56 金髪

 私たちは屋上に出た。

 夜の屋上は冷たい風が少し強めに駆け抜けていて、扉をくぐった瞬間私は首をすくめてしまった。

 それでも澄んだ冬の夜の空気は心をスッと落ち着けてくれる。

 街外れの暗く落ち着いた雰囲気も合わさって、とても静かな気分になる。


 千鳥ちゃんは私の手を引いて物陰に腰を下ろした。

 私もそれに倣って、体をぴったりとくっつけて座り込む。

 少しでも寒さを紛らわすためには、おしくらまんじゅうの様に身を寄せ合うのが手っ取り早い。


 若干もたれかかる様に体をくっつけた私に、千鳥ちゃんは少し目を見開いた。

 それから僅かに目を泳がせて、おもむろに空いた手を挙げてくうを撫でた。

 すると吹き抜けていた風が止まって、おまけに肌を刺す様な寒さも和らいだ。

 どうやら寒さを凌ぐために魔法を使ったみたいだ。


 膝を折ってペタンと座っている私の隣で、千鳥ちゃんは体育座りの様に膝を立てている。

 けれど足は抱えていなくて、その右手は私の左手をしっかり握ったまま。

 私の太腿の上に繋いだ手を置いて、やんわりとにぎにぎしてくるのが、なんだか可愛らしかった。


 膝の間に顔を埋める様に俯く千鳥ちゃん。

 何をどう言おうか、どう切り出そうか迷っている、そんな顔。

 眉をぎゅっと寄せて、眉間には縦ジワが何本もできていた。

 でも険しさよりも、迷いや戸惑い、そして不安の方が強く感じられた。


 待ってあげるのが良いかなと、私は澄んだ夜空を無言で見上げた。

 けれど、今私がすべきことは待ってあげることじゃない気もする。

 さっきショッピングモールで話をした時も、千鳥ちゃんはなんだかんだ聞いて欲しそうだった。

 なんで聞かないんだって、怒られちゃったし。


 無理強いをしたり急かしたりするのは良くないと思うけれど。

 きっと千鳥ちゃんにとって、こうして私をここへ呼び出して話をする場所を作るだけでも、相当勇気がいっただろうから。

 話をするきっかけを与えてあげた方がいいのかもしれない。


「千鳥ちゃんの金髪、綺麗だよね。夜でもキラキラしてて、羨ましいなぁ」


 いきなりダイレクトに話を切り出す勇気は流石になかったら、取り敢えず適当な話題を振る。

 口を開くきっかけがあれば、千鳥ちゃんも話しやすくなるだろうし。

 空いた方の手で金髪のツインテールの片方を掬うと、千鳥ちゃんはくすぐったそうに少し身をよじった。


「……自分の髪の色のことなんて、あんまり気にしたことなかったわ」

「え、そうなの?  せっかくこんなに綺麗な色なのに」


 眉間の力を少し抜いた千鳥ちゃんは、私のことを横目で見ながらポツリと言った。


「この世界……この国の人間と違って、向こうの世界は結構色んな髪色があるしね。生まれつきだし、そんなに珍しくもないし。それに、そんなことを気にしている余裕もなかったというか……」


 魔女として生きてきた千鳥ちゃんには、オシャレはおろか自分の身なりを気にしている余裕もなかったってことなのか。

 周囲の人から忌み嫌われ、迫害され、そして魔女狩りに命を狙われる日々。

 私はそれを想像することしかできないけれど、その言葉の節々からは壮絶な日々の色が窺えた。


 絹の様に滑らかな、少し落ち着いた色合いの金髪。

 その一房を水を掬う様に流す私の手を、千鳥ちゃんはボーッと眺めている。

 そして思い出した様に、またポツリと続けた。


「けどまぁ、そうね。私たち姉妹は、みんな金髪だったなぁ」

「アゲハさんは、鮮やかなプラチナブロンドだもんね」


 私が返した言葉に、千鳥ちゃんは苦々しげに微笑みながら頷いた。

 そこにはアゲハさんに対する複雑な心境と同時に、彼女の話題を口にする決心があった。

 話さなければいけない。話したいと、千鳥ちゃんの顔が言っている。


 それでも、千鳥ちゃんはすぐには口を開かなかった。

 私の手を握る指にやんわりと力を入れて、もじもじと揉んでくる。

 まるで赤ちゃんが差し出された指を反射的に握って、にぎにぎと放さないでいる様な、そんな愛らしさがそこにはあった。


 頼りにされている。心を寄せてもらえている。そんな実感があった。

 臆病で弱気な千鳥ちゃんが、私に縋ってくれている。

 必死で私に心を開こうとしてくれているのが嬉しくて、とても力になってあげたくなった。


「ねぇ千鳥ちゃん」


 だから私は、口を開いた。

 私の手を握るその小さな手にも一方の手を重ねて。

 柔らかく包み込む様に、そっと言葉を投げかける。


「二人の間に……千鳥ちゃんとアゲハさんとの間に何があったのか、聞いてもいい?」


 千鳥ちゃんから口にするのを待った方がいいかなとも思った。

 でも、自分から切り出せないでいる千鳥ちゃんは、助けを待っている様だったから。

 私に、聞いて欲しそうだったから。


「…………」


 千鳥ちゃんは私に寄りかかる様に体重をかけてきた。

 そしてゆっくりと私の顔を見上げて、上目遣いで小さく頷く。

 真一文字に結んだ唇が、微かに震えている。


 その震えを誤魔化す様に、白い吐息と共に口が開かれた。


「アイツはね……アゲハのやつはね。私から、何もかもを奪ったの」


 消え入りそうな震えた声で、千鳥ちゃんは吐き出す様に言った。

 けれどその瞳はまっすぐ私を見据えていて、覚悟の色が窺える。


「私は全てをアイツに奪われてた。居場所も生きる意味も家族も、なにもかも。でも何より許せないのは、私から大切なものを奪ったこと」

「千鳥ちゃんの大切なもの……?」


 私も目を逸らさず、まっすぐ千鳥ちゃんを見つめ返す。

 震える小さな手を包みながら。


「アイツは……アゲハのやつは────」


 口にすることすら憎らしいという様に、千鳥ちゃんの表情が陰った。

 少し口をぱくぱくさせてから、それでも、ゆっくりと言葉を続けた。


「私の大好きなお姉ちゃんを、殺したのよ」

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