5 私はバカだった

「まぁ実際に私の一ヶ月間のこと全てを話していたら長くなっちゃうし、だから私にわかる範囲で何があったのかってことを掻い摘んで話すよ」


 善子さんはあくまで明るくにこやかに言った。

 そんな善子さんがちょっぴり意外だった。

 そんな気持ちが顔に出てしまったみたいで、善子さんは答え合わせをするように続けた。


「私の一番の問題、というか引っかかりみたいなものはもうアリスちゃんも知ってるでしょ? それにまぁ、ある意味解決はしてるしね」


 善子さんが五年前のことで一番気にしていたのは、親友の真奈実さんをレイくんに殺された────そう思っていたというところだ。

 真奈実さんは一応生きていたし、レイくんが殺したということも誤解ではあった。

 そこが解消された今、五年前の出来事はそこまで重いことではないのかもしれない。


「それでも私が魔女になってしまったきっかけではあるし、大変なことも色々あった。楽しい笑い話にできるかって言われると難しいけれど、でも少しは私も気持ちに余裕が持てるようにはなったよ」


 そう言って穏やかに微笑む善子さんの顔を見て安心した。

 話してもらえることは嬉しいけれど、それで善子さんの気持ちを落ち込ませてしまうのは心苦しいし。


「わかりました。聞かせてください」

「よしきた」


 ニカッと笑って私の頭をくしゃりと撫でる善子さん。

 私は黙ってその手を受け入れたけれど、何だか少し無理に元気に振舞っているような気がした。


 真奈実さんが生きていたとしても、五年前の出来事が彼女をああしてしまったきっかけではあるんだろうし。

 やっぱり善子さんはそこに責任を感じているのかもしれない。


「私がレイに出会ったのは五年前の夏休み。そのことは前にも話したよね? その時レイは一人仲間を連れていたの。私はあまりその魔女と話したりしなかったから、名前を聞いたりしなかったんだけれど。三角帽子を被って黒いマントを着た、いかにも魔女って感じの子だった」


 その特徴の人は私の心辺りにはなかった。

 とはいっても、それだけの情報では誰かを特定することは難しそうだけれど。

 それに私が知らないワルプルギスの魔女だって沢山いるだろうし。


「友達と遊んだ帰りにレイに声をかけられたの。同年代だったしレイのヤツ顔は良いからさ、当時純粋な女の子だった私は特に警戒しなかった。何でレイが私に声をかけてきたのかは結局わからないんだけどね。ただその時、レイは私に助けを求めてきたの」

「でも、善子さんはその時まだ魔女じゃなかったんですよね?」

「うん。私は普通の女の子だった。レイは私に、悪い魔女が奪った大切なものを取り返すのに力を貸して欲しいと言ってきたんだよ」


 何だかそれはとても胡散臭く感じた。

 それを言ってしまうと、レイくんの言葉は基本的に少し胡散臭いけれど。

 あの超美形顔で誤魔化されているだけで、言葉だけ切り取るとレイくんは結構胡散臭いとは思う。


「その時魔女についての説明も受けてさ。当時中学生だった私は、まるで漫画みたいな世界観にわくわくしちゃったんだよね。バカだから」

「バカって……」

「いや、今思うと本当にバカだったんだよあの頃の私は。その時真奈実とはもう仲良くなっていて多少感化されていたとこもあってさ、私は悪い魔女と戦うっていうことに安っぽい正義感を燃やしちゃったってわけ」


 善子さんが馬鹿だったかは置いておくにしても、誰だって中学生くらいの時は漫画みたいな奇想天外なことに関わってみたいと思うものかもしれない。

 そこに真奈実さん譲りの正義感が織り混ざって、レイくんの口車も相まって。

 善子さんは元々真っ直ぐ突き進むタイプではあるし、信じてついて行ってしまうのも仕方がないのかもしれない。


「敵は二人の魔女だった。それからは戦いの連続だよ。最初の頃は私は何にもしてなかったけどね、よくわらないままレイたちにくっついて行っていた。途中で真奈実が私を見つけて、こっぴどく叱った上に関わるのをやめろって言ってくれた。けどその時の私はバカだったから、自分はレイたちと正しいことをしているんだっていう、根拠のない自信があって真奈実の言うことは聞かなかった。そして結局、気がつけば私も魔女になっていた」


