幕間 魔法使いの語らい

1 二人の君主

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「おーいデュークス。おーいってば」


『まほうつかいの国』、魔女狩りの本拠地内、『ダイヤの館』。

 ロード・デュークスが取り仕切るその館は、石造りの荘厳な館だった。

 国家より魔女狩りに与えられた、王城に並び立つ敷地に建てられた四つの館のうちの一つ。

 そこはロード・デュークスの住まいであると同時に、彼が統括する魔女狩りたちの集う場所でもある。


 Dのコードネームを持つ魔女狩りたちは、このダイヤの館を起点にそれぞれの任務に赴いていく。

 故に、常に館は多くの魔法使いが出入りをしている。

 その館の中で、自室に向かうロード・デュークスを呼び止めるとても気軽な声があった。


 品位と実力を兼ね備え、位ある家の出の魔法使いが与えられる称号、君主ロード。それは雑多な魔法使いとは一線を画すものだ。

 魔女狩りでなくとも、君主ロードを冠するものは一目も二目も置かれ、恐れられ敬われる。

 その君主ロードの一人である彼に対して、気の抜けたような呼びかけができる人物は限られていた。


「おーい無視するなよデュークス。寂しいじゃないか」

「来ていたのかケイン」


 自らの背に寄りかかるように肩を組んできた男に、デュークスは短い溜息をついた。

 その品位と威厳に違わぬ位の高さを感じさせるデュークスとは対照的な男だった。正反対といっても過言ではない。

 鮮やかな金髪を綺麗に整え、白いローブを乱れることなく着こなす、中年の男性ではあるが整然とした見た目のデュークスに対し、同年代であるはずの彼はとてもだらしがない。


 黒いくせ髪を悪戯に伸ばしている。けれど不潔感はなく、それどころか洒落っ気すら感じさせる。適度に着崩した服装や、適度に生やしている髭がどこか色気を感じさせるほどだ。

