7 軍服の姉妹

 その二人の姿は大分浮世離れしていて、この平和な住宅街の中ではあまりにも異質な存在だった。

 そもそも軍服姿なんて現代日本ではお目にかかるような代物じゃない。


 二人共全く同じ服装だった。

 ロングコートタイプの軍服で、その下のショートパンツからはタイツを履いた長い脚が扇情的にのぞいている。

 浅めに被った軍帽が、どことなく女性らしさを思わせた。

 凛々しくも艶めかしくたおやかなその姿からは、軍人らしい堅苦しさの中に確かな女性らしさを感じさせる。


 一人はとても大人っぽくて、見た目は二十代後半くらい。明るめの茶髪を長く伸ばして、長い前髪が片目を少し覆っていた。

 けれど知性的なキリッとした眼差しは真っ直ぐ伝わってくる。

 しっかりとした大人の女性という雰囲気の人。


 もう一人は比べると少し幼く見えるけれど、それでもきっと二十代前半ほど。

 黒い髪はストンとストレートに肩甲骨の辺りまでのばして、少し暗めの雰囲気を感じさせる。

 少し幼さの残るその顔は退屈そう、というよりはどこか不満を感じさせるような仏頂面だった。


 まさか、善子さんから話を聞いた直後に出会うことになるなんて。

 いや、この状況下で善子さんが見かけた時点で、私に接触してくる可能性は高かったんだから、これは当然のことかもしれない。


 けれどやっぱり私は動揺を隠せなくて、軍服の二人組みから一歩距離を取った。

 そんな私を見て、茶髪の大人っぽい方の人がクスリと優しく微笑んだ。


「そう警戒なさらないでください。私たちには万に一つも敵意はありません。あなた自身にも、あなたの周りのものにも、私たちは一切危害を加えませんよ」


 その口調はハッキリとしつつもとても優しげで、言葉だけならただの優しいお姉さんと話しているようだった。


「あなたたちは、何者ですか……?」


 敵意がないと言っていたとしても、何をしてくるかはわからない。

 危害は加えないとか、殺すつもりはないとか言いながらも、私に襲いかかってきた人たちは沢山いる。


 けれど話さないことには始まらない。

 私に用があってこうしてやってきた以上、相手の意思を確認しておかないことには、対処の仕方も考えられない。

 もしもの時は、氷室さんに助けを求めよう。


「これは失礼。あなたは記憶を失っているのでしたね。ならば名乗らなければいけませんでした」


 軽く頭を下げるとその人はニコッと微笑んだ。


「私の名はシオン。そしてこちらは妹のネネ。あなたに一目お会いしたくて、こうしてやってきました」


 やっぱりだ。善子さんから聞いていた名前と同じ。

 茶髪の大人っぽい人がシオン。黒髪の仏頂面な人がネネ。姉妹だという情報とも一致する。

 やっぱりこの人たちが、五年前に善子さんやレイくんたちが戦った相手で間違いはなさそうだ。


 レイくんたちが、というところが引っかかるから、この人たちが一概に悪い人たちだとは断定できないけれど。

 むしろレジスタンスであるレイくんたちと対立するのなら、もしかしたら平和的な考えを持つ魔女なのかもしれない。


 そう考えてみると、そこまでの警戒をしなくてもいいのかもしれない。

 そんな浅はかな考えが出てしまって、少し気が抜けた顔になってしまった。

 そんな私を見てシオンは微笑んだ。


「あぁでも、今のあなたにはこう名乗った方が伝わりやすいかもしれませんね。H1エイチワンH2エイチツー、と」

「────!?」


 それはとても聞き覚えのある呼称。魔女狩りが名乗るコードネームだ。

 D4ディーフォーD8ディーエイトD7ディーセブン、そしてカノンさんのC9シーナイン

 アルファベットと数字の組み合わせによるその名は、酷似している。


「あなたたちは、魔女じゃないんですか……?」

「魔女? あぁ、まぁそれでも大差はありませんけどね。しかし私たちは魔女狩りなので、やはりここは魔法使いと名乗っておきましょう。魔法使いで魔女狩り、H1とH2。以後、どうぞお見知り置きを」


 とてもあっけらかんと言ってのけるシオン。

 それは私の知っている限り、とても魔法使いの口から出るような言葉ではなかった。

 魔法使いは魔女を嫌悪し、忌み嫌うものだと教えられてきた。

 なのにその魔法使いが、自分たちを魔女と大差ないって言うのは、どういうこと?

 一体この人たちは何者なの……?