 善子さんは困ったように眉をひそめて笑った。

 その時真奈実さんの言う事を聞いていれば。そう思っているのかもしれない。


「自分が魔女になってしまったと知った時は、流石にショックだったよ。その時全てを後悔した。好奇心と安っぽい正義感のせいで、私は死の宿命を背負うことになっちゃったんだからね。関わらなくて良いものに首を突っ込んで、私は自分から死に片脚を突っ込んだってこと。でも、もうその時には後戻りなんてできなかった」


『魔女ウィルス』は魔女から他人に感染する。

 魔女と行動を共にして、魔女と関わりを持ち続けていれば感染の可能性は高くなる。

 レイくんたちと一緒にいて、魔女たちの戦いに関わっていれば、確かにそのリスクは大きいはすだ。


「私は怖くなってレイの元から逃げ出した。それでどうにかなるわけじゃないってわかっていたけれど、それ以上そこにはいられなかった。でも魔女になった身で家に帰るわけにもいかなくて、行く宛もなく彷徨っている時、また真奈実が私を見つけてくれたんだ。真奈実は私を散々叱ってから、生き残るための術を教えてくれた。魔法の使い方や日常での生き抜き方をね。それで大分私は救われたけれど、でもまだ家には帰れなかった」


 善子さんは重く溜息をこぼす。

 彼女にとって決して気持ちのいい話じゃない。

 けれどそれでも、善子さんは話してくれる。


「散々レイたちについて回っていた私は、相手の魔女からもう敵と認識されてたからね。それでのこのこ家に帰ったら、家族に危害が及ぶかもしれない。だから私は結局レイのところに戻って、戦いに参加するしかなかったんだよ」

「戦いが終わるまでどこかに隠れてちゃダメだったんですか?」

「真奈実にも似たようなことを言われたよ。関わっちゃいけないから、ことが落ち着くまで隠れてるべきだって。でも私にはそれができなかった。一度は逃げ出したけれど、でもやっぱり悪い魔女は倒さなきゃいけないっていう正義感があったし。それに自分の街で暴れ続けられるのも癪だった。真奈実に魔法のことを教えてもらって、私は少し強気になってたんだよ」


 ほらバカでしょ?と善子さんは微笑む。

 でも私は善子さんらしいと思った。

 確かに無謀だし無茶だし向こう見ずかもしれないけれど、それでも善子さんは自分が正しいと思うことにまっすぐだったんだから。


「私は真奈実の制止を振り払って、またレイの元に舞い戻って戦いに加わった。正直魔女になりたての私のへっぽこ魔法じゃ、大した役には立ってなかったと思うけどね。それでも何とか死なずに食らいついて、あの夜になった」


 善子さんの表情が暗くなる。

 あの夜とはつまり、真奈実さんが殺された日。


「実はね、私は結局最終的にどうなったのかは知らないんだ。私は敵にこっぴどくやられて、そんな私を真奈実が助けに来てくれて、戦局は入り乱れた。動けなくなった私を真奈実は守ってくれた。敵の大きな攻撃を受けた真奈実はボロボロになって、私も意識を保つのが難しくなった。でも私はハッキリ見たんだよ。真奈実の身体が粉々に弾け飛ぶところを」


 苦虫を噛み潰したような顔をしながら語られる言葉に、私は息を飲んだ。

 わかっていたこと、知っていたこととはいえ、それでも身が竦んだ。


「その時、確かに真奈実の目の前にはレイがいた。だから私には、敵の魔女じゃなくレイが真奈実を殺したように見えたの。私を守るために戦いに飛び込んできた真奈実を、レイが殺した。私はその光景を見ながら意識を失って、気がついた時にはもう何もなかった。レイたちも敵の魔女も、もちろん真奈実も。何もなかった」

