそういったものをその身に受けて生きているんだ。
「私たちはツバサお姉ちゃんに連れられて街を出て、それから色んなところを転々とした。魔女が三人も固まってるから魔女狩りの標的にされることも結構あったけど、なんとか逃げ延びてしばらく生活してた。ツバサお姉ちゃん、普段は虫も殺せなさそうな大人しくておっとりとした人なんだけどさ。私たちを連れ出した時とか、切羽詰まった時は打って変わってテキパキしてて、すっごい頼もしかったな」
迫害された魔女がどうやって生き延びているのか、私には想像もつかない。
でも過酷なのは間違いないだろうし、だからこそ「魔女は助け合うもの」なんだろう。
そういう意味では、姉妹三人で身を寄せ合えたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
たった一人で迫害されて人の輪の中から放り出されたら、いくら魔法が使えたとしても生きていくのは相当大変だろうし。
人間、助け合っていかないと生きてなんていけない。
「向こうの世界では魔女狩りが常に魔女を狩っているけれど、命からがら難を逃れている魔女もそれなりにいるし、私たちも同じようにその日暮らしで細々と生きながらえてきた。あの時まではね……」
ガリッと千鳥ちゃんが歯を食いしばった。
忌々しげに恨みがましく、瞳の光が陰る。
「ずっと、ずっと私たちは三人仲良く暮らしてたの。いつもギリギリだったけれど、それでもみんなで仲良く生きてきた。ツバサお姉ちゃんが私たちの面倒を見てくれて、私はべったり甘えてた。その頃のアゲハは────ワルプルギスに入ってレジスタンス活動に参加したりしてたけど────でもいい奴だったのよ。あの時までは、アゲハとも仲良かった。まぁ、アイツは昔からちょっぴし意地悪だったから、たまに泣かされてたけどさ」
「……あの時?」
それが何を意味するのか薄々わかってしまったけれど、思わず尋ねてしまった。
千鳥ちゃんは一瞬迷うような顔をしてから、コロンと私の肩に頭を乗せてきた。
「半年くらい前かな。その頃私たちは、森の外れにあった洞穴にしばらく身を寄せててさ。ツバサお姉ちゃんは体調崩してたからちょっと寝込んでて、私は一人で食料調達に出掛けたの。アゲハの奴はレジスタンスに精を出してていなくなることが多くてさ。でも、私が帰ってきたら珍しくアゲハが戻ってきてて、その足元には……血塗れになったツバサお姉ちゃんが転がってた」
ハッと息を飲んでしまった。
わかっていたはずなのに、いざその言葉を聞くと血の気が引いてしまった。
千鳥ちゃんは少し青い顔をして、私に身を委ねてくる。
「……今でも、よく覚えてる。ツバサお姉ちゃんの髪が血に染まって真っ赤になってたのを。それを冷たく見下ろすアゲハの目を。それに……アイツの、笑顔を……!」
今にも泣きそうなその声。
けれど歯を食いしばって懸命に泣かないようにしている。
私は掛けてあげるべき言葉が見つからず、ただそっとその金髪の頭を撫でた。
「アイツは……ツバサお姉ちゃんの血に濡れた姿で笑ってた。 自分が殺したお姉ちゃんを見下ろしながら、狂ったように笑ってたの……!」
悲鳴混じりのその叫びと共に、千鳥ちゃんの頬をキラリと光る物が伝った。
私に縋るように顔を伏せてそれを誤魔化した千鳥ちゃんに、私は気付かないふりをした。
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