59 正しさの在り方
「正しさって何なんだろう」
ひとしきり泣いた後、善子さんは言った。
地面にへたり込んで俯いてうなだれて。力ないその呟きには、全ての悲しみが込められていた。
「私はずっと、自分が正しいと思うことをしてきたつもりだった。それが誰かのためになると思ってきた。正しいことをしていれば、救われる人がいるって信じてた」
常に正しい道を歩く真奈実さんの生き方が美しいと感じて、できる限りの正しさを目指した善子さん。
けれど、その正しさは今の彼女とはあまりにもかけ離れていた。
「私、わかんなくなっちゃったよ。アリスちゃん……正しさって、なに?」
「善子さんは……間違っていませんよ。私だって信じてます。善子さんは正しいって」
善子さんの正しさに、優しさに救われている人は必ずいる。
私だってそうだったから。善子さんのまっすぐな優しさにいつも助けられている。
善子さんの正しさが間違っているなんてありえない。
「でも、きっとホワイト────真奈実さんがすることもまた、別の正しさなんですよ。私たちにわからなくても」
それは私が今日学んだこと。
「善子さんは正しい。真奈実さんも正しい。みんな自分が進む道が正しいって信じていて、でもそれは交わらなくて。だから正しいと思い合いながらぶつかってしまうんです」
「でも、いつも真奈実の方が正しかった。間違っているのはいつも私の方だったんだ……」
「それでもですよ」
善子さんの頭が私の肩にコツンと落ちる。
私はそんな善子さんを抱きしめて頭を撫でた。
「私たちには理解できない正しさ、正義を真奈実さんは持っている。だからといって、それが絶対に正しいなんて決まってないんですよ。私たちには、善子さんには別の正しさがある。なら、もう正面からぶつかるしかないんです」
交わることのない想いはある。
魔女と魔法使いがお互い譲らないように、どうしたって寄り添えないことはある。
それぞれが一番正しいと思っていることが相反している時はある。
もうその時はぶつかるしかないんだ。
お互いの正しさを胸に抱いて、精一杯に貫くしかないんだ。
避けちゃいけない。目を背けちゃいけない。自分とは違う考えを否定してはいけない。
自分の正しさを信じた上で、その違う正しさと正面からぶつかる。
そうすることで見えてくるものがきっとあるから。
「負けないでください。めげないでください。曲げないでください。正しく生きようとする善子さんのその気持ちは、決して間違ってなんかいないんですから」
善子さんの在り方を、私は美しく思う。
正しくあろうって真っ直ぐに生きる姿を、私は尊敬してる。
だからその生き方をやめて欲しくない。他人の否定で失って欲しくはない。
正しさの在り方は千差万別。人の数だけ正しさがある。
だから私たちは時にそれを受け入れて、時にはぶつからなければいけない。
全ての人に平等に優しくなんてできないのと同じで、全ての人にとっての正義なんてないんだから。
「善子さんはそれでいいんです。善子さんの正しさはそれでいいんです。私もその正しさを信じてますから」
「いい、のかな。あの子と相反する私は……今の私を貫いても」
「当たり前じゃないですか。 誰も善子さんの正しさを否定することなんてできませんから」
D7、そしてクリスティーンとの戦いで私は学んだ。
彼らは間違ってはいなかった。魔法使いとして彼らの言葉は、そちらから見たら正しいことなんだって頭ではわかった。
でも、それは私たち魔女には受け入れることのできない正義。受け入れるわけにはいかない考え。
でも、それが一つの正しさであるとわかってしまったから、私はそれを否定することはできなかった。
だから私にできることは、自分の正しさを信じて貫くことだった。
他人の心の中を汲み取ることはできない。
私は沢山の見落としをして、沢山の誤解をしていた。だからやっぱり否定をしてはいけないんだ。
他人の気持ちはわからないんだから、他人が掲げるその正しさの中身もわからない。
だから私たちにできることは、自分の正しさを真っ直ぐに貫くことだけ。
もしかしたら間違っているかもしれない。何か見落としがあるかもしれない。
でもその時は素直に受け入れればいい。間違いを認めて新しい正しさを信じればいい。
間違っちゃいけないなんて誰も言っていないんだ。
でも、誰かを傷付けてまで貫く正義だけは、私はないって信じてる。
「私が善子さんを信じます。だから、善子さんも自分を信じてください」
沢山の正しさとぶつかった今日の戦い。
色んな事実を突きつけられて、私の心もぐちゃぐちゃだった。
自分の心の中に眠る『お姫様』の部分と対面して、少しは自分自身がお姫様であることが受け入れられると思っていた。
けれどまだまだ私の知らないことが沢山あって、余計に混乱してわけがわからなくなってしまった気もする。
私って何なんだろう。お姫様って何なんだろう。
それこそ、私は何を信じていけばいいんだろうって。
魔女を滅ぼそうとする魔法使いの思想は受け入れられない。
けれど、魔法使いを滅ぼそうとするワルプルギスの思想も受け入れられない。
でもだからといってD7のことを悪人だと思うことはできないし、例えばレイくんのことを嫌いになることも私にはできなかった。
ただ、わかり合えないことはとても悲しい。
友達を守るって決めて、友達を救うって決めた。
でもその友達と考えが沿わなかった時、どうすればいいかなんて考えていなかった。
今でもレイくんのことを嫌いになれない私は、私と反する考えを持つ友達との向き合い方もまた考えないといけないんだ。
わからないことが沢山。考えなきゃいけないことも沢山。足掻かなきゃいけないことも沢山。
それでも、もう私は真っ直ぐ突き進むしかないんだ。
私たちはまだ未熟だから、沢山間違えるかもしれない。
けれど、未熟なりの正しさを持って突き進もう。
今の自分が信じる正しさをこの胸に抱いて、ひたすら真っ直ぐに。
私の考えややり方がどんなに間違っていたとしても、友達を守りたいというこの気持ちだけは間違っているなんて言わせない。
それこそが私の正しさの在り方だから。
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