「じゃあレイくんたちが敵から奪われたものを取り返せたかも、わからないってことですか?」

「うん。まぁ、そうだね。でももうその時の私にはそんなことどうでもよくなってた。自分のせいで真奈実を死なせてしまったことへの罪悪感と、どうしてレイが真奈実を殺したのか理解できない動揺でいっぱいで。でもどんなに探してもレイたちも敵の魔女も、もうこの街の中には見当たらなくて、私はただ失うだけ失って、戦いから解放されたってわけ」


 善子さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「私がバカだったばっかりに、真奈実の言うことを聞かずにレイについていったばっかりに、私は親友を失って、自分も死を背負う魔女になった。結果として真奈実は生きていたし、レイに殺されたわけじゃなかったみたいだけど、過去の私の過ちが消えるわけじゃないしね」

「でも、善子さんは自分が正しいことをしようとしただけじゃないですか。間違ってなんて、いないですよ……」

「ありがと。アリスちゃんは優しいね。でもさ、間違っていなかったとしても、だからといって正しくもなかった。私は関わるべきじゃなかったんだから。バカだったんだよ、私は」


 善子さんは私の頭を撫でながらはにかんで見せた。

 それは過去の過ちだと笑い飛ばしているのではなくて、過去の自分のバカさを嘲笑っているように見えた。


「ま、そんなとこだよ。五年前の出来事は、私がただバカだっただけ。何もかも中途半端で、私は結局なんにも知らない。だからせめて私はもう間違わないように、正しいことができる自分になろうって決めたの」


 善子さんの後悔は善子さん自身のもの。私が口を挟むことじゃない。

 けれど少なくとも、今の善子さんはちゃんと正しいことができていると思う。

 いつも優しくて思いやりがあって、とても頼りになる善子さん。

 人のために手を差し伸べる彼女は、私にとっては正義の味方みたいなものだから。


「それで、ここからが問題なんだけどね。実は昨日見つけちゃったんだよ」

「何をですか?」

「その時戦った敵の魔女」

「えっ…………」


 善子さんは顔を強張らせて言った。


「あれから姿を現さなかったヤツらが、またこの街にいる。もしかしたら五年前のことが絡んでいるのかもしれない。アリスちゃんには直接関わり合いのないことかもしれないけれど、気にしておいた方がいいと思って」


 レイくんが何を巡ってその魔女たちと戦っていたのかは善子さんも知らないみたいだけれど、ワルプルギスの魔女であるレイくんが大切なものというのなら、それはお姫様に関するものかもしれない。

 そしたらそれはやっぱり、私にとっても無関係なことじゃないかもしれない。


「ごめんね。話した割に私が教えてあげられること、あんまりないんだ。なんだか伝えられたのは私がバカだってことだけで恥ずかしいなぁ」

「そんなことないですよ。話してもらえて嬉しいです。むしろ話しにくいこと話させてしまってすいません」

「アリスちゃんが謝ることじゃないよ。アリスちゃんの方がよっぽど大変みたいだし、私にできることは少しでも力になりたいしさ」


 二人で頭を下げあって、なんだかそれがおかしくて顔を見合わせて笑い合った。


「私個人としては、あの魔女たちにもう敵意はないの。結局私はレイに乗せられていただけだし。彼女たちが本当に悪い魔女だったのかも、今となっては定かじゃない。でも、またこの街にやって来たってことは、何か良くないことがあるかもしれない」

「どんな人たち何ですか? その魔女って」


 私に用がある可能性は高い。

 むしろ今色々と混み合っている中でやって来たのであれば、そう考えた方が自然だし。

 もしもの時のために、できるだけのことは知っておいた方がいい。


「真っ黒な古めかしい軍服みたいな服を着てる女だよ。名前は確か、シオンとネネ。姉妹の魔女だったよ」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが、静かに鳴り響いた。

 いつも耳にしている変わり映えのしない無機質な音。

 そのありふれた日常の音が、今はとても遠く聞こえた。

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