「すいません。どうやら混乱させてしまったようですね。私たちのことは魔法使いのシオンとネネ。そう認識してもらえれば構いません」

「…………」


 私には魔法使いか魔女かを判別することができないから、この人たちの言葉を信じるしかない。

 でも私にとって大切なのはこの人たちの立場よりも、この人たちが何をしにきたのかだから。

 今は細かいことには目を瞑ろう。


「……わかりました。それで、シオン……さんとネネさんは、私を連れ戻しにきたんですか?」


 少しぎこちなく問いかけた私のことを、シオンさんはクスリと笑った。

 馬鹿にしたというよりは、子供に微笑むお姉さんのようだった。

 警戒しているこっちが馬鹿らしく思えるほど、シオンさんは穏やかだった。


「いいえ。私たちはそのような命を受けていません。私たちはただ、あなたに一目会いたかっただけなんです」

「え、でも……」

「ねぇ姉様ねえさま。はっきり言ってあげた方がいいよ。困ってる」


 丁寧だけれど少し回りくどいシオンさんの言葉に戸惑っている私を見て、ネネさんが口を挟んだ。

 仏頂面を少し緩めて、こちらもまた年下の女の子を見るような目を向けてきた。


「私たちはあなたを見守るように言われてきたの。だからあなたに危害を加えることはないし、連れ帰ったりもしない。私たちはただ、あなたの行く末を見守るだけ。ま、今はね」

「…………?」


 シオンさんとは対照的に軽い口調のネネさん。

 今までの魔女狩りは、私を連れ帰ろうとしたり殺そうとしたり、とにかくお姫様である私を自分たちの都合の良いようにしようとしていた。

 なのに今度は見守るだけ? そんなことってあるの?


「こらネネ。アリス様にはちゃんと丁寧な言葉遣いをしなさい。失礼でしょう」

「いやぁついさぁ。アリス様は妹みたいで可愛いし。それに姉様だってすごく丁寧かって言うと、そうでもないよ?」

「……! 私としたことが……」


 ネネさんを嗜めたシオンさんだけれど、さくっと言い返されてしまっていた。

 シオンさんは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「あの、そういうの良いですから。なんていうか……私の方が子供なので」


 なんだか平和な姉妹のやり取りを見せられて、ついついそんなことを言ってしまった。

 この人たちは私が今まで出会った魔法使いとは違って、怖い雰囲気はない。

 堅苦しい軍服姿は少し威圧的ではあるけれど、彼女たち自身は優しいお姉さんのように見えてしまう。


「ほら、アリス様もそう言ってるしさー」

「まったく。だからといって羽目を外しすぎないこと」

「はーい」


 困ったように溜息をつくシオンさんと、ニカッと楽しそうに笑うネネさん。

 毛色は違う二人だけれど、姉妹の仲は良さそうだった。


「さて、すみません、話が逸れてしまいましたね。今、魔女狩りの中でも様々な思惑が入り乱れ、情勢は移ろっています。私たちは我が主、ロード・ホーリーの命を受け、あなたを見守るためにこちらへやってきたのです」


 綺麗な明るめな茶髪を爛と振って、シオンさんは言った。


「ロード・ホーリー────私たちは敬愛を込めてライト様とお呼びしていますが────ライト様はあなたの身を案じておられるのです。あなたを見守り、そしてその後始末をするために、私たちは遣わされました」

「え? えっと……」


 情報量が多すぎて頭がついていかない。

 今までほとんど知らなかった、魔法使いたちの事情を話されても全くわからない。

 そんな私を見てネネさんは溜息をついた。


「ほら姉様。またアリス様、困ってるから。ちゃんと順序立てて話してあげないと」

「これは失礼しました。そうですね。今のあなたは何も知らない。お話しすべきことは沢山あるでしょう。よろしければ、時間をとって頂いてゆっくりお話がしたいのですが」

「でも、今の私には制限がかけられているから、込み入った事情を話されても私にはわからないんじゃ……」


 私の返答を聞いて、シオンさんは微笑みながら優しく頷いた。


「確かに、アリス様自身のことに関してはそうでしょう。けれどあなたを取り巻く事情に関しては、その限りではありません。あなたにとって、聞いておいて損のないことだとは思いますよ?」


 言われてみればそうだった。

 私は記憶と力を切り取られて、そこに干渉することを制限されているだけだ。

 その部分に触れない話ならば、ちゃんと聞いて理解できるんだ。

 夜子さんたちがそれを理由に話してくれないから、色々な事情に対して少し弱腰になっていた。


 けれどこの人たちにいくら敵意を感じないといっても、相手は魔法使いで魔女狩り。

 私一人でこの人たちの相手をして、もしものことがあったら対処しきれない。

 でも、魔法使いたちのことについて知ることができる良い機会だし。


 少し考えて、私には一つしか方法を思いつけなかった。


「わかりました。友達の魔女を呼んでも良いのなら、お話を聞きます」

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