6 言葉を交わさなくても
放課後。
私はいつも通り創と一緒に下校した。
お昼休みに善子さんから話を聞いて、また一つ懸念事項は増えた。
けれどなんだかもう今更な気もする。
一週間前の夜、魔法使いが私を連れ戻しに来たあの時から私の周りはトラブルだらけ。
みんながそれぞれの思惑で好き放題私の周りで暴れている。
私を取り巻く人たちや私自身のこと。気にするものは既にもう沢山あって、今更その項目が増えるからといってもう別段気にならなかった。
もしかしから、少し感覚が麻痺してきたのかもしれないけれど。
記憶と力を引き剥がされて、今の私には知らないことだらけ。
だから私は、来たもの一つひとつに対処していくしかないんだ。
幸い私は一人じゃない。力を貸してくれる友達がいるから。
なんとかなる。きっとなる。
晴香のお見舞いに行くために、おねだりされたプリンを帰りがけに買った。
コンビニやスーパーで買える安いプリンでもよかったんだけれど、たまのことだし今日はお菓子屋さんの少し高めのプリンを奮発した。
問題の晴香はといえば、これが案外元気そうで拍子抜けした。
顔色こそ少し悪そうかなと思えたけれど、その表情は穏やかだったし、声色も悪くなかった。
一日中寝ていたのが退屈だったのか普段にも増してよく喋るし、プリンはペロリと平らげた。
強がっているようには見えなかったし、もしかしたら本当にサボるための嘘だったんじゃないかと疑りたくなるほどだった。
まぁでも元気なことはいいことだし、大したことじゃないのなら一安心だし。
「晴香のやつ仮病だったんじゃないか?」
三人でしばらくお喋りをして、適当なところで私と創はお暇した。
晴香の家を出て、創はそんなことをボヤいた。
「そんなこと言わないの。晴香がそんなことするわけないでしょ?」
「まぁなー」
創はなんとも煮え切らない返事をした。
何か言いだけな表情に、私は無言で顔を向ける。
すると創は私の方にチラリと目を向けてから、小さく溜息をついた。
「どいつもこいつも溜め込みやがって。まったく、人の気もしらないでさ」
「え、ちょっとなにさぁ」
「お前も最近何か悩んでるだろ? そういうこと、話してほしいって思ってるんだぞ、俺はな。まぁ晴香もそれは同じだろうけど、でもアイツも似たようなとこあるからな」
私から視線を外し、溜息交じりにそう言葉をこぼす創。
私たちに呆れているようで、けれどその言葉の裏には確かに心配の気持ちが見え隠れしていた。
「問題を解決してやれなくても、力になってやれなくても、聞いてやることはできる。一緒に悩んで、考えてやることはできる。だからあんまり一人で抱え込むなよ」
「創……」
創は創でちゃんと私たちのことを考えてくれている。
普段口が悪くていらないことばっかり言うけれど、それでも私たちは幼馴染で親友だから。
ずっとずっと一緒にいたから。誰よりも一緒にいたから。
そうやって想ってくれている友達に、あんまり心配かけちゃいけないな。
「たまにはカッコイイこと言うじゃーん」
感謝と同時にちょっぴり照れ臭くって、私はそれを誤魔化すようにわざと茶化して肘で創を小突いた。
「創がそんなに私たちのことを思ってくれてるなんて嬉しいなぁ。やっぱりあれだよね。私たち、家族みたいなもんだもんね?」
「ア、アリスお前なぁ。人がせっかく心配してやってんのに……!」
朝の言葉を引っ張り出した私に創はムッと顔を歪めた。
私の肘をひょろりと避けて、一歩前に出る。
「帰る」
創は不機嫌そうにそう言った。
別にそこまで怒っているわけじゃない。あれだって結局照れ隠しだ。
創はそういうところが素直じゃない。
まぁ最初に照れ隠しで茶化した私が言えたことではないんだけれど。
「ありがと、創」
そんな背中に向けて呟いた言葉が聞こえたのか、それともただの別れの挨拶か。
創はこっちに顔を向けることなく後ろ手にひょいと挙げて見せて、そのまま家に入ってしまった。
もう長い時間を共にしてきて、一つひとつの言動は煩雑になってきている。
けれど長い間一緒にいたからこそ、言葉を交わさなくても伝わることはある。
軽口を交わしているだけでも、言葉が足りなくてもちゃんと伝わってる。
創の気持ちはちゃんと私に伝わってるし、私の感謝もきっとちゃんと伝わってる。
そんな友達がいることが嬉しくて、そしてありがたかった。
晴香だって同じ。晴香も私のことを心配してくれている。
そして今晴香が何かを抱えていることは私にだってわかるし、同じように私も心配なんだ。
二人が私を支えてくれるように、私も力になってあげられるようにならないと。
そのためにも早く私は、私を取り巻くこの騒動を何とかしなきゃいけないんだ。
私が何よりも大切な、掛け替えのない日々と愛すべき友達を守るために。
そう改めて心に誓って家に入ろうとした、その時。
「お久しぶりです、アリス様」
見知らぬ声に呼び止められた。
とても明朗快活な、爽やかな女の人の声。
その声に敵意はなかったし、不穏さもなかった。
けれど、その言葉は嫌な予感しかしなかった。
私は恐る恐る声のした方に目を向けた。
晴香の家でしばらく喋っていたから辺りはもうだいぶ薄暗くなっていて、そんな薄闇に紛れるように二人の女性が立っていた。
真っ黒な装束に身を包んだ二人組だ。
時代錯誤のような黒づくめの古めかしい軍服。
軍帽は緩やかに被りつつも、けれどその姿からはまさに軍人のような固い雰囲気が感じられた。
すぐに見当がついた。
その見た目は、昼間聞いたものとぴったりと一致するから。
軍服を着た二人組の女性。この二人が善子さんから聞いた敵の魔女であるということは、もう確認するまでもない。
善子さんから話を聞けていて本当に良かった。なんて少し場違いなことを思ってしまう。
「再びお目にかかれたこと、心より嬉しく思いますよ、アリス様」
二人のうち、少し大人びた方の女性が、ニッコリと笑ってそう言った。
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