8 軍服とセーラー服

 二人の承諾を得て私が電話で事情を話すと、氷室さんはすぐに来てくれた。

 崩さぬポーカーフェイスの中に焦燥を見えか隠れさせながら、文字通り飛んできた。

 あまりに速やかな駆けつけ方に、人に見られて騒ぎになっていないかと心配になるほどだった。


 氷室さんはシオンさんとネネさんのことを見ると、警戒心を強めて私を庇うように前に出た。

 今にも敵対行動を起こしそうだった氷室さんを私は慌てて諌めた。

 取り敢えず今は話をすることが優先だし、ことを構える必要はないんだから。


 私が改めて丁寧に説明すると、氷室さんはそのスカイブルーの瞳を心配そうに揺らしながらも、ひとまず頷いてくれた。

 相手は魔法使いで魔女狩りだけれど、敵意がないのなら話し合う余地はあると理解してくれたようで安心した。


 魔女にとって魔法使いは警戒するべき相手であることはもちろんだけれど、だからといって魔女の方から魔法使い全てを敵視するわけじゃない。

 あくまでその関係性は、魔女が魔法使いに忌み嫌われているという一方的なものだから。

 まぁワルプルギスのように魔法使いに叛旗を翻す人たちもいるわけだけれど。


 この間のD7ディーセブンのように問答無用で襲ってくるわけじゃない。

 相手があくまで対話を求めているのなら、私はそれに応じたい。

 私が知らない向こうの事情についても聞けるだろうし。

 この二人への対応は、話を聞いてからでも決して遅くはないだろうから。


 私が氷室さんに説明しているところを、シオンさんは微笑ましく、ネネさんはまたつまらなそうに眺めていた。

 二人は魔女狩りなのに、魔女の氷室さんに対して何も思わないのかな。

 呼んでからそう思ったけれど、二人は特に態度に出さなかった。


「ごめんね氷室さん。呼びつけて」

「いいえ。寧ろ呼んでもらえてよかった」


 私の謝罪に氷室さんは静かに首を横に振った。

 昨日のように私一人で敵に遭遇してしまうよりは、一緒にいた方が安心だとその瞳は告げていた。


「話がまとまったようで何よりです」


 そんな私たちを見てシオンさんが言った。


「早速話に、と言いたいところですが……」


 シオンさんはそこまで言って少し困った顔をした。

 思えばここは私の家の前だ。これからどんな話をどれくらいするのかは別としても、こんなところで立ち話で済ますようなことじゃない。

 だからといって魔法使いをうちの中に招き入れるわけにも行かないし。


 少し悩んだ末、私はどこかのお店に入ることを提案した。

 渋られるかなと思ったけれど、魔法使いの二人は意外にもあっさりと承諾してくれた。


 一番近いところにあったのは、チェーン店のファミリーレストラン。

 魔法の神秘を晒すことを好まず、大きな行動は人目を避けて行う魔法使いなら、周りに人の多いお店の中なら滅多なことはできなだろうという私なりの魂胆だった。


 しかし黒づくめの軍服姿の女の人二人組みを連れての入店は、流石に悪目立ちしてしまうかなという心配もあった。

 けれど女子高生二人と軍服女子二人という奇抜な組み合わせでお店に入っても、周りの人はおろか店員さんも特に好奇の目を向けては来なかった。

 きっと魔法で認識をずらしたりして目立たないようにしているんだと、そこで気がついた。


 二人ずつ向かい合って四人がけのテーブルに着く。

 軍服とセーラー服の組み合わせは、まるでどこかのコスプレイベントのような光景だった。

 どちらも本物だから断じてコスプレなんかじゃないんだからど。特に私たちは。

 腰掛けることでコートから顔を出す、タイツに包まれたすらっとした脚が妙に色っぽくて何だかどきまぎしてしまう。


 何も頼まないわけにもいかないから、適当にドリンクバーを人数分注文した。

 いくらなんでもこの顔ぶれで仲良くお食事をしようとは思えない。


「それは何ですか?」


 特に確認もとらずに私が注文をしたのを聞いて、シオンさんが首を傾げた。

 よくよく考えてみればこの人たちは向こうの世界の住人。端的に言ってしまえば異世界人だ。

 この世界の知識や常識がなくて当たり前だった。


「自分の好きな飲み物を好きなだけ飲めるんですよ。その代わり自分で取りに行くんですけどね」

「なんと……! そんなことで店側は採算がとれるのですか? それに客自らが取りに行くなんて、店の者は一体何を……」

「はいはい姉様ねえさま。郷に入れば郷に従えって言うからね。言われた通り取り行くよー」


 慣れないことに戸惑いを隠せていないシオンさんを、ネネさんが適当にいなした。

 ていうか、そのことわざは向こうにもあるのかな……?

 ちなみにドリンクバーでどう採算をとっているのかは知らないけれど、ドリンクバーで元を取ろうということが無謀なことであることは知ってる。


 二人だけで飲み物を取りに行かせるわけにもいかないから、氷室さんの希望を聞いて席で待っていてもらって、私が引率をすることにした。

 見慣れない機械を物珍しそうに見ている二人は、私よりもよっぽどお姉さんなのになんだか可愛らしかった。


 シオンさんとネネさんは二人共紅茶がいいと言うのでお湯の入れ方を教えて、ティーバッグは自分たちで選ばせた。

 氷室さんはホットコーヒーがいいと言っていたので、私もそれに合わせて二人分を淹れた。砂糖とミルクは忘れない。


 ボタン一つで完成された飲み物が出てくる様を見て歓声をあげたり、お湯にパックを浸すだけであっという間に紅茶が出来上がることに唖然としたり。

 私たちにとっては当たり前になってしまっている現代文明の数々に新鮮な反応を見せる二人に、なんだか謎の優越感がこみ上げてきた。

 私はこの文明の発展には何一つとして貢献はいないんだけれど。


 シオンさんとネネさんはティーバッグから紅茶の成分が滲み出ているのを不思議そうに、そして楽しそうに眺めたいた。

 そのままだっとずっとそうしていそうだったので、適当なところでティーバッグを出すことを教えてあげる。

 渋めが好きな人は入れたまま飲んだりするけれど、ここは普通のパターンを教えておいた方がいいと思った。

 まぁ、この人たちが今後ティーバッグでお茶を飲む機会があるかは知らないけれど。


 相手にしている人たちが『まほうつかいの国』の魔法使いで魔女狩りであることを忘れてしましそうになるほどに、和やかな空気になってしまった。

 こうしていると穏やかなお姉さんにしか見えないのだから仕方がないとは思う。

 まぁ、普通の穏やかなお姉さんは街中で軍服なんか着てないけどね。

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