43 実力差

 冬の寒い空の下。

 沈みかけた夕日の赤い光が氷の牢獄を照らしている。

 戦いは始まったその瞬間に終結した。

 周囲の空間全てを凍てつかせる氷室の魔法の前に、千鳥はなす術もなく拘束された。


 先ほどまでは電撃が弾け、雷鳴の如き轟音が響き渡っていたが、残るのもは静寂だけだった。

 動くもの、そして形あるもの全てを凍てつかせる氷結の力は、ことごとくを停止させていた。


 校庭の中にポツンと出来上がった氷の牢獄に少しだけ目をやる氷室。

 そしてそこに動きがないことを確認し、息つく暇もなくアリスの元へと向かおうとしたその時。

 氷の牢獄の内側から、いくつもの電撃がまるで逆雷のように登った。


 堅牢な氷の壁に穴を開け、まるで形のある槍のように電撃が飛び出す。

 それは無差別に放てれているのか、周囲のことは気にせず四方八方に突き刺さる。


「んぁああああああ!!!」


 そして、ガラガラと音を立てて氷の牢獄が崩壊した。

 そしてその内側からは少し白い顔をした千鳥が、しかし鋭い目で現れた。

 バチバチと電気を帯び、その金髪のツインテールは舞う風に煽られるように逆立っている。


 叫び声と共に強烈な放電で氷の牢獄を破壊した千鳥は、その拘束から逃れると真っ直ぐに氷室を睨みつけた。

 その表情には僅かな焦燥が見られたが、しかしその意思は折れてはいなかった。


「ったくびっくりしたわ! まさかこんな一瞬でしてやられるなんて。でもさ、私もアリスの友達だから、なんだか『庇護』もらえてるみたいなんだよね。だからさ、そこら辺の魔女と一緒にしてたら痛い目見るわよ! 霰!」


