61 終わらせる

「アリアのためになるのかって、そう聞いたな。ああ、なるさ。俺はお前のことも、アイツのこともどっちも救う。そのためには、お前を殺すしかないんだよ、アリス!!!」


 レオが叫びながら地面に手をついた。

 すると私の足元が赤く光って、まるで噴火でもしたかのように地面の奥底から火柱が立ち上がった。

 私は瞬時に跳んでそれをかわしたけれど、私が足を着いたところからまた火柱が上がる。

 何度かわしても追いかけるように着地点に火柱が上がってくる。


「アリアは、それを知ってるの!?」


 埒があかないと、私は光を身にまとって高速移動でレオに接近した。

 問いかけながら『真理のつるぎ』を叩き込むと、それは簡単に双剣によって防がれた。


「知るわけねぇだろ。知る必要もねぇよ。アイツは、関係ねぇんだからな……!」

「でもアリアのことも救うって……! どういう意味!?」

「知るかよ!!!」


 数度剣を打ち合わせるも、剣戟の技量は圧倒的にレオが上だった。

 魔力を込めて一撃に重みをつけたところで、体格的、技量的に上回るレオに押し勝つことはできなかった。


 鍔迫り合いでは活路は開けない。

 私は一旦飛び退いて少し距離を取ると、剣に炎の魔力を込めて、斬撃と共に力任せに振るった。

 魔力と炎が混ざった斬撃が、波動のごとく一直線にレオへと迫る。


『真理のつるぎ』の能力が乗った斬撃は、魔法で防ぐことも相殺することもできない。

 それを悟ったレオが横に跳んでかわした隙に、再び光をまとった高速移動で一気に距離を詰めた。

 光速で瞬きの間に接近し、純粋な魔力を込めた剣を叩き込む。

 斬撃というよりは、高エネルギーによる殴打に近い一撃がレオを飲み込んだ。


 咄嗟に魔法で体をくねらせて直撃を免れたレオは、それでも高エネルギーの奔流を身体に受けて、確実にダメージを負っていた。

 片膝をついて顔をしかめる彼は、私に細い目で視線を向けてきた。


「ねぇ。私とはともかく、アリアとはちゃんと話した方がいいよ。だって今あなたのことを一番わかってるのは────」

「アリスちゃん、上!!!」


 突然氷室さんの叫び声が聞こえてきて慌てて空を見上げてみれば、空が燃えていた。

 それは夕焼けに照らされている赤い空への比喩表現なんかではなくて。

 事実として空が燃えていた。いや、燃えているかのように炎に満ちていた。


 まるで流星群がこの公園に降り注いでくるかのように、大小様々な炎の球が急速に落下してきている。

 空一面を埋め尽くす、隕石のように燃え盛る無数の炎の塊たちが、全て私めがけて降り注いできた。


「前ばっか見てるからだ馬鹿野郎!」


 レオの叫びに耳を傾けている余裕はなかった。

 氷の華が花弁を大量に吹き荒らし、私の頭上に巨大な盾を作り上げる。

 それに一瞬遅れて、炎の流星群が滝水のように降り注いだ。

 私自身も障壁を盾に重ね合わせて防御力を高めるも、圧倒的な質量とエネルギー量に、みるみるうちにひび割れていく。


 盾越しに伝わってくる地響きのような振動と、爆撃のような轟音。

 このまま守りに徹していてもどうにもならないのは明白だった。

 ヒビが広がっていく盾が限界を迎え崩壊する寸前に、私は魔力を目いっぱい込めた斬撃を上空に向かって大振りで放った。


 絶え間無く降り注ぐ流星群は一振りでは消しきれない。

 掻き消しても掻き消しても際限なく落ちてくる炎の滝に、私はただがむしゃらに剣を振った。

 火の雨、星の雨。濁流のような炎の応酬。それらをことごとく掻き消そうとしても、必ずこぼれてしまう。

 まるでレーザーのような細かい礫のような火が、剣を掻い潜っていくつか私の身体を掠めた。


 それでも剣を止めれば、一瞬で私は炎に飲まれて丸焼きになる。

 刺すような痛みを必死で無視しながら炎の雨と戦い続けて、それが止んだ頃には、炎が掠めた傷がいくつも身体に線を引いていた。

 死に物狂いで剣を振るい続け、魔力を放出し続けたことで体力の消耗が凄まじく、呼吸がとても荒くなった。


「しぶてぇな。けどよ、もうズタボロじゃねぇか」


 肌が焼き切れる痛みが至るところに走って、意識が少しぼやける。

 まだ剣を握っている力はあるけれど、でも足元は少しフラフラする。

 あぁ、この傷は残っちゃうかななんて、場違いな思考が頭の隅をよぎった。


 レオはふらつく私を見て笑わなかった。

 小馬鹿にするような言葉を投げかけつつも、その目は悲しそうで、何かを嘆いているように見えた。

 剣を握れても構えることのできない私に、レオはゆっくりと近づいてくる。


「もうやめとけ。しんどいだけだ。アリス」


 私の目の前まで来たレオは、私のことを軽くポンと押した。

 それだけのことなのに、私は自分の体を支えることができなくて、そのまま尻餅をついてしまった。

 そんな私にレオは馬乗りになって、赤い剣を喉元に突きつける。


「アリスちゃん────!!!」

「大、丈夫……! 大丈夫、だから…………!」


 叫び声をあげて飛び込んで来ようとする氷室さんに、私は掠れた声で叫び返すことでそれを制止した。

