2 親友の覚悟
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「やっぱりここにいたんだね、レオ」
そこは無人の城。今は誰も住むことのない放棄された城。かつては栄華の象徴として崇められていた姫君の城。
数日前、花園 アリスの保護に使用され、侵入した魔女と他ならぬアリスによって、一部の破壊を受けてその逃走を許した場所だった。
その城の一番高い塔のとんがり屋根の上で寝転んでいた
満点の星空の下、タバコを乱暴に口に咥えて夜空を見上げていたレオは、横目でアリアを一瞥すると溜息をついた。
「エドワードのやつ、しくじったらしいな」
「うん。どうやらこっ酷くやられたみたい」
平然とそう語り合いながらも、二人の空気はとても重たく冷たかった。
仲間の魔女狩りによる任務失敗の報告に対して、どう反応するべきか。
それは二人にはとても難しいことだった。
「だから、アリスはまだ生きてる」
風になびくポニーテールは押さえながら、まるで自分に言い聞かせるようにアリアは言う。
そこには確実に安堵の気持ちが込められていた。
仲間の前では決して言えない。特にあの館の中では。
「ロードも手が早い。まさかこんなにも直ぐに刺客を向けるとはな」
「ロード・デュークスは躊躇わない方だから。ロードの魔女狩りとしての意識もとても高い。彼の方は決めたら直ぐ行動に移すから」
アリスが魔女に堕ちたと判断を下した瞬間、ロード・デュークスはすぐに姫君討伐の命を
それを止められないものだと二人共わかってはいたが、その決断はあまりにも迅速だった。
「まぁどっちにしろ、エドワードの奴にどうこうなりゃしなかっただろうさ」
「それは……そうだね。アリスが姫君の力を発揮したとしたら、それは敵うべくもない」
「……アリス。今のアイツは一体どうなってるんだ」
それは答えの出ない問。彼らにとって、アリスの中の姫君は失われたも同然だった。
彼らの元からアリスがいなくなった時から、既に。
だからこそその身を救い出し、そして力を取り戻させる。それが当初の魔法使いの目的だった。
だから、今のアリスが姫君の力を使えるという事実はとても信じがたいものだった。
「アリスは何もかも忘れてるはずだろ? けど、あの時アイツは……」
「今のアリスは、私たちが知っているアリスじゃない。それは確かだよ」
「けどよ、お前も見ただろ? あの時確かにアイツはあの剣を使った。それに俺は確かに聞いたぜ。俺たちの名前を呼ぶ声を」
レオの言葉にアリアはうなだれた。体育座りで膝に顔を埋める。
「……私も、聞いた」
「だとしたら、今のアリスの中には、俺たちとの思い出が消えてない……なんてな」
それは希望的観測。何の根拠もない言葉だった。
確かに今のアリスからは何もかもが失われ、『まほうつかいの国』での出来事も、そこで振るった力ももうない。それだけは確かな事実。
けれど確かに、アリスはその力を一時的とはいえ使っていた。
その時の言葉もまた、今の彼女にはあり得ないものだった。
何が正しくて何が起きているのか、それは彼らにもわからなかった。
「……ねぇレオ。アンタさ、よくないこと考えてるでしょ」
「……なんのことだよ」
お互いに顔を合わせることなく言葉が交わされる。
顔なんて見なくても、お互いの考えることなんてもうわかりきっているから。
「このままじゃ、いつかアリスは殺されちゃう。もしアリスが力を使えたとしても、それでもそれは完全じゃない。ロードが本気になれば、アリスは助からない」
「……あぁ」
「私、やっぱり受け入れられないよ。アリスが例え魔女になったって、アリスがいなくなるなんて耐えられない」
「……あぁ」
「アリスを見捨てるなんて私にはできない。アリスが殺されるのを、指をくわえて見ているなんて私にはできないよ」
「…………あぁ」
レオはただ星を見上げる。多くは語らない。
ただ無造作に燃えるタバコの火が意味なく燻っていた。
「ねぇ、レオ。私……私たち、どうしたら……」
顔を上げてレオを見下ろす。
レオは答えない。けれど、その気持ちは語らずも明らかだった。
無意味に燃え尽きたタバコを無造作に放って、灰になったそれは風にさらわれていく。
それを見送ったレオはゆったりと立ち上がった。
燃えるような赤い長髪が風になびいて、まるで本当に燃え上がっているようだった。
「決まってんだろ。やることなんて、一つしかねぇさ」
「レオ……」
その目に涙を浮かべるアリアの頭をレオはぐしゃりと乱雑に撫でた。
それは彼が昔からアリスとアリアによくやることだった。
か弱い女の子二人に、男の子のレオはいつも乱暴にその頭を撫でてやっていた。俺がいるから心配するなと。
「覚悟を決める時だぜ、アリア」
「覚悟……?」
「あぁ」
見上げるアリアには目を合わせず、レオは静かに言った。
「大切なものを、失う覚悟だ」
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