 真面目さとは正反対の男。軽快で軟派な雰囲気しかない。ニコニコと気の良い笑み浮かべたその顔には、威厳のかけらも感じさせなかった。


 彼こそ、デュークスと同じく君主ロードの称号を持ち、魔女狩りを統べる者の一角を担う男、ロード・ケインだった。


「おいおい冷たいねぇ。せっかく僕が会いに来てやったのにさぁ」

「頼んだ覚えはない。第一、貴様の顔を見たところで何の慰めにもなりはしない」


 ケインを振り払って嘆息するデュークス。

 生真面目で厳格なデュークスと不真面目で奔放なケインは、普段から相性がいいとは言えない。


「まぁそう言うなって。僕たち長い付き合いじゃないか」

「だからこそ貴様の顔など見飽きたと言っている。その胡散臭い顔などな」


 シッシッと手を振るデュークスを、ニコニコとケインは笑顔で流す。

 ケインはそもそもデュークスの言うことなど聞く気がないのだった。


「まぁ僕だって、何の用もなしに君みたいな陰険おじさんなんかに会いに来たりはしないさ」

「貴様、誰が陰険おじさんだと……?」

「お姫様、魔女になったってのは本当なのかい?」


 戯けた態度の隙間から、鋭い視線が飛び出した。

 ようやく要件かと、その目を見たデュークスは再び溜息をついた。


「あんな一方的な報告だけ飛ばしてきてそれっきりじゃ、こっちだって困りものさ。『姫君は魔女に堕ちたため、保護を討伐に切り替える』。あれじゃ誰も納得しないって」

「納得するもしないも純然たる事実だ。それ以外の選択肢などあるものか」


 依然鋭い目つきのケインにデュークスは真っ直ぐに返答する。


「魔女は抹殺すべし。例外はありはしない。それが例え姫君であろうともだ」

「デュークスは本当に四角四面なやつだなぁ。まぁ僕は、君のそんな所嫌いじゃないけどさ」


 そこでケインはニコリと元の気の抜けた笑顔に戻った。


「けどさ、例外はないったって姫様は例外に当たるだろう。いくら魔女になったとはいえ、それをそのまま殺してしまうってのはどうかなぁ」

「魔女であれば、もう他の者と何ら変わりはない。害をなす敵に他ならないだろう」


 デュークスは決して譲らなかった。魔女であれば、それ以前のものは何一つ関係ないと。


「まぁ君の言い分もわかるけどさ。でも他ならぬ姫様だから。そこは君の独断だけじゃまずいって。スクルドくんも結構ご立腹だったよ?」

「あの若造に何を言われようと知ったことではないわ」


 デュークスは顔を歪めて言い放った。

 その名前は彼にとってあまり気のいいものではなかったようだ。

 ケインの思った通りに気分を害したデュークスは、忌々しいとでも言う顔でケインを睨んだ。


「おいおい僕に当たるなよぉ。僕は君のためを思って言ってやってるんだぜ?」

「なんだと?」

「このままだとスクルドくんは自分の部下を動かし始めるかもしれないし、もしかしたら王族特務にチクってやつらが出張ってくるかもしれない。そうなれば困るのは君の立場だぜ?」

「そ、それは……」


 デュークスは思わず苦い顔をした。

 スクルドはともかく、王族特務が動き出すのはまずい。そもそも姫君の保護は、王族特務から譲り受けた任務だ。

 そこに横槍を入れられるようなことになれば、デュークスの信用と実績は一気に降下する。


「まぁ別に君のやり方を曲げる必要はないさ。ただ、少しは周りの意見を取り入れるフリくらい見せておかないと、彼らも納得しないってことだよ」

「……面倒なやつらだ」


 嘆息するデュークスを見て、ケインはやれやれと肩を竦めた。

 面倒なのは君も一緒だと、暗に示す。


「まぁ、そこら辺は僕の方でも上手くやっといてあげるからさ、君は君でちゃんと話を上げておいた方がいいよ」

「……こうなれば仕方あるまい」


 渋々頷くデュークスにケインは満足そうに微笑んだ。

 その人の良さそうな笑みの内側で何を考えているのかは誰も知らない。


「でもさ、姫様は僕ら魔女狩りの計画の要だろう? いくら魔女に堕ちたとはいえ、姫様なしでどうするつもりだったんだい?」

「元より姫君など不要だったのだ。私がかねてより提案していた計画ならな」

「あぁー」


 顔をしかめるデュークス。そして興味なさそうに応えながらも、しっかりとその視線を外さないケイン。

 二人の間でしか成立しない独特な雰囲気が漂ったいた。


「確かに君の計画なら姫君は不要か。でもそれ、本当に大丈夫なのかい?」

「無論だ。研究は常に進んでいる。私の人生をかけて積み重ねてきた研究成果だ。既に完成の目処は立っている。姫君を頼ることができない以上、もうこの計画以外に我らが悲願は叶えられないだろう」

「まぁ概要を聞いたことはあるからさ、うまくいけば確かにそれは理想を果たすだろうということは僕にもわかるよ」


 ケインは薄い笑みを浮かべてデュークスの肩を叩いた。


「それじゃあゆっくり話を聞かせてもらおうかな。その計画を知らないことには、姫様の処遇も決めかねるだろうからね」

「都合のいいやつめ……まぁいいだろう。ちょうど先日、いい酒が入った」

「お、わかってるじゃんデュークス。美味い日本酒だといいんだけどなぁ」

「残念だったな。今あるのはワインだけだ」


 デュークスを追い越して先に彼の自室へ向かうケインに、彼は呆れるように応えた。


「まぁ酒ならなんでもいいさ。飲みならが聞かせてくれよ。酒の肴にさ」

「私の計画をなんだと思っているのだ貴様は。我が『ジャバウォック計画』は、この世界を救うものとなるのだぞ」

「まぁそう怒るなって。ほら、早く行こう」


 そうして二人の男は館の奥へと消えていくのだった。




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