4 冬の屋上は
お昼休み。
善子さんとは食堂で待ち合わせをしているので、私はお弁当片手に教室を出た。
私たちはいつもお弁当持参だからあんまり学食を利用することはないし、お昼は教室で過ごすことが多い。
けれど食堂は持ち込みも大丈夫だから、お弁当の人や購買で買ってきた人などもいる。
教室を出る時ふと目を向けてみると、氷室さんはいつもと変わらず静かに本を読んでいた。
こうしていると氷室さんが魔女だと知る前の、ただの静かな女の子だと思っていた時の印象となんら変わらない。
朝も普通に挨拶をして、普通の友達のように言葉を交わして。
ここ数日、魔法が飛び交い命をかけた戦いをしているのが嘘のように、そこには平穏があった。
こんな日々が、こんな平穏だけが続くようにしたいものだけれど。
学食の前まで行くと、善子さんがニカッと笑って手を振ってきた。
その手には購買で買ったであろうビニール袋があった。
「やっほーアリスちゃん。呼び立ててごめんね。創くん拗ねてなかった?」
「そんな可愛げは創にはないですよ。そそくさと別の友達とお弁当広げてましたよ」
まぁ一緒にお昼を食べないというだけで感傷に浸れというのも無理のある話だけれど。
それでも、もう少し何かあっても良いんじゃないかなとも思わなくもない。
「まぁそれは創くんなりの寂しさの裏返しだったりしてね。────それでここまで来てもらったのになんなんだけど、屋上に行かない?」
「……? いいですけど」
特に断る理由もないので頷くと、善子さんはにっこり笑った。
別にこれから屋上に行くのはいいのだけれど、うちの学校は屋上は立ち入り禁止なんだけどなぁ。
けれどそこは魔女というか、しっかりと施錠されている屋上へと出る扉の鍵を、あっさりと魔法で解錠してしまう善子さん。
今でも普通に接していると意識しないけれど、こういうところを見せられると善子さんも魔女なんだなぁって実感してしまう。
冬の屋上は冷たい風が身を刺すようで、暖かな日差しはあれどとてもご飯を食べるのに適した環境とは言えなかった。
そこで善子さんが簡易的な風と寒さを凌ぐ結界を張ってくれて、快適空間を作ってくれた。
私たちは物陰に座って早速お昼を広げた。
「アリスちゃんは、あれから真奈実やレイに会ったりした?」
しばらくは取り止めのない雑談をしてから、善子さんポロリと言った。
おそらくはそれが本題だったんだと思う。
食堂ではなくわざわざ人気のない屋上に侵入したのも、普通の人に聞かせられない話が混ざるからだ。
「私は……会ってないです」
咄嗟に嘘をついてしまった。
実際には昨日の夜レイくんとは少しだけど話しているし、ワルプルギスの魔女とも一悶着あった。
けれど善子さんが望むような進展はなかったし、何より無用な心配をさせてしまうかもしれない。
今は伏せておいた方が話はスムーズだ。
「そっか。私、あれから探ってみてはいるんだけど見当たらなくてね。アリスちゃんにご執心みたいだったから、まだこの辺りにはいると思うんだけど」
もう三日前のこと。魔女狩り、
ワルプルギスのリーダーを名乗る彼女は自らの使命と正義を振りかざして、長い間残されていた善子さんを拒絶した。
あれは決定的な決裂で、以前の彼女を知らない私でも、今のホワイトは善子さんの親友の真奈実さんとは違う人になってしまったということはわかった。
けれどきっと、善子さんは諦めていない。
死んだと思っていた親友が生きていたのだから、例え一度拒絶されたからといって簡単には切り捨てられないんだ。
むしろ善子さんなら、ホワイトの目を覚まそうとすら考えているかもしれない。
「ホワイト────真奈実さんに関しては向こうの世界に帰ってしまったって、他の魔女から聞きました。レイくんはまだこの街にいると思うんですけど」
「そっか。向こうの世界の魔女のレジスタンスのリーダー、か。なんでそんなことになったんだろう。私が知らない間に、何が……」
善子さんはサンドウィッチの最後の一口を口に放り込みながら難しい顔をした。
一度死んだはずの真奈実さん。少なくとも善子さんからはそう見えていた。
その真奈実さんが実は生きていて、大きな力を持ってしてレジスタンスを率いている。
確かに過去の普通の親友の頃を知っている善子さんにとっては理解できない状況だ。
あれ? 死んだはずなのに生きている。
似たようなことをつい昨日聞かなかったっけ……?
「アリスちゃんには、ちゃんと五年前の事、話しておかないとかな」
「……え?」
何か引っ掛かりを覚えて考え事をしていたところに唐突にそう言われ、私は少しリアクションが遅れてしまった。
五年前の事というと、確か善子さんが魔女になってしまった時の事かな?
夏休みの間、家に帰れず魔女の騒動に巻き込まれたっていう。
「実は休みの間、真奈実やレイのことを探っていた時に気になることがあってさ。それも踏まえてアリスちゃんには話しておいた方がいいと思って」
「私が聞いてもいいんですか?」
「もちろん。真奈実やレイの────ワルプルギスだっけ? ────それはアリスちゃんを狙ってるわけだし、この話もきっと無関係じゃないんじゃないかな? それに魔女っていう同じ境遇だし、なにより私はアリスちゃんのこと信頼できる友達だって思ってるからね」
気の良い優しい笑顔でそう言われて、私は思わず善子さんの顔を見つめてしまった。
五年前のことは善子さんにとって複雑なことのはずなのに、それを話してくれるほどに信頼してくれていることが嬉しかった。
実は私は魔女ではなかった、ということだけが少し後ろめたくはあるけれど。
でも、その信頼に応えたいと思った。
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