 氷室さんは駆け出そうとした足をびくっと止めて、私の方をまじまじと見た。

 その顔にはハッキリと、「どうして」という疑問が張り付いていた。


「大丈夫だぁ? お前状況わかってんのか? お前はもう負けてるぜ、アリス」

「わかって、る。わかってるよレオ。だからこそ私は、まだ諦めないんだよ……」


 私の言葉にレオは不機嫌そうに眉をぎゅっと寄せた。

 わかってる。自分でもわかってる。いくら強力な力を持っていたとしても、使っているのが今の私では魔法使いには、レオには敵わない。

 でもこれは意地だった。何かを抱えているレオには、何かを隠しているレオには、私がぶつかってあげなきゃいけないんだって。


 人の手を借りずに、自分の力でぶつからなきゃいけないんだって。

 だから自分が死にそうになったとしても、氷室さんの手を借りちゃいけないと思ったんだ。

 まぁそんなこと言ったら、今私が使っている力は全部人の力なんだけど。


「もう終わりだ。終わりにしようアリス。お前はもう、それ以上苦しまなくていいんだよ」

「なに、それ。私に攻撃したの、レオでしょう……?」

「……そういうことを、言ってるんじゃねぇんだ、俺は……」


 私の頭をそっと支えて、剣先を喉元に突きつけるレオ。

 燃えるような長い赤毛が私に顔に垂れ下がって少しこそばゆい。

 その長髪に覆われた表情は、酷く悲しげで、苦悶に満ちたものだった。


「俺はずっとお前を救いたかった。お前がいなくなる前から、ずっとだ。だから俺たちは魔女狩りになって、お前をその運命から解き放つすべを得ようとしてきたんだ。何もかもうまくいってりゃ、こんなことにはならなかった」


 レオの手は、まるで壊れ物を扱うかのようだった。

 私の頭を支え、体を抱きとめるようにするその腕は、酷く優しく慈愛に満ちているとすら思えた。

 けれどやっぱり、その鋒は私の喉から離れない。


「俺は、お前を殺さなきゃなんなくなっちまった。そうしなきゃ、俺はもう一つの大切なものを失っちまう。こうするしかないんだ。どっちも救うためには、こうするしか……」

「レオ……あなたは、何を守ろうとしているの……?」


 レオは涙を流しはしなかった。

 けれどその言葉には涙が溢れているような気がして、胸が締め付けられた。

 今殺されそうなのは私なのに、目の前のレオが可哀想に見えて仕方なかった。


 一人で何を抱えているんだろう。

 何に迷って、何を強いられて、何を抱いているんだろう。

 わからないけれど、それでもわかるのは、確かに私を想ってくれているということ。


「お前との、約束だ、アリス。俺はお前と約束しちまったんだ」

「……何を?」

「………………」


 レオは答えない。唇を噛み締めて、何かに耐えるように口を開かない。

 約束。それはかつての私との約束なのかな。彼女は何も言ってなかったけれど……いや、聞かなかったのは私だ。


「悪く思うなよ、アリス。いや、今のお前は俺を恨むか。まぁどっちでもいいさ。これでお前を救える」

「恨まないよ。けど、ごめん。殺されるわけにはいかないんだよ。私はまだ生きなきゃいけないの。私にも守らなくちゃいけない友達がいて、私のことを想ってくれる友達がいるから……!」


 負けるわけにはいかないんだ。

 私を心配してくれる人がいる。私を想ってくれる人がいる。

 それに、今目の前にいるかつての親友を救えるのは、きっと私しかいないから。

 私のために苦しんでいるレオを救えるのは、私を置いて他にいないだろうから。


「なんとでも言え。もう勝負は決した。今のお前じゃ俺には勝てない。お前は負けた。あとは死ぬだけだ」

「まだ……まだだよ、レオ。私はまだ……!」


 身体の隅々に魔力を回す。

 フラフラする体に鞭を打って、心の底から力を振り絞る。

 身体の奥底、心の奥底からこの力を引っ張り上げる。


「やめろアリス! もういいんだ。お前はもう、そんな力使わなくていいんだよ……!」

「戦わなくちゃいけないんだから、生き延びなきゃいけないんだから、私はこの力を使うしかないんだよ。この力の正体が決して良いものじゃないってことは知ってる。でも! 私は、私の大切な人のために生きなくちゃいけない、そのためには、この力を使うしかないの……!」


 全ての元凶。魔法の始まりにして全ての魔女の祖、ドルミーレの力。

 こんな力がなければと思う。私の中に眠るドルミーレさえいなければと思う。

 けれど、私が戦うためにはこの力に頼らざるを得ないから。


「……もういい! 俺が全部、まとめて終われらせてやる! お前ごとソイツを────────!!!」


 レオが力の限りに叫んで、突きつけていた剣を大きく振りかぶった。

 まずい。このままでは本当に殺されてしまう。

 迫り来るリアルな死に思考は真っ白になって、けれど本能が生に執着した。

 心が生きることを強く望み、奥底で急激に何かが炸裂した。

 そして────────


『酷いわねぇ。に向かってそんなこと言うなんて』


 そんな声が私の口から溢れるのを、暗闇に落ちる隅で耳にした。

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