『庇護』。姫君が信頼する魔女、つまりアリスの友達である魔女に与えられる加護。

 魔女は姫君の『庇護』を受けることでその力を増す。そして同時に姫君にその力を貸し与える役割を得る。

 一般的な魔女に比べて、『庇護』を受けた魔女は魔法の出力が増し実現可能な範囲が増える。

 魔女にとって、『庇護』の存在は生きていくことにおいて重要な意味を持つ。

 常に死と隣り合わせである魔女は、強くなければいきていけないのだから。


 千鳥は電撃をまといながら氷室に向かって飛び込んだ。

 不測な事態にも冷静に対処する氷室は、魔法で感覚と反射神経を強化して、光速の千鳥に対応した。

 電撃をまとうが故に伴う振動と音に合わせて千鳥の動きを先読みし、強引に態勢を変えた。


 氷室は千鳥による電撃をまとった突進を回避して、すり抜ける彼女の正面に氷の壁を形成する。

 瞬間的な対応に千鳥が反応しきれず、勢いそのままに激突し粉砕している最中、その砕け散った氷の粒手を失速した千鳥に向けて一斉に放った。


 自らが砕いた大小様々な氷に四方八方から打たれる千鳥。

 態勢を崩しながらも周囲に放電してそれをなんとかいなすが、しかし捌き切れないものが彼女の身を打った。

 それでもなんとか態勢を立て直し、受けたダメージを堪えながら着地した。


 自分から仕掛けておきながら、攻撃を受けたのは千鳥だけだった。

 同じ年頃の、そして同じく『庇護下』にいる魔女。

 しかし千鳥と氷室の間には決定的な実力差があり、それは経てきた遍歴だけでは説明できないものだと千鳥は感じた。


「そっか、アンタ『寵愛』貰ってんだっけ。ただの友達、『庇護』だけの私とはスペックが違うってこと?」

「…………」


 苦々しくそう言う千鳥に氷室は何も答えなかった。

 確かに氷室は姫君の『寵愛』を受けてはいるが、彼女の実力はそれに縋るばかりのものではないのだから。


『寵愛』。姫君より『庇護』を受ける魔女の中でも、より想いを向けられた唯一の者に与えられる最上級の恩恵。

 その者に与えられる力は『庇護』のそれを上回り、そしてより強く姫君との結びつきを得る。

 前提条件が近い者同士であれば、『庇護』と『寵愛』には圧倒的な力量差が生まれるだろう。


 しかし氷室の場合、まず前提とする実力が既に千鳥を上回っている。

 スタート地点が違い、そこからの伸び代も違えば到達点がより離れることは必定だ。

 しかしそれを千鳥が知る由もなく、それ故に実力差を正確に測ることができないでいた。


「これが私個人のことならアンタとなんか喧嘩したくないけどさ、一応これ私の仕事だし、仕事しなきゃ追い出されちゃうからさ。ただでさえ居候なのに、仕事の一つもしないわけにいかないのよこっちも。だから悪いけど付き合ってもらうからね!」


 挫けぬ千鳥は声を張り上げて電撃の出力を上げた。

 その小さな身体から発せられる雷は大きく伸び、まるで翼が生えているかのように大きく広がる。

 雷の鳥をまとうが如く、千鳥はその身の電撃を大きく唸らせた。


「付き合っている暇は、ない」


 氷室は内心焦っていた。

 千鳥の言葉に耳を傾け、そして彼女の相手をすればするほどアリスの身に危機が迫ってる。

 善子のことを全く信用していないわけではないが、自分がアリスの前に立たなければ不安だった。

 しかし実力差があるとはいえ、千鳥が立ちはだかっている間は素通りはできない。


 アリスの友達であり、そして自分も少なからず知る顔である千鳥を傷付けることには抵抗があったが、向かってくるのなら仕方がないと割り切る。

 例えどちらが勝つにしても、どちらかが取り返しのつかないことになればきっとアリスは悲しむ。

 故に氷室は千鳥の身動きを封じ、自分を食い止め追うことができなくなることを念頭に置いていた。

 しかしだからこそ全力を尽くせば圧倒しきれる相手に手心を加えてしまい、どうにも千鳥を倒しきれない。

 それは千鳥を想うというよりは、アリスを想ってのことだった。


 しかしいつまでも足を止めてはいられない。

 夜子がアリスに対面している今、事態は刻一刻と悪くなっていく。

 アリスを殺すつもりはないとはいえ、晴香を殺されればそれは敗北だ。

『寵愛』を受けている氷室をも圧倒的に凌駕する実力を持つ夜子を前にして、あの三人だけでは分が悪すぎる。


「……だから、もう終わりにしましょう」

「ナメんじゃないわよ!」


 冷徹に述べた氷室の言葉に千鳥は叫びで返し、そしてその体が爆ぜた。

 炸裂したように見えるほどの衝撃と閃光を伴って、雷をまとうその体で氷室へと迫る。


 電撃のエネルギーと推進力で大きく飛び上がり、氷室の上空を取る。

 翼を広げるように帯電させる電気を拡大させ、空を覆う電気の膜が網のように広がった。

 そしてその網のように交差する電撃の網目から、まるで雨のように数多の電撃が降り注いだ。

 雨に伴う雷ではなく、雨のように降る雷。

 そしてその全ては氷室一人へと向けられていた。


 氷室は咄嗟に氷のドームを覆うよに展開してそれを防いだ。

 自身を包み込む堅牢な氷のドームは、降り注ぐ雷からその身を守る。

 しかし数多の落雷にそのドームは確実に削られていく。

 終わりの見えない雷の雨は、幾度となく氷のドームを穿ち、貫かんとする。


「籠もったのが間違いだったわね。自分で逃げ場なくしてるわよ!」


 一点集中で降り注ぐ落雷はドームの頭頂部を執拗に砕き、そこを中心に僅かにヒビが入った。

 それを千鳥は見逃さず、その一点を狙って自らが落雷となって特攻した。

 ドームの天井が崩落し、激しい放電と共に落下し侵入した千鳥は、追い詰めたとしたり顔を向ける。

 しかし、そこには飽くまで余裕の面持ちの氷室がいた。

 瞬間、千鳥は己の過ちに気付